一季

「一季、よう我慢した」


僕は、こいつを撃たなかった。


有栖刑事と呼ばれた人が、桜の木を撃った。


「工藤さん、僕」


「何もいいな」


工藤さんは、僕の手をハンカチで拭いてくれる。


「立て」


プリンスは、僕の目の前で逮捕された。


「一季、次は、会いに来てよ。」


その目を僕は、思い出した。


「どうした?」


「ちょっと待って下さい」


刑事さんは、プリンスをとめた。


僕は、近付いた。


「麗、久しぶりだね」


「一季」


「囚われのお姫様。」


僕は、プリンスの頬を撫でる。


「少し話をさせてやってくれ」


工藤さんは、有栖刑事に頼んだ。


「一季」


僕は、麗の手を僕の頬に持っていく。


「ごめんね、忘れていて」


「一季」


「麗、君がやった事は許されない事だよ。」


僕は、麗の頬に手を当てる。


「一季」


「もう、君には二度と会わない」


「一季、嫌だよ」


「それでも、麗。あの日の、僕の気持ちは本物だったから」


「一季」


「麗は、新しい人生を歩むんだよ。罪を償って出てきたら…。僕を忘れて、新しい人生を」


「嫌だよ、一季、一季」


「大丈夫だよ、麗。傷つけられて、蔑まれて、そんなの愛じゃないよ」


「一季」


「最後だから、さよならだから、あの日の僕を麗にあげるよ」


「一季」


僕は、麗にキスをした。


優しさが伝わるように、何度も何度もキスをした。


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」


犯した罪の重さを初めて感じたプリンスは、泣き崩れた。


「行くぞ」


パトカーに乗せられて、連れて行かれる姿を僕は、見つめていた。


「一季、知り合いやったのか?」


工藤さんは、いつのまにか僕を呼び捨てにしていた。


「呼び捨てがいいですね。プリンスは、僕のプリンセスでした。」


そう言って、ニコッと微笑んだ。


「どういう意味かわからないな」


工藤さんは、頭を掻いていた。


「いつか、お話しますよ」


「いっちゃん」


「母さん、父さん、僕少し話さないといけない人がいるから」


「わかった」


「いっちゃん、約束守ってくれてありがとう」


母さんは、僕を抱き寄せた。


「兄ちゃん、ちゃんと帰ってきてや」


「あぁ、わかってるよ。大和」


僕は、夢希ゆめきに近付いた。


「少しだけ、いいかな?」


「うん」


「じゃあ、行こうか」


「うん」


僕は、夢希と並んで歩き出す。


「話し聞きたかったんですけどね」


「明日に、してやってくれ」


去り行く僕の背中に工藤さんが言っていた。


「二人きりで、話せる場所ないかな?」


「ホテル、ぐらいですか?」


「嫌じゃないなら、行こうか」


「はい」


僕は、タクシーを拾って夢希と一緒にホテルに行った。


「お酒にする?」


「いえ、コーヒーで」


そう言って、夢希はインスタントコーヒーを作り始めた。


さっきの怒りと銃の感触と麗の体液…。


僕は、いっきに手が震え始めた。


「ごめん、手を洗ってくる」


気付けば、10回以上洗っていた。


「一季君、そんなに洗ったら皮が捲れるよ」


「ごめん」


美代の血で、染まった日を思い出していた。


【勝手に死ぬなー。殺したった、僕がやった、あいつをやった】


血眼の目で、サバイバルナイフを枕に毎夜毎夜突き立てていた僕。


【いっちゃん、もうやめて】


部屋の扉の前で、母さんは毎晩泣いていた。


僕は、パソコンで美代のニュースを開いては再生して聞き。


犯人の事を殺すのを想像した。


頭の中で、何度も何度も繰り返し殺害し続けた。


それでも、憎しみが拭いきれる事はなく…


それでも、悲しみが癒される事はなく…


ポッカリ空いた心を埋めるすべをもたぬまま


歳だけを重ねていった。



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