「楽しい時間はあっという間でした!」

 目一杯遊び、美味しいお昼をお腹いっぱい食べ、空まで跳んだ「孤児院お手伝い大作戦」の最後の仕事は……疲れ切った子供達と一緒にお昼寝をすることだった。一緒に寝ると抱きついてきたミュイの高い体温をお腹に感じながら、アプリコットはスピョスピョと寝息を立てる。


 そしてそんなアプリコットを、優しい眼差しでレーナが見守る。その傍らには取り込んだ洗濯物を畳んでいるハンナがおり、手際よく布を畳みながら小声でレーナに話しかける。


「レーナさんはお昼寝しなくてもいいんですか?」


「ええ、私はアプリコットさんのように、跳んだり走ったりしたわけではありませんから。それに……」


「むぅ……あちゅい…………」


「あらあら、アプリコットさんったら、はしたないですわよ……ふふっ」


 抱きつかれ続けるのが暑くなったのか、アプリコットがお腹のところにいたミュイを押しのけ寝返りを打つ。するとローブの裾がまくれ上がって白い太ももが露わになってしまったが、レーナがそっとそれを直した。


 なお、秘神カクスデスの加護はあくまでも影になっている部分を見えなくしてくれるものなので、今のようにローブからはみ出した部分はそのまま見えてしまう。それは神の奇跡の限界……ではなく、そういうわかりやすい制限がないと、常時体が真っ黒なもやに覆われてしまうからである。


「こうして皆さんの幸せそうな顔を見ていられるのは、起きている私と先生だけの特権ではありませんか? 洗濯物を畳むの、お手伝い致しますわ」


「そうですね……お手伝い、ありがとうございます」


 愛らしい子供達の寝顔を眺めながら過ごす、まったりした昼下がり。幸せな時は静かに流れていき、そうして六の鐘が鳴ったところでアプリコットがフガッと目覚めると、本日の「孤児院お手伝い大作戦」はそこで終了することとなった。


「えー、もう帰っちゃうのー?」


「はい。これ以上はお手伝いできることもなさそうですから」


「そうですわね。流石に夕食までご馳走になるわけにはまいりませんし」


 金銭的な負担という意味では自分達が食べる分のお金を寄付すればいいだけなのだが、流石にこれ以上遅くなると仕事を任せてくれた終導女様に心配されてしまう。


 それはアプリコットとレーナのみならずハンナも同じように思っているので、昼食の時と違って無理に引き留めたりはしない。


「ねーちゃ、またくるー?」


 が、子供にはそんなことは関係ない。「帰っちゃヤダ」という我が儘こそ言わないものの、見送りの列からトテトテと出てきたミュイが、アプリコットの足下でローブにキュッとしがみつきながら問うてくる。


 そのつぶらな眼差しにアプリコットの大胸筋は破裂寸前であったが、流石にここで「毎日来ますよ」などとできもしない約束をしたりはしない。


「うーん、どうでしょう? 一周くらいはこの町に滞在するつもりではいますけど、もう一度ここに奉仕活動に来るかは、ちょっと微妙ですね」


 町に住んでいる見習い聖女なら、何度でも手伝う機会はあるだろう。が、巡礼の旅をしている見習い聖女は、色々な場所で手伝いをして多くの人の声を聞き、困りごとを解決するという意味でも、同じ場所で奉仕活動をすることはあまりない。


 無論絶対にしないわけではないし、誰かに強制されるわけではないので勝手にやることはできるが、自分が一つのところに拘るということは、自分以外の見習い聖女がそこでの仕事、経験を積むのを邪魔してしまうということだ。


 なのでアプリコットとしては、何らかの理由で頼まれない限りは、ここでもう一度孤児院のお手伝いをするつもりはなかった。


「ただまあ、町を出る前にご挨拶にくらいは寄らせてもらおうかと思ってますので、二度と会えないってことないと思いますよ。それに二度とこの町に戻らないとかってわけでもないですし」


「うー?」


「えっと……次は何か素敵なお土産を持ってきますから、それを待っていてください」


「おみやげ! わかった。みゅーはいい子だから、まってるね」


「はい。楽しみにしててくださいね」


 小さなミュイの頭を、アプリコットが優しく撫でる。するとそれを見計らって、レーナが孤児達の方に向かって挨拶を始めた。


「それでは皆さん。本日は私達の修行に付き合っていただき、ありがとうございました。とても得がたい経験ができて、楽しかったですわ」


「こちらこそ! お二人に手伝っていただいて、本当に助かりました。もし機会がありましたら、是非またお越し下さい。いつでも大歓迎しますので」


「おいチビ! 次は絶対俺が勝つからな! いいか、絶対だからな!」


「むぅ、まだ言いますか。なら次も私が勝ったら、もっと高くまで跳ばしてあげましょう」


「ぐっ……ま、負けねーぞ!」


 デュフフと悪そうな笑みを浮かべるアプリコットに、ベンが若干後ずさりながらも言い放つ。そうして賑やかな別れをそこそこに済ませると、子供達に手を振られながら二人は漸く孤児院を後にした。その足で教会へと戻ると、終導女のお婆ちゃんが二人を出迎えてくれる。


「おや、お帰りなさい二人とも」


「ただいまです!」


「ただいま戻りましたわ、終導女様」


「それで、孤児院の方はどうでしたか? その様子なら、特に問題はなさそうですが……」


「子供達と思いっきり遊んで、とっても楽しかったです!」


「お料理やお洗濯のお手伝いをしたり、簡単な歴史の授業などもしてきましたわ。十分にお役に立てたかと思っております」


「そうですか。貴方達の頑張りは、きっと神様も見ておられたことでしょう。では夕食まで少し部屋で休憩してきていいですよ」


 目をキラキラさせて語る見習い聖女達の姿に、終導女はニコニコしながらそう告げる。しかしその提案に、アプリコット達は首を横に振った。


「いえ、私はまだまだ元気なので、何かお手伝いします!」


「私も大丈夫ですわ。何かご用はありませんか?」


「そうですね、なら報告書でも書いてみますか? 今はまだ必要ないでしょうが、いずれは書くことになるでしょうし」


「報告書!? うぅ、何だか難しそうです」


「だ、大丈夫ですわアプリコットさん! 私もお手伝いしますから!」


(あらあら、これはどうしようかしら?)


 終導女としては、休憩の口実くらいのつもりで頼んだ仕事だった。だがすっかり書類仕事に慣れきっている自分と違い、一二歳の子供にとっては「報告書を書く」というのは予想以上に大仕事であるらしい。自分の時はどうだったかと過去を振り返ってみるも、流石に五〇年以上前の気持ちは思い出せない。


 然りとて、一度頼んだものを「やっぱりいい」とも言えない。せっかくやる気を出している子供にそんなことを言ったら、きっとションボリと肩を落としてしまうことだろう。


「えーと……そうね。孤児院でどんなことがあったかを、ありのままに書いてくれればいいですよ。たとえば日記みたいな感じとかでも」


「日記ですか! それなら何とかできそうです!」


「二人で力を合わせて頑張りましょうね、アプリコットさん」


「はい! 頼りにしてますよ、レーナちゃん! では終導女様、失礼します!」


「失礼致します、終導女様」


「急がなくてもいいですからね!」


「「はーい!」 ですわ!」


 元気な返事をたなびかせ、二人は教会の中を駆けて……はいかず、ちゃんとお行儀良く歩いていく。途中で事務室に寄って報告書を書くための紙をもらうと、二人揃ってアプリコットの部屋に集まった。


「えっと……題名はつけた方がいいんですよね? なら『孤児院お手伝い大作戦』でどうでしょう?」


「えぇ? 普通に『孤児院での奉仕活動の報告書』でよろしいのでは?」


「でも、レーナちゃんはそうするんですよね? なら私は『孤児院お手伝い大作戦』でいきます!」


「はぁ……まあアプリコットさんらしいですわね。もし怒られたら、その時は一緒に謝って差し上げますわ」


「えっ!? これ、怒られると思いますか!?」


「ふふっ、どうでしょうね」


 それぞれがそれぞれの手で、それぞれの体験を報告書へと纏めていく。なお夕食後にそれを渡された終導女は、レーナの子供とは思えないしっかりした報告書に感心し、アプリコットの子供らしい元気いっぱいな報告書に笑みを零し、その二つともに花丸をつけてから教会の保管庫にそっとしまい込むのだった。

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