「マッスルポテトは至高の味でした!」
ゴーンゴーンゴーンゴーン……
「みなさーん、昼食の準備ができましたよー!」
いたずらっ子の少年を、魅惑の聖女パワーでアプリコット達が見事改心させたしばし後。重い鐘の音が四回響くと同時に建物の中からハンナが呼びかけると、子供達が我先にと駆け出し、手洗いもそこそこに室内へと消えていく。体も頭も働かせたので、子供達のお腹はペッコリであった。
そして勿論、お腹が空いたのは子供達だけではない。積極的に子供達と遊び回り、いたずらっ子をにゃんこ神拳でプニモフにしたアプリコットも、小さなお腹をペッコリとさせて子供達を見送っている。
ちなみに、にゃんきち師匠は「ここから先は己の力のみで頑張るが良い」という雰囲気で尻尾を振って立ち去ってしまっている。単に飽きて自分の家に帰ったのかも知れないが、未だ見習い聖女でしかないアプリコットに猫の言葉はわからなかった。
「あ、レーナさんとアプリコットさんも、よろしければ一緒にどうぞ!」
「え、いいんですか!?」
「いくらアプリコットさんが捨てられた子猫のような目で見ていたからといって、気を使わなくても大丈夫ですわよ?」
「むむっ!? レーナちゃんは失礼です! 私がいつそんな目を――」
クゥゥ……
「……していたかも知れませんけど」
可愛く自己主張するお腹に、アプリコットの顔がそっとそらされる。そしてそんな二人のやりとりに、ハンナはクスクスと楽しげに笑いながら答える。
「ふふふ、大丈夫ですよ。お二人が手伝ってくれたおかげで楽に準備できましたし、幸いこの孤児院は、十分な支援を受けておりますから。
それにせっかく仲良くなったお二人を食事も誘わず追い返してしまったら、子供達に怒られてしまいますよ」
「そうです! みんなで一緒にお食事は楽しいですよね!」
「まったく、アプリコットさんは……わかりましたわ。ではお招きに預からせていただきますわ」
遠慮というのは、し過ぎてもしな過ぎてもいけない。元気いっぱいの子供達を見れば余裕があるというのは本当だろうと判断し、アプリコット達もしっかりと手を洗ってから食卓についた。
「では皆さん、今日もこうして食事ができることを、私達を助けて下さる町の皆さんと、私達を見守って下さる神様に感謝しましょう。ありがとうございます」
「「「ありがとうございます!」」」
ハンナに合わせて、子供達がその場で唱和する。何の飾りもない簡素な言葉ではあったが、見習い聖女であるが故にその祈りがきちんと神様に届いていることを感じて、アプリコットとレーナもまた幸せな気持ちで神に祈る。
それが終われば、食事の始まりだ。今日のメニューはふかした芋に太めのソーセージが一人二本、それにゴロゴロ野菜のスープまでついている。ソーセージはそのまま囓ってもいいし、スープに入れてもいいし、なんなら割った芋に挟んで食べても美味しい。自分で考えて工夫できる余地こそが、単純な料理を楽しくする隠し味である。
「あふあふあふ……」
「ほら、アプリコットさん! まだおいもは熱いですから、気をつけて食べないと」
「あふあふ……らいよーうれふよ、レーナひゃん! このふらい……んぐっ。このくらいの熱さに負ける鍛え方はしてません!」
「それは鍛え方の問題なんですの? まったく……ふふっ」
「ヘンリー、アンタ何してるの?」
「最近気づいたんだけど、ふかしたての芋をこうして潰してからスープに入れると、味が染みて凄く美味しくなるんだよ」
「へー」
「そう言えば、そんな料理方法が王都の方で流行っていると聞いたことがあったような……何でしたっけ、マッシュポテト?」
「マッスルポテト!? 何だか凄く強そうな名前です! 私もやります!」
「じゃあアタシもやってみようかな……あ、ホントだ。美味しいわねこのマッスルポテト」
「マッスルではなく、マッシュ…………まあいいですわ」
筋肉っぽい名前の潰し芋を食べて目を輝かせるアプリコット達を、レーナはおおらかな気持ちで流した。そのまま賑やかに食事を食べ終え、皆で後片付けをしたら、午後からはまた「孤児院お手伝い大作戦」の再開だ。
「さて、それじゃ午後は何をお手伝いしましょうか?」
「うーん、そうですねぇ……」
申し出てくるレーナに、ハンナは軽く考え込む。午前中は二人がずっと子供の相手をしてくれていたため、今日やるべき仕事はもうほとんど残っていない。夕食の準備にはまだ早すぎるし、洗濯物ももうしばらくは乾かない。となるとさしあたってやってもらうようなことが、ハンナには何も思い当たらなかった。
「ねーねー、院長先生! 聖女様達は、午後も遊んでくれるのー?」
と、そこに八歳になったばかりの少女トリエラが近づいてきて、ハンナに尋ねる。頼む仕事もなく、子供達の興味がまだまだこの二人にあるというのなら、ハンナの悩みは秒で解決した。
「ええ、そうよ。すみませんお二人とも、良ければ午後も子供達の面倒をみていただけませんか?」
「勿論いいですよ! ね、レーナちゃん?」
「ええ、構いませんわ」
「では、よろしくお願いします。よかったわねトリエラ」
「うん! 聖女様、行こー!」
アプリコットが右手を、レーナが左手を繋ぎ、両手に見習い聖女となったトリエラが揃って庭へと出て行く。するとまた一緒に遊べるのだと理解した子供達が一斉に集まってきて、アプリコット達はあっという間に囲まれてしまった。
「おおー、何だか大人気です!」
「そうですわね。では、これからどうしましょう?」
「あのねー、私聖女様の奇跡が見てみたい!」
「奇跡、ですか?」
「そう! 聖女様って、神様の力を借りて奇跡を使えるんでしょ? なら、私それを見てみたいの!」
「あ、俺も見たい!」
「アタシもー!」
「僕も!」
無邪気なトリエラの言葉に全員が続き、見せて見せての大合唱が始まる。それに先に答えたのはレーナの方だ。
「わかりましたわ。ただお見せすると言っても、どういう奇跡がいいんでしょうか?」
「派手に爆発するやつとかねーの?」
「ば、爆発ですか!? それはちょっと……」
「ならピカッと光るやつとかは?」
「それならできますけれど……今使ってもあまり目立たないかと思いますわよ?」
言ってレーナが空を見上げれば、太陽は真上を少し過ぎたあたり。
「えーっ。じゃあレーナさんの得意な奇跡って何なんですか?」
「得意ですか? 一番上手に扱えるのは、私の祈りに初めて答えて下さった、
当たり前の話だが、<癒やしの奇跡>は怪我を治す奇跡なので、誰も怪我をしていない状況では使いようがない。かといって自分や子供達、他の誰かにわざと怪我をしてもらうなどというのは論外だ。
「何だよ、何もできねーじゃん!」
「そ、そんなことは……ど、どうしましょう?」
「大丈夫ですレーナちゃん! そういうことなら、私が見せてあげましょう!」
オロオロとし始めるレーナの肩をポンと叩き、アプリコットがズイッと一歩前に出る。するとそんなアプリコットに、さっきやり込められたばかりのベンが懲りることなく声をあげる。
「へー、チビがどんな奇跡を見せてくれるってんだよ?」
「むっ?」
「な、何だよ!? 今のは別に、悪口とかじゃねーだろ!?」
「人のことをチビというのは普通に悪口な気もしますが……むふふ、そういうことならば、貴方に協力してもらいましょうか」
「えっ!? お、俺に何をさせるつもりだよ!?」
自分が挑発してしまった手前、引っ込みのつかなくなったベンが、ちょっとだけ後ずさりながら言う。にゃんこ神拳でフルネッコにされたトラウマが消えるには、一晩くらいぐっすり寝る必要があるのだ。
「なーに、簡単ですよ。さっきは全て避けてしまいましたが……今度は貴方の力を、私が全部正面から受け止めてあげます!」
「……えぇ?」
ドヤ顔で宣言するアプリコットに、ベンのみならず周囲の全員が困惑の表情を浮かべた。
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