第16話 知り合いの新米冒険者

「うわ、これじゃあもう森じゃないか。これだけ多くの木をどうやって管理しているんだろう……」


 花や木の全てが綺麗に整えられている。さすがに園芸系の『スキル』で管理されていると思うが、これがもし人間業なら相当腕がいい庭師か園芸家なのだろう。


「だって、見てるだけで癒されるもんな……。森に囲まれた村で育ったけど、ここまで綺麗じゃなかったし」


 僕は木や花に囲まれた道を歩いて行くと広い芝生があり、子どもたちや王都の住民たちが遊んでいた。

 服装は普通だ。本当に普通の国民なのだろう。

 子供たちが遊ぶ姿を見ていると、ものすごく凄く平和だ。

 先ほどの光景が嘘だったのではないかというほど、子供たちの笑顔が眩しい。


「もう少し歩いた所にあるはずだ……」


 芝生の感触を靴の上から得る。とても柔らかい。こんな所で昼寝をしたら気持ちがいいだろうなと思いながらも子供と大人が見ているため、そんな大胆な行動は出来ない。


「さてと、もう少し……」


 そう言いながら歩いていうると、人がどんどん増えていく。見たところ周りにいる者達も僕と同じ観光客の人たちらしい。

 その中に見覚えがある服装の人が居た。


「ん? あの人は確か……」


 魔法使い特有のローブと魔女帽子が特徴的な、新米冒険者のマリリさんがいた。


 僕は勇気を出して話しかけてみることにした。もしかしたら目的が同じかもしれないと思ったからだ。


「あの~。マリリさんですよね」


「あ! 昨日の観光の人……、名前はえっと……」


 マリリさんは一生懸命思い出そうとしていた。でも、僕は名前を名乗っていない。


 ――あ……。昨日、僕は自分の名前を言ってない。悪いことしたな。


「すみません。まだ名乗っていませんでしたね。僕の名前はコルト・マグノリアスと言います」


「コルトさんですか、わかりました。えっと、国立公園に観光できたのですか?」


「はい、アイクさんの銅像を見に来ました。マリリさんは何しに来たんですか?」


「私は初冒険の祈願に来ました。アイクさんは私の憧れですので」


 サファイア色の瞳を輝かせながら喋るマリリさんを見て、きっとこの人も僕と同士だと心の奥底で察した。


「そうですか、そりゃそうですよね。アイクさんは、全てがカッコイイですからね」


「はい! それはもう、かっこよすぎますよね! アイクさんが主人公になっている本は全部読みました。自分の力と仲間の力を合わせて世界を救ったアイクさんはもう凄い人を通り越して神様みたいな人ですよ。私もアイクさんと同じ冒険者に成れたかと思うと感無量です!」


 マリリさんは持っている杖を折れないか心配なほど握りしめ、僕に近寄って来る。


「わかります、わかります! 僕なんてアイクさんに足を向けて眠れませんもん。これだけすごいことを成し遂げたのに、ほとんど悪いうわさが無いのも凄いですよね! 凄い事を成し遂げている人って普通悪い噂が立つじゃないですか」


「そうです、そうです! お酒やお金、女性という、男を駄目にする三つを完璧に使いこなしていたのも凄い所なんです。お酒で人脈を広げ、お金を使って薬やポーションを買い。女性との関係を隠し通した、凄い人なんです。私もいつかアイクさんみたいな人になりたいんです!」


「きっとなれますよ、マリリさんなら大丈夫です。初任務も無事成功させることができます。頑張ってください! 僕、応援してますから」


「ありがとうございます。俄然やる気が出てきました! 張りきって『ゴブリン退治』に行ってきます!」


「『ゴブリン退治』ですか……。えっと、初任務で『ゴブリン退治』に行くんですか?」


「はい! アイクさんも初任務は『ゴブリン退治』でしたから。私も初任務は『ゴブリン退治』にしようとずっと前から決めていたんです!」


「えっと、マリリさん以外のパーティーメンバーは、どこにいるんですか?」


「え? 私は一人で行くつもりですよ。アイクさんも一人だったし。あ、もしかして心配してくれてるんですか? 安心してください。私はしっかりと学んできましたから。へまなんてしません。ゴブリンくらい私のスキルを使えば余裕で倒せますよ!」


 ――どうしよう、止めるべきか止めないべきか。マリリさんの自信は本物かも知れないけど。初めてに加えて一人で『ゴブリン退治』はちょっと早すぎるんじゃなだろうか。何とか自信をそがないように、かつマリリさんの夢を叶えてもらうためには。そうだ……。


「あの、紐は買いましたか?」


「紐? ああ、もしかして『罠抜けの紐』ですか。いやいやあんな高いアイテム買えませんよ。それに私は罠に何て掛かりませんから、大丈夫です!」


「えっとですね。マリリさん『罠抜けの紐』を買って初任務に持って行ってくれませんか?」


「へ? どういうことですか?」


「確か……『罠抜けの紐』は中金貨五枚でしたよね」


 僕は大金貨一枚を取り出しマリリさんに手渡した。


「え、え! ちょっと! 大金貨一枚って大金じゃないですか。そんなの受け取れませんよ!」


 ――至極当然の反応だろう。でも、ここは受け取って貰わなければならない。少しの嘘も必要だな。


「いえ、受け取ってもらうんじゃなくて、『罠抜けの紐』を二つ買って初任務に持って行ってください。使わなかったら、そのままいつか僕にあった時に返してもらえれば良いですから」


「いやいや、こんな大金を……」


「『罠抜けの紐』一つは僕からマリリさんへの初冒険祝いです。もう一つはお守りとして持っていてください。僕はマリリさんを応援してるんですから。これくらい当たり前ですよ!」


「コルトさん……ありがとうございます。このお金は働いて絶対にお返ししますから! それじゃあ『罠抜けの紐』を買って初任務に行ってきますね!」


「はい頑張ってください!」


 ――大金貨一枚で新米冒険者さんを助けられると思ったら、安いもんだな。偽善でも何でもいいや、是非初任務を無事で帰ってきてほしいな。


 僕はマリリさんが初任務に向っていく姿を見送り、目的のある先に進む。

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