「お手伝いを頑張りました!」
少女二人によるぷにほっぺつっつきエターナルは、一〇回を数えたところで「お二人の仲がいいのはわかりましたから、そろそろ食事を終えてくださいね」と終導女のお婆ちゃんに言われることで、あっさりと終了した。
その後はすぐに食事を終え、夜はしっかりと快眠。代わりに朝は早く起きると、アプリコットは日課の鍛錬を終えてから教会の掃除をお手伝いした。
「きゅっきゅっきゅー♪ きゅっきゅっきゅー♪ ツルッとピカッときゅっきゅっきゅー♪」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、アプリコットが廊下を雑巾掛けしていく。元々さして汚れてはいなかったが、だからといって手を抜いたりはしない。そしてそんなアプリコットの隣では、レーナもまた同じように拭き掃除をしている。
「フフッ、アプリコットさんは随分と楽しそうにお掃除をしますのね?」
「はい! 綺麗になっていくのは気持ちいいですから!」
「そうですわね。掃除は場や物だけではなく心も磨くものだと言われておりますし、私も頑張りませんと」
「なら二人でツルピカにしちゃいましょう!」
「お任せですわ!」
若さと元気の有り余っている二人が、真心と気合いを込めて凄い勢いで掃除を進めていく。するとあっという間に掃除は終わり、心地よい達成感に身を包むアプリコットのお腹が、可愛らしくクゥと鳴った。今日はまだ朝なので、ギリギリ乙女に許される音だ。
「まぁ、アプリコットさんったら! 本当に食いしん坊さんなんですのね」
「うぅ、これは仕方ないのです! 朝から一杯頑張ったら、お腹だって空いちゃいますよ!」
「そうですわね。では手を洗って身支度を調えたら、食堂へと参りましょうか」
「はい!」
クスクスと笑うレーナと共に、アプリコットは手洗いと着替えを済ませて食堂へと向かった。今朝のメニューは目玉焼きとソーセージ、それに新鮮な野菜のサラダと、焼きたてで柔らかい白パン。全て喜捨された品であるあたり、この教会が地域に愛されていることがありありと伝わってくる。
「おぉぉ! 見て下さいレーナちゃん! 目玉が二つあります!」
「まあ、私も双子ですわ!」
「ふふふ、朝から掃除を頑張ってくれたお二人に、ちょっとしたご褒美です」
「「ありがとうございます、終導女様!」」
優しく微笑むお婆ちゃんに、アプリコット達は輝く笑顔でお礼を言う。流石に朝食のおかわりはなかったのでゆっくり味わって食べ終えると、食後のお茶を飲むアプリコット達に、終導女のお婆ちゃんが話しかけてきた。
「ところで、お二人はこの後はどうするのかしら?」
「特に決まってはいません。ご迷惑でなければ、数日……出来れば一週くらいはこちらに留まって、町中で奉仕活動をしようかと考えてるくらいです」
「私も、特に決めてはおりませんわ。とは言えこの町には昨日来たばかりですから、アプリコットさんと同じようにしばらくは奉仕活動をしようと考えておりますけれども」
この世界の暦は、六日で一週、五週で一月、そして三ヶ月をひとまとまりの節という形で区切っている。加えて一日の時間は二四時間とされているが、一般的には朝六時から夜八時まで二時間おきに鳴る鐘が基準であり、その中間でなる半鐘くらいまでが庶民の時間感覚の全てとなる。
それで言うと、今日は夏一節、二週三の日。そして時間は一の半鐘を少し過ぎたところ、という表現になる。まだまだ春の陽気がたっぷりと残った、過ごしやすい時期だ。
ちなみに、こんな風になっているのは、偏に庶民の学力の問題である。都市部でこそ識字率は七割近くにまでなっているが、小さな田舎村だとこれが二割以下、下手をすれば村長くらいしか文字が読めないという地域も、普通にある。
それは数字も同じで、商人でもなければ複雑な計算をこなせないどころか、ごく基本的な加算減算すら、違う桁が混じるとよくわからなくなるという者もそれなりにいる。
なので、最低限一〇まで数えられれば日時がわかるということから制定されたのが、今世界中で使われているこの暦であった――閑話休題。
「そう、それなら丁度いいわ。もし良かったら、お二人で近くの孤児院に行ってみてくれないかしら?」
「孤児院ですか?」
「ええ、そうよ。元気な子供達が一四人もいる場所なので、ちょっとした怪我が絶えないし、先代から引き継いだばかりの若い院長先生が一人で切り盛りしているから、いつも人手不足なの。見習い聖女である貴方達なら、そのお手伝いにぴったりだと思ったのだけれど、どうかしら?」
「私は勿論、いいですよ! 子供のお世話なんて、楽しそうです!」
終導女のお婆ちゃんの言葉に、アプリコットが快諾する。自分も十分子供の範疇なのだが、アプリコットのお天気頭はそんな細かいことを気にしない。
「私も構いませんわ。<癒やしの奇蹟>の練習にもなりそうですし」
次いでレーナも、そう言って承諾する。まだまだ見習いであるレーナからすると、放っておけば治る程度の怪我を治療させてくれるというのは、むしろ願ったりなことであった。
そしてそんな二人の態度に、終導女のお婆ちゃんが嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ふふふ、お二人ならそう言ってくれると思ったわ。じゃあ場所を教えるから、一休みしたら向かってもらえるかしら?」
「わかりました!」
元気よく返事をすると、アプリコットはクピッとお茶を飲み干す。思い立ったら即実行、即断即決がアプリコットのいいところなのだ。
「じゃあ、行きましょうレーナちゃん!」
「え!? あ、はい。そうですわね。お茶、ありがとうございました」
その誘い言葉に、レーナも慌ててお茶を飲み干す。そうして二人揃って教会を出ると、教えられた道をスタスタと歩いて行く。そうして辿り着いたのは、孤児院という言葉の印象よりも大分こざっぱりとした、割と大きめな平屋の家であった。
「赤い屋根に、煙突が二つ……ここで間違いなさそうですわね」
「じゃあ早速聞いてみましょう! おーい!」
家の敷地はアプリコットの身長ほどもある柵で囲われており、その内側にあるちょっとした庭では何人かの子供が遊んでいる。大きな声で呼びかけ、手を振りながら近づいてくるアプリコットに、そんな子供達が珍しそうな目を向けて駆け寄ってきた。
「何だよ、ここに何か用か?」
「おねえちゃんたち、だれー?」
「私達はこの町の教会所属の終導女様から紹介を受けてお手伝いにきた、見習い聖女です。この孤児院の責任者……大人の人はいますか?」
「ああ、婆ちゃんの知り合いか。ならちょっと待ってろよな……おーい、院長先生!」
男の子の一人が、そう言って孤児院の中に入っていく。するとすぐに二十代中盤くらいと思われる若い女性の手を引いてこちらに戻ってきた。
「連れてきてやったぞ!」
「こらベン! お客様にそんな乱暴な物言いをしてはいけませんよ! お待たせしました、私が当孤児院の院長をしております、ハンナと申します。それでその、お二人は……?」
「初めまして! 私は見習い聖女のアプリコットです! 教会の終導女様に、こちらで仕事のお手伝いをして欲しいと頼まれて来ました!」
「初めまして。私も見習い聖女で、レーナと申します。まだまだ未熟な私達でどれほどの事ができるかはわかりませんが、精一杯お手伝いさせていただきますわ」
「これはご丁寧に。では、よろしくお願いしますね」
アプリコット達の挨拶に、ハンナと名乗った院長もまた頭を下げる。こうしてアプリコット達の「孤児院お手伝い大作戦」が幕を開けた。
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※はみだし聖女さま 日時の概念
「夏一節、二週三の日。一の半鐘を少し過ぎたところ」を現代日本に当てはめると、「六月九日の朝七時を少し過ぎたところ」という感じになります。
春節 3、4、5月
夏節 6、7、8月
秋節 9、10、11月
冬節 12、1、2月
という感じですね。勿論この世界は一年が360日で閏年とかもないので、厳密には違いますが、その辺は雰囲気でお楽しみいただければと思います(笑)
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