「素敵なお友達ができました!」

「本当にありがとうございました!」


「ありがとうお姉ちゃん! ばいばーい!」


「はい、さようならです! お二人とも、お元気で!」


 あの後、横倒しになった馬車をアプリコットがひょいと持ち上げて戻し、治療を手伝ってくれた中年男性……予想通りに馬車の御者だった……が逃げていた馬を見つけてきたりしたことで、一行は再び馬車の旅に戻ることが出来た。勿論アプリコットは無料でのご招待である。


 そうして辿り着いた町で馬車を降り、大きく手を振り感謝の言葉を口にしながら去って行く父娘を見送ると、アプリコットのお腹からあまり可愛くない感じの音がグォォと響いた。


「うぅ、お腹が空きました……」


 ただでさえお腹が空いていたのに、戦闘をしたことで空腹は三割増し。ならば乙女にあるまじき地響きのようなお腹の音もやむを得ない。気づけば空は随分と赤を濃くしており、普通ならば食堂へと一直線に駆け込むところなのだが、今日のアプリコットはそうできない理由がある。


「お金、どうしましょう……」


 御者の人が実は有名な商会の会長とか、助けた父娘がお忍びの貴族だったとか、そんな都合のいい話は存在しなかった。なので大変な感謝はされたものの、消費した回復薬の金額を考えると金銭的には大赤字である。


 無論、だからといってあの父娘を助けたことを後悔などするはずがない。ないが……それとお腹が空くのは別問題だ。別に手持ちがないわけではないので普通に食べてもいいのだが、薬を補充することを考えると、可能な限り節約はしたいところ。


「となると、やっぱり教会のお世話になるしかありませんね」


 そう呟き、アプリコットはそれっぽい建物がありそうな場所に向かって歩き始める。

するとすぐに青い三角屋根と高い鐘楼という、世界共通の形をした教会に辿り着くことができた。


「こんにちはー! あ、もうこんばんはかな?」


「はい、こんばんは。当教会に何かご用ですか?」


 建物の中に入って呼びかけたアプリコットに、 青地に白い線の入ったローブを纏った、優しそうなお婆ちゃんが声をかけてきた。アプリコットの纏う白いローブと違うのは、このお婆ちゃんが神の奇跡を使えなくなった人だからである。


 と言っても、勿論悪いことをして神様に見捨てられたとかではない。歳を取って奇蹟の行使に体が保たないと判断されると、神様がこれ以上は駄目だと力を貸してくれなくなるのだ。


 そういう人達は大抵の場合何処かの教会に所属し、新たに訪れる新人達の世話を焼くことになる。奇蹟の力を失っても、豊富な知識と経験で若い世代を導く彼女らは「終導女しゅうどうじょ」と呼ばれ、アプリコットのような見習い聖女達の尊敬を集める存在であった。


「初めまして! 私は見習い聖女のアプリコットといいます! こちらの教会で数日お世話になりたいのですが、大丈夫でしょうか?」


「ええ、勿論大丈夫ですよ。神を敬う敬虔な信徒に、教会が閉ざす扉はありません」


 アプリコットの名乗りに、終導女のお婆ちゃんが柔らかく微笑みながら応える。そうして迎え入れられると、アプリコットのお腹がまたしてもグォォと鳴った。


「あらあら、随分とお腹が空いているのね? もう少しで夕食の時間になるから、ちょっとだけ我慢してくださいね」


「はい、頑張ります!」


 楽しげに笑うお婆ちゃんに、アプリコットは気合いを入れて返事をする。その結果更にお腹が減ったが、頑張っているので今度は音を鳴らさない。借り受けた小さな部屋で寝台を整えたりしていると、すぐに夕食の時間を示す鐘の音が教会の中に鳴り響いた。


「では皆さん。今日もこうして食事ができることを、神様に感謝致しましょう」


「……………………」


 食堂に集まったのは、さっきのお婆ちゃんはアプリコットを含めて一〇人ほど。沈黙を以て祈りを捧げ終えると、アプリコットは早速目の前のスープに匙を入れる。


「おお、美味しいです!」


 教会の食事は特に豪華ということはないが、意外にも質素清貧ということもない。大きめの野菜がたっぷりと入ったスープには端切れながらも肉が入っているし、テーブルの上の籠に盛られているのも焼きしめた黒パンではなく、多少固くなってはいるものの普通の白パンだ。下手な安宿の食事などより、正直こっちの方が美味しいまである。


 それでいて、アプリコットはお金を払ってはいない。何故そんなことができるかと言えば、神が間違いなく存在するこの世界では、それぞれの神が単独で奉られている神殿とは別に「全ての神の信徒が集う場所」である教会には、割と潤沢な喜捨が集まるからだ。


 しかも、喜捨をちょろまかしたりすると誇張でも何でもなくガチの神罰が下るため、他の業界と違って汚職や横領が発生する確率が極めて低い。潤沢な資金と健全な運用があるからこそ、見習い聖女に対する手厚い支援が実現しているのである。


 勿論、それに甘えすぎれば批判されることもあるし、甘えが過ぎれば神の奇跡を失うこともあるが、頑張って人助けをした日くらいは目一杯甘えても神様だって怒らないだろう。


「ふふふ、お代わりもありますから、遠慮無くどうぞ」


「ありがとうございます! お言葉に甘えて、一杯食べさせてもらいます!」


 その宣言通り、アプリコットはスープを三回もおかわりした。小さな体に見合わない健啖ぶりにお婆ちゃんが目を見張るなか、アプリコットの隣に座っていたもう一人の見習い聖女の女の子が、徐にアプリコットに話しかけてくる。


「あの、貴方? いくら何でも、それは食べ過ぎじゃありませんか?」


「ふえ? そうですか?」


「そうですわ! そんな小さな体でそんなに沢山食べたりしたら、後でお腹が痛くなったりしちゃいますわよ?」


「えへへ、それは大丈夫です! いつもこのくらいは食べてますし、特に今日は沢山運動したので、お腹がペッコリペコリーヌだったんです!」


「ぺっこりぺこりーぬ……それは確かに、凄く食べられそうですわ」


「はい! 山盛りだってドンと来いです!」


 そう言ってドンと胸を叩いたアプリコットの体を、隣の少女がジッと見つめる。だがその果てしなく平坦な体には、何処にも膨らみが存在しない。この体の何処にあれだけの量のパンやスープが入っているのかと不思議に思っていると、不意にパンをもぐもぐと囓るアプリコットと目が合った。


「あ、そう言えばまだ名乗っておりませんでしたわね。私は今年から巡礼の旅をしている、見習い聖女のレーナといいます。どうぞよろしくお願い致しますわ」


「レーナちゃんですね! 私はアプリコット、一二歳です! 同じ見習い聖女として、よろしくお願いします!」


「えっ、貴方私と同い年なんですの!?」


 名前のついでに年齢も告げたアプリコットに、レーナが驚きの声をあげる。一五〇センチほどの身長と、柔らかそうな金髪の襟足がクルンと外に丸まった、何だかお嬢様っぽい雰囲気を醸し出したレーナは、割と大人っぽく見られがちだ。


 そんな自分が基準であるだけに、レーナの目にはアプリコットはとても同い年には見えなかったのである。


「そうなんですか。てっきり二つくらい下だと思いましたが……はっ!?」


「むぅぅぅぅぅぅぅぅ…………」


 そんな呟きを、アプリコットの耳はしっかりと聞き取ってしまった。自分の体がちんちくりんであることを気にするアプリコットの頬が、途端にプクッと膨れ上がる。


「ご、ごめんなさいですわ! 別にその、貴方を馬鹿にするような意図はありませんでしたのよ!?」


「別にいいですよ。確かに私はちびっこいですし」


「それはまあ……はい。思わず抱っこしたくなるくらいにはお可愛らしいですわ」


「…………可愛いですか?」


「え!? ええ、そりゃあもう! ほら、ほっぺたなんかプニプニじゃありませんか! いいですわ、未来永劫プニッていきたい感触ですわ!」


「ぷすー」


 膨らんだアプリコットの頬に、レーナの指がプニッと刺さる。するとアプリコットの口から空気が噴き出し、むくれた顔が元の元気な顔に戻った。


「え、何ですのそれ、面白いですわ! もう一回! もう一回やりませんこと!?」


「やらないです! というか、人のほっぺたで遊ばないでください!」


「そんなの、遊びたくなるプニプニほっぺを持っているアプリコットさんが悪いんですわ! ほら、もう一度プクッとさせてみてくださいませ!」


「やーです! やらないですー!」


「むぅ、可愛いですのに…………ぷすー」


 アプリコットを真似して膨らませたレーナの頬を、お返しとばかりにアプリコットが指で突く。するとレーナの口から空気が漏れて、微妙なふくれっ面が美少女スマイルに戻った。


「……なんてこった、確かにちょっと楽しいです!」


「では、次はアプリコットさんの番ですわね!」


「むぅ、仕方ありません。ぷくー」


「えいっ!」


「ぷすー」


 交互に頬を膨らませ、指で突いて空気を抜く。修道士のお婆ちゃんが温かい目で見つめてくるなか、アプリコットとレーナはそんなやりとりをひたすら繰り返していった。

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