「いたずらっ子が現れました!」

「そもそも見習い聖女ととは何かというと、簡単に言ってしまえば『神様の声を聞くことができた女の子』ということになります。毎日真剣にお祈りしていると、ある日突然神様の声が聞こえて、奇蹟の力が使えるようになるんですわ」


「へー。じゃあアタシも見習い聖女になれるー?」


「そうですね、なれるかも知れません。私が神様の声を聞いたのも、貴方と同じくらいの年頃ですわよ」


「そうだんだ! じゃあアタシ、一生懸命お祈りするね!」


 七歳くらいの女の子が、レーナの言葉にはしゃいだ声をあげる。そんな少女にニッコリと微笑みながら、レーナはできるだけわかりやすいように言葉を選んで続けていく。


「それはとてもいいことです。ですが、ただお祈りするだけよりも、神様に褒められそうなことも一緒に頑張るのがいいと思います。誰かに優しくする、困っている人を助ける……そういう温かい気持ちをこそ、神様は見ておられるのですわ」


「はーい!」


「フフッ、頑張ってくださいね……では話を戻しまして。そうして神様の声を聞いたことを認められると、教会、あるいは声をかけてくださった神様を奉る神殿に行くことで、見習い聖女になることができます。


 で、しばらくは必要なお勉強や奇蹟の上手な使い方などを練習して、それが終わると『巡礼の旅』に出てもいいよとお許しが出て……その時にもらえるのが、この服なのですわ!」


「服?」

「ただのローブじゃねーの?」


 レーナがちょこんとローブの端を摘まんでみせるも、子供達の間にはざわめきが広がる。だがそんなことは想定内のレーナは、意味深な笑みを浮かべながら話を続ける。


「ふっふっふ、違いますよ。『見習い聖女』が着るこの巡礼服は、双子の裁縫神アンダルデ様とヌッタルデ様の加護を受けた特別なもので、軽くて丈夫、汚れにも強く、小さな傷やほつれならば放っておいても直ってしまうという優れものなのです! 


 他にも秘神カクスデス様の加護により、激しく動いてもローブの中が見えないようになっていたりもしますわ」


「おおーっ」

「えーっ、パン……イテッ!?」


 少しだけ顔を赤くしたレーナの言葉に、ほとんどの子供は素直に感心し、お年頃な反応をした男の子が、隣に座っていた女の子にお尻をつねられる。痛そうな顔をした男の子が以後この孤児院でどんな扱いを受けることになるかは、神のみぞ知ることである。


「他にも私達の提げている聖印は、教会などで配っている聖印とは違って、鍛冶神キタエタルネン様のご加護が宿った特別なものです。更に言うなら『巡礼の旅』に出ることを認められるためには、旅に必要ないくつかの奇蹟を使えるようになる必要もあります。


 つまり、神のご加護の宿った服や道具を持ち、簡単なものとはいえ奇蹟の力を使えるから、皆さんと同じ年頃である私達のような子供が、一人で『巡礼の旅』をすることができるというわけですわね。わかっていただけましたか?」


「「「はーい!」」」


 ニッコリ笑うレーナに、ほとんどの子供達が元気に返事をする。そんななかでただ一人、最初に院長先生を呼んできてくれた少年……ベンだけがあからさまに馬鹿にしたような声をあげる。


「何だよ、結局はいい服をもらったから大丈夫ってだけじゃんか! そんなの全然凄くねーよ!」


「ちょっとベン!? アンタ何言ってんのよ!」


「うるせーよミーシャ! 俺の方がやれるってことを証明してやる!」


 咎める女の子の言葉を無視して立ち上がったベンが、ニヤリと笑ってレーナの方に突進していく。そうしてあわや衝突する……というところで前傾姿勢を取ったベンがレーナのすぐ側を走り抜け、そのついでにバサリとローブをめくった。


「きゃあ!? な、何をするんですの!?」


「ほれ見ろ! 俺の手にかかれば、聖女なんてこんなもんだ!」


 秘神カクスデスのご加護があるので、何かが見えたわけではない。それでも顔を真っ赤にしてローブの裾を抑えるレーナを指さし、ベンが得意げに言い放つ。


「サイテー! アンタ、院長先生に言いつけるからね!」


「へっ、院長先生が怖くて悪戯ができるかよ! ほらほら、悔しかったらやり返してみろよ!」


「むぅぅぅぅ……」


 ふざけた様子でその場を飛び跳ね挑発するベンを、レーナはキュッと眉根を寄せて睨み付ける。


 見習い聖女が覚える奇跡に、人を傷つけるようなものはない。強い光や大きな音を出して野生の獣を追い払うことはできても、悪戯小僧を懲らしめるようなものはないのだ。


 無論、これが本当の窮地であれば神に奇跡を希うことも可能だが、年下の男の子にローブの裾をめくられただけで奇跡の力を貸してくれるような神様はいない。正確にはいないわけではないが、その場合は「叱る」の範囲ではすまなくなってしまうだろう。


 本気で対処すると大事になりすぎてしまうが、かといって素の力では対処できない。そんな微妙な板挟みにレーナが困り果てていると……


「ニャー!」


「ぐはっ!?」


 ベンの顔面に、子猫の肉球パンチが炸裂する。鼻先にお日様の匂いを叩き込まれたベンがのけぞりながらも目を開けると、そこには顔の前で抱っこした子猫をユラユラと揺らすアプリコットの姿があった。


「いってーな! いや、痛くはねーけど……何すんだよチビ!」


「勿論、お仕置きです! ちょっとはしゃぐくらいなら大目に見ましたけど、レーナちゃんを困らせるとは……にゃんきち師匠もご立腹ですよ!」


「何が師匠だ! いいぜ、今度はお前のローブをめくってやる!」


「甘いです! ていっ!」

「ニャー!」


 突っ込んで来たベンを足さばきだけでヒラリと回避し、その後頭部に肉球キックが炸裂する。幸せなプニッと触感を受けてベンの体が前のめりに倒れるが、すんでの所で手を突くと慌てて体勢を立て直す。


「何なんだよお前! チビのくせに!」


「何と言われたら、見習い聖女ですが? そしてこちらはにゃんきち師匠です!」

「ニャー!」


「ふざけやがってー!」


 興奮したベンが、何度も何度もアプリコットに突っかかっていく。だが風に舞う木の葉のようにひらりひらりと全てをかわし、その度にもふっとお腹ボディプレスやしっぽで首筋コチョコチョアタックを炸裂させるアプリコットに、遂にベンの足が止まった。


「ハァ……ハァ……チビのくせに、何で全然疲れてねーんだよ……」


「ふふふ、鍛え方が違うんです! それといい加減、チビはやめてください。私の方がお姉さんなんですよ!」


「知らねーよ!」


「ほら、それより気が済んだなら、レーナちゃんにきちんと謝ってください!」


「はぁ? 何で俺が――」


「あーやーまーるーんーでーすー!」

「ニャニャニャニャニャニャニャー!」


 肩で息をするベンに近づき、子猫の手を持ったアプリコットが、ベンの頭にポフポフと肉球スタンプを押していく。


「いいですか? 今貴方は、とってもとっても、とーっても謝りたくない気持ちになってますよね? 悪戯した方の貴方がそんな気分になるんですから、された方のレーナちゃんはもっと嫌な気持ちになっていると思いませんか?」


「…………わかんねぇよ、そんなの」


「そうですね、その人の気持ちは、その人しかわかりません。だから悪いことをしたら、きちんと謝ることが大切なんです! 何が悪かったのかを反省して、もうしないと約束して、心から謝る! さあ、今なら特別ににゃんきち師匠が応援してくれてますよ!」


「ニャー!」


「何だよそれ……」


 抱っこされた子猫がフリフリと左右に揺れ動く様に、ベンは微妙に引きつった笑みを浮かべる。だがハァと息を吐くと、のそのそとレーナの方へと近づいていった。


「レーナさん…………その、悪かったよ」


「はい、許しますわ。でも今回私が許したからといって、次に貴方が同じ事をしてしまえば、その人が許してくれるとは限りません。罪は重ねれば重ねるほど許されなくなり、いずれ貴方の側には誰もいなくなってしまうことでしょう。それはとても寂しいことだと思いませんか?」


 そう言って、レーナが周囲に視線を向ける。それに釣られてベンも後ろを振り返れば、そこには同じ孤児院で過ごす友達が、家族の姿があった。


「誰かを大切に思うなら、悪戯はほどほどに。貴方が皆さんを大切に思ってそう扱うならば、きっと皆さんも貴方を大切に思ってくれますわ」


「……フンッ!」


 ベンの手を、レーナがそっと包むように握る。するとベンはすぐにその手を振りほどいてしまったが、背けた顔の頬が少しだけ赤くなっているのがわかる。


「うむうむ、青春じゃのぅ。そう思いませんか、にゃんきち師匠?」


「ニャー」


 そんな二人のやりとりを、アプリコットはニマニマと笑いながら子猫と一緒に眺めるのだった。

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