第25話 方向音痴のもと『勇者』
木偶人形を空ぶった後、僕は王宮を見て回り、そのまま田舎に帰ろうと思っていた。
それなのに…。
「何でこうなった……」
僕は今、ザ高級ソファーに両手をガッチリと縛られながら座らされている。
目の前には、いかにも金持ちそうなオジサンが座り、背後にはガタイの良すぎる黒服の4人が立っていた。
事は、数時間前…。
「はぁ…美味しかった。流石王都の中でも王宮に近い店だけはある。一度でいいから高級な料理を食べてみたかったんだよね。まぁ、量は凄く少なかったけど。あれで小金貨5枚は、少し捕りすぎな気もするけど…。でもやっぱり僕は、ソースカツ丼定食の方が合ってるかもな…」
僕は、王宮付近の高級料理を食べ、大分満足した状態で馬車が通るのを待っていた。
馬車で下街まで戻り、そのまま乗り継いで村に帰ろうと思っていたのだ。
だが、幾ら待っても馬車が通らない。
痺れを切らした僕は、移動しながら馬車を探すことにした。
しかし、僕が余りにも方向音痴だったのか、華やかだった王宮街から、どんどんよく分からない裏路地に来てしまったのだ。
初めは、ちょっとした好奇心のつもりだった…。
歩いている途中に、わき道を見つけ『もしかしたら隠れ名店があるかもしれない』と思い、『1本だけ道を外れてみよう』といった考えが、甘かったのかもしれない。
「ここは何処だ…ヤバいぞ、全く何処か分からない。地図にも乗って無いし…、このままじゃ元居た場所に戻れないぞ…」
1本道を外れた僕は、何故か元の場所に戻れなくなってしまったのだ。
――もしかしたら、あの1本道は時間で位置が変わってしまう作りに成っている…、そうだ…そうに違いない。
と思わせるほど、僕は追い詰められてしまっていた。
そんな事は有るはずが無いのだが、方向音痴なのを認めたくない一心で自分に付いた嘘だった。
どうにかして道を聞こうにも、誰1人としてその場にいない。
店もない…、飲食店もない…、ギルドもない…、何も無いのだ…。
このまま歩いていたら、背後から切りつけられてもおかしくない雰囲気が、周りの廃墟から醸し出される。
――血痕…じゃないよなあれ…、ただのケチャップだよな…きっとそうだ、そうに決まってる。それにしても、静かだな…ネズミすらいないぞ…。虫くらい居ても良いだろう、ゴキブリでも良いからさ…何か動いている物が見たいんだけど…。
一歩ずつ前に進んで行く。
少し開けた場所に出たが…怖さが倍増しただけだ。
角の方へ足早に移動し、辺りを見渡す。
――ジャンプして、高い位置に登れば…元居た場所に戻れるかな…。
上空から、王都を見渡せば帰れるのでは?と思いながらも、既に『勇者』のスキルは無い…。
――今の僕には、ジャンプして上空へ舞い上がる様な事は、出来ないはずだ。壁ならよじ登れるかな…、いや…やめておこう。なにが起こるか分からない。試してみても絶望するだけだ。無駄な事は止めておこう…。もしかしたら、こういう時だと結構役に立ったのかも…。『勇者』のスキルって…。
「って!後悔してる場合じゃないだろ、早くここから出て行かないと…」
他に頼るものが無いため、仕方なく『人の勘』で元の場所に戻れないか試してみる。
だが…、悪手だったようだ…。
勘に頼ることで、さらに道が分からなくなる。
悪循環となり、進めば進むほど周りの雰囲気が深刻化していった。
「冒険小説で出てくる廃屋ってこんな感じかな…」
誰が住んでいるのか全く分からない、ボロボロの家…。
窓ガラスが割れ、蔓が至る所に巻き付いている。
元は家だったのだろうが、既に家の面影は無く、蔓植物の一部に成り替わっている。
「こんな場所に誰が来るんだ…。何も無いし…」
何も無い訳では無い。
崩れ去った家、腐ったパン、穴の開いた荷台…。
有るものは全て、ゴミ。
つまり、誰かを呼び寄せるために置いて有る物では無いと言う事だ。
どうやら僕は、観光地ではない場所に迷い込んでしまったらしい。
更に、奥へと進んでいく。
いったい僕の何処にこれだけの冒険心があったのだろうか。
進めば進むほど、そそられる恐怖心と冒険心…。
小説で読んだ事が有るような廃墟を自分が進んでいるという高揚感…。
どうやらその感情が、僕の行動源に成っているようだった。
そして今まで歩いてきて、やっと光が漏れている場所を見つけた。
しかし…
「ん?あれは、なんだ…。え…っと。もしかして、あれ…奴隷商なのかな…」
僕は、物陰に隠れながら、光の漏れる建物を眺める。
やっと戻り方を教えてくれる人が居るかもしれないと思ったのだが…どうやら、親切にしてくれそうもない…。
そこには只ならぬ雰囲気を放っている者がいた。
「道を聞いたら教えてくれるだろうか…。いや…でも怖いな」
店の前には、僕より格段にデカい、黒服が立っており、店の扉を塞いでいる。
あまりに怖いので直視できず、少し目線をずらすと…破棄を失った顔の者たちが、そこに居た。
「奴隷商の店前に居る…あの奴隷たちって…、見かけからして獣人さん、達だよな…。どうしてあんな所に…」
そこに居たのは、まだ幼い子供から、大きく成長した大人の獣人さん達だった。
髪は伸び切ってボサボサ、キューティクルなど全くないゴワツいた尻尾。
下を向いているせいか、顔が髪で覆われてしまっている、獣人さんばかり。
きっと体も拭いていないのだろう、大分汚れている。
泥か、土か、また…血液かが固まっているのか…、汗によって出来た垢かもしれない…。
首には、鉄製の黒首輪をつけられ、大人には小さく…子供には大きく感じているだろう…。
首根っこから生えるようにして銀色の鎖が牢屋に繋がれており、全く動かない…。
「確か獣人さんってすごいパワーが有るはずなのに、あの鎖は破れないのかな…」
――それにしても不衛生が過ぎる…、服すら真面なものを着せてもらえていない。排便は、どうやってしているんだ…。まさか垂れ流しとかは無いよな…。
泥に塗れたような色をした、極端に薄手の服…。今の季節ならまだ耐えられるかもしれないが…、プライバシーは考えられていないのか…。顔色も悪い、水はちゃんと与えてられているんだろうか…。
過保護な性格からか、余計な詮索を行ってしまい、その場から離れられない。
――あんな状態じゃ…誰にも買ってもらえないだろう…。僕だったらもっと…。
僕がそんな事を考えていたら、…地鳴り音と共に、金の装飾と宝石だらけの大型馬車が奴隷商の前に止まった。
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