「子供達と遊びました!」

「えっ、お二人とも一二歳なんですか!?」


「はい、そうですわ」


 驚きの声をあげるハンナに、レーナがニッコリと微笑む。孤児院お手伝い大作戦その一は、野菜の皮むきである。元気いっぱいの子供達はモリモリ食事を食べるため、調理場はいつだって大忙しなのだ。


「随分と落ち着いた感じなので、てっきりもっと大人……それこそ成人していらっしゃる方だと思いましたけど。ハァ、一二歳……凄いですね」


「フフッ、そんなことありませんわ。何か特別なことをしたわけではなく、私は私として歳を重ねただけですもの」


 感心した声をかけられ、レーナが少しだけ顔を赤くする。それに合わせて野菜を剥く手つきが少しだけ早くなり、それを見たハンナは「あ、こういうところは年相応なんだな」とちょっとだけホッとした。


 それからハンナは、窓の外に視線を向ける。庭ではいつも通りに子供達が元気に駆け回っていたが、そこに今日は見慣れない白いローブを纏った少女も混じっている。孤児院お手伝い大作戦その二は、子供の遊び相手になることなのだ。


「にげろー!」

「きゃー!」


「さあさあ、のんびりしてると捕まえちゃいますよー!」


 キャイキャイと笑いながら逃げる子供達を、アプリコットが指をワキワキさせながら追いかけていく。逃げられそうで逃げ切れない絶妙な速度で走ると、一番側にいた五歳くらいの女の子を後ろからガッチリと捕まえた。


「ほーら、捕まえた!」 捕まった子は、コチョコチョの刑です!」


「つかまっちゃったー! キャハハハハ!」


 クネクネと体を動かす女の子の脇を、アプリコットがこれでもかとくすぐっていく。そのまま一〇秒ほどくすぐってから手を離すと、獰猛な狩人の目が次の獲物を求めて庭の中を睥睨した。


「さーて、次は誰ですかー? 男の子も女の子も、容赦なくコチョコチョしちゃいますよー?」


「くそっ、俺よりちっちゃいくせに、なんでそんなに速いんだよ!?」


「あっ!? 人のことをちっちゃいとか言う子は、優先的に狙っちゃいます!」


「ひでー!」

「逃げろー!」


「ふふふ、アプリコットさんも楽しそうですわね」


 窓から見えるそんな光景に、レーナが母性溢れる笑みを浮かべる。この二人が同い年であることが今ひとつ納得できないハンナではあったが、すぐに我に返ると野菜の皮むきを再開した。


 それがすんだら、次は孤児院お手伝い大作戦のその三。それはハンナが掃除や洗濯をしている間、子供達にこの世界の歴史を教えることである。知識というのは貴重なものなので、是非にと頼まれてのことだ。


「皆さん、集まりましたわね? では、これからこの世界の歴史について、見習い聖女である私、レーナがお話させていただきます。少し難しいお話も混じると思いますが、まずは最後まで聞いていただけると嬉しいですわ」


「「「はーい!」」」


 庭の片隅。大きな木が陰を作っている場所で、レーナが子供達に向かって話しかける。素直な子供達の返事は素晴らしいが、問題が一つ。


「……あの、アプリコットさん? 何故貴方までそちらにいるんですの?」


「え?」


 いつの間にか子供達に混じって遊んでいたという子猫を膝に乗せたアプリコットが、何故か子供達側に座っている。あまりにも違和感の無い様子に一瞬そのまま流しそうになったレーナが気づいて問うと、アプリコットは膝の上の猫を可愛がりながら答えた。


「自慢じゃありませんが、私は歴史とかそういうのは全然詳しくないんです! なのでこの機会に一緒に勉強しておこうかなと。ほら、にゃんきちも一緒にお話を聞きたいって言ってますよ?」


「ニャー!」


「本当に自慢になりませんわよ……まあいいですけど」


 肉球を向けた手をフリフリと振られては、レーナに抗う術は無い。ハァと小さくため息を吐くと、改めて子供達に向かって話を始めた。


「コホン。では…………昔々、この世界は人と神様が仲良く暮らす、とても平和な世界でした。ですがある時、その平和を妬んだ魔王が、魔界から沢山の悪魔を引き連れて攻め込んで来ました。


 魔王はその力で神様と人間の繋がりを断ち切り、そのせいで神様はこの世界にいることができなくなってしまいます。また神様のご加護を失った人間は、あっという間に悪魔達にやられていってしまいました。


 このままでは世界が滅んでしまうと、みんなが辛く悲しい思いをしていましたが……ある日遂に、一人の男の人が悪魔を倒すことに成功しました。その人こそが人間の希望、初代の勇者様です。


 勇者様は悪魔を倒し、その血を浴びることで悪魔の力を自分のものにしていきました。そうしてどんどん悪魔を倒し、倒せば倒すほど勇者様は強くなって、最後には魔王を倒し、魔界に通じる道を塞ぐことに成功しました。


 世界は救われました。ですが悪魔の力を奪いすぎてしまった勇者様は、強すぎる力に苦しみます。このままではいつか自分も悪魔になってしまうかも知れないと泣く勇者様の姿を見て、みんなはとても悲しくなりました。


 必死に頑張って自分達を助けてくれた勇者様を、今度は自分達が助けたい。そんな純粋な願いはどんどん強くなり、遂に魔王によって遠ざけられていた神様のところに届きます。


 神様はそんな人間達の想いに感動し、一人の人間の女の人に奇蹟の力を分け与えました。それが初代の聖女様です。聖女様は苦しむ勇者様のところにいくと、神様から分けてもらった奇蹟の力で勇者様を包み込みます。


 するとどうでしょう、あれだけ暴れていた悪魔の力はすっかり大人しくなり、勇者様は自分の考えで悪魔の力を使えるようになったのです。


 こうして勇者様は魔力を使った便利な道具をみんなのために作るようになり、聖女様は神様の奇蹟で怪我や病気の人を治すことで、世界は再び平和になるのでした……はい、これがこの世界の始まりのお話です。わかりましたか?」


「「「はーい!」」」

「ニャー!」


 子供向けに表現を優しくした話を終えたレーナに、返事と共にパチパチと惜しみない拍手が送られる。ちなみに一番大きな拍手をしているのはアプリコットだが、自分の手ではなく子猫の手で拍手をしているので、一人だけパチパチではなくプニプニになっている。


「じゃあ、歴史はこのくらいですね。次は聖女についてですね。今のお話の続きにもなりますが、女の人のなかには、時々初代の聖女様と同じように、神様の力を借りられる人が現れます。そういう人がなるのが、私のような『見習い聖女』ですね」


「えー、じゃあ俺は神様の力は使えるようにならねーの?」


 話の途中で、男の子がそう言ってつまらなそうに口を尖らせる。だがそんな男の子に、レーナは優しく微笑みかけながら言葉を続ける。


「そうですね、確かに男の子は聖女にはなれません。ですが代わりに、男の子のなかには勇者様の力を受け継ぐ人が現れます。魔法師や魔法技師なんかの仕事に就いてる人達がそうですね」


「えー!? 悪魔の力なのに、平気なの!?」


 別の子供があげた声に、レーナは小さく笑って答える。


「ふふ、大丈夫ですよ。今の世界には神様の力が沢山あるので、暴走したり苦しんだりすることはありません。ただそれでも、魔力を持っている人を悪く言う人はたまにいます。


 でもそれは偏見……勝手な思い込みなので、皆さんはそんなことは絶対にしてはいけませんよ? いいですか?」


「「「はーい!」」」

「ニャー!」


 レーナの言葉に、子供達が素直に返事をする。なお一番力強く同意したのはアプリコットだったが、返事の代わりに両手で子猫を抱き上げたため、そのドヤ顔が誰かに見られることはなかった。


「それじゃあ、次は……そうですわね、一方的に話してばかりでは飽きてしまうでしょうし、何か聞いてみたいことはありますか?」


「はーい、しつもーん!」


 レーナの問いかけに、この場では一番体の大きい男の子が手を上げる。最初に院長先生を呼びに行ってくれた、ベンという男の子だ。


「前に婆ちゃんから聞いたんだけど、見習い聖女ってことは一人で町の外を歩いてるんだろ? レーナさんはともかく、俺だって駄目だって言われてるのに、どうして年下のこんなチビが町の外に出ても平気なんだ?」


 それは素朴な疑問であり、同時に少しの不満が混じった言葉。その訝しげな視線を受けて、アプリコットがベンを見つめ返す。


「むっ、誰がチビですか! 私はこう見えても凄く強いんですよ?」


「ニャー!」


 子猫の手を取りシュッシュッとパンチを繰り出すアプリコットは、どう見ても強そうには見えない。故にベンが何かを言い返そうとしたが、その前にレーナがパンと手を打ち鳴らして注目を集める。


「はいはい、そこまでですわ! では次は、私達『見習い聖女』と、巡礼の旅のお話をしましょうか」


 孤児院お手伝い大作戦のその三、レーナ先生のドキドキ聖女講座は、まだまだ続くようだ。

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