第17話 死ねばいいって思ってしまった
春泉「はぁ……」
死ぬ間際の話。頭の中では絶えず「死ねば楽になる」の言葉が回り続けていた。
春泉「たしかに、そうなのかも……」
ハルミは思ってしまった。後戻りできない選択肢が頭に浮かんでしまった。
春泉「みんなはシンパイするけど、もうそんなことも考えなくていいなら……」
そして自死をえらんだ。ハルミってほんとにばかな子……。
♦
未咲「春泉ちゃん、会いに来たよ」
春泉ちゃんの実家にあるお仏壇に手を合わせる。手に持つものがいっぱいになってしまって、持って帰るのたいへんだなって感じてしまう。
未咲「でもこれはたいせつなことだから……そんなの気にしてられないよね」
春泉ちゃんがよく食べていたお菓子を持ってきた。ゆっくり食べてね。
未咲「おいしかったのかな……もう味の感想も聞けないね……」
想像にまかせるしかない。それがまだやっぱりちょっぴりさみしくて。
未咲「落ち着いてきた……そろそろ帰ろうかな……」
きょうはありがとうございました、と頭を下げて春泉ちゃんの実家を出た。
未咲「終われば一瞬、かぁ……」
人生ってそういうものなんだろうな、って。空を見上げる。
未咲「向こうでもいっぱいおしっこ……そっか、肉体がないからそのへんよくわかんないね……」
春泉ちゃんのにおい、わたしは嫌じゃなかったよ。
未咲「空虚っていうことばもあるくらいだし、むなしいよね……」
繰り返しているだけなのに、そのことばだけが妙に頭に残ってしまい……。
未咲「あははーん!」
大人げなく泣いてしまう。誰かに聞かれてもしかたないのに。
未咲「やっぱりさみしいよー! 春泉ちゃーん!」
どれだけ叫んでも帰ってこない。そんなことわかってるのに。
未咲「至らなかったのはわたしたちだよ……だからお願い、ここに……」
どこまでも無駄だった。名前を呼び続けても何も変わらない。
未咲「どうしてこうなったんだろう……わからないよ……」
声が続かない。もう出せないかもって思うと、ほんとにそうなってしまう。
未咲「はっ、はっ……」
歩くのもやっとで、気づけば家の中にいた。
未咲「わたし、やっぱり春泉ちゃんがいないと……」
あと追いなんてしたくない。だからなんとか踏みとどまる。
未咲「わたしはわたしの今を生きなきゃ……春泉ちゃんに怒られちゃう……」
ほんとに怒ってる姿が見えてしまう。それくらいのこと考えなきゃだめ。
未咲「ひとり失うってこんなにも大きい……なんで死んじゃったの……」
まだ考えてる。真相は春泉ちゃんしか知らないのに。
未咲「春泉ちゃんをどうやったら救えたんだろう……だめ、トイレ行く……」
自分の尿意を忘れるほど考えていた。かなりぎりぎりだった。
未咲「ほっ……あっ、トイレットペーパーがない……」
買い忘れが起こっていた。進くんに頼んで買ってもらおうかな……。
未咲「恥ずかしいけど言わなきゃ……乙女になってる場合じゃなくて……」
こんこんってやるだけでわかってくれるかな……その思いは見事に届いたみたい。
未咲「さっすが進くん……扉の前にちゃんと置いてる……」
あとでレシート見せてもらおう。ちゃんと行きつけの店で買ってるかな……。
未咲「なんか、トイレにいたらどうでもよくなってきた……ごめんね春泉ちゃん……」
こんなにいい人を春泉ちゃんから奪っちゃったからかな……ううん、やめよう。
未咲「春泉ちゃんには強く生きてほしかった……ただそれだけなのに……」
どこで間違えたんだろう……連絡が足りなかったのかな。
未咲「生きてたらきっと楽しいことたくさんあったのに……なんで……」
もう切り替えたい。だけどどうしても浮かんでしまう。
未咲「わたしはまだここにいるよ……なんだか申し訳ないな……」
言っててもしかたない。前を向いて生きていかなきゃ。
未咲「さて、そろそろ出なきゃ……あれ?」
まだ残ってたおしっこが下着を上げた瞬間じょっと出てきた。ちょっと……。
未咲「うーん……また洗濯かぁ……」
こういうことがちょっと増えてきたかもしれない。まだだと思ってたのに……。
未咲「こういうことを楽しいって思うのはかなり無理があるよね……もう大人だし……」
そう、わたしは大人になった。それは遠ざかっていく過去が増えていくということで。
未咲「それに耐えきれなくなったのかな……また春泉ちゃんのこと考えてる……」
いっこうに出ようとしない。この頃いろいろありすぎる。
未咲「わたしくらいで大変って言ってたら、わたしより大変な人はどうなっちゃうのかなって感じだけど……」
多忙な人。不幸に見舞われる人。苦しむ人……。いっぱいいる。だけどみんななんとか生きようとしている。
未咲「だから泣き言もここまでにしないと……あっまた漏れちゃうっ」
なんでかな……また還ってきたような気がしてしまった。
未咲「まぁ、これでもいいのかな……ほんとはぜんぜんよくないけど……」
人によってはこういうことも引き金になることってあるのかもしれない。そう思うとちょっと怖くなるけど……。
未咲「60年でぴったり生まれたときに帰るんだよね……それまでまだ時間はあるけど……そもそもそこまで生きられるかな……怖いよ……」
春泉ちゃん……心のなかで浮かぶ名前はやっぱりその子だった。
未咲「太陽みたいな笑顔がまた見たいな……それも薄れていくのかな……」
わからない……ということしかわからない。それがいまにとって正解なのかもしれない。
未咲「いつかきっとその意味も知って、きれいに死んでいけるといいな……」
死を意識する。それがもしかすると生きるということなのかもしれない。
未咲「死を忘れるな、ってどこかで聞いたことある言葉だけど……こういうことでいいんだっけ……」
これまで意味がよくわからなかったけど、身近な人の死を経験することでわかることがあるのかもしれないって思った。
未咲「死にもちゃんと意味がある、ってことだよね、きっと……」
もちろん自殺してしまったことは決していいとは言えないけど、残されていく人たちにとってそれはたいせつな通過点かもしれないと思った。
未咲「さて、早く出ないと……ここってそんなにあったかくないんだよね……」
部屋のほうがいろんな意味であったかい。それをかみしめているところだった。
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