第15話 お鍋の野菜みたい
とある休日の昼を過ぎたころ、わたしは夢を見ていた。
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未咲「えっ、進くん?!」
見るとそこには、体がちいさくなって服がだぼだぼになっている女の子がいた。
進「うん、わたし」
ことば遣いまで変わっちゃって……夢、じゃないよね?
未咲「痛くない……でも、このまま覚めてもむなしいからまだ覚めないでほしいな……」
なぜか思いどおりにいきそうな自分がいることに気づき、少し怖くなった。
未咲「でも、目の前にいるのが進くんだなんてとても思えない……面影はあるけど……」
よくできた人形じゃないかってくらいのものだった。進くんのもつねってみよ。
進「いたっ! ちょっと、なにするの!」
未咲「あぁごめんごめん……痛かったよね、いたいのいたいのとんでけする?」
進「わたしを子ども扱いしないで!」
かなり強気な子だな……ふだんおとなしい進くんだけにちょっとびっくりした。
進「べつにいいけど……もうちょっとやさしくしてよ……」
いやじゃなかったみたい。お言葉に甘えて、今度は力をゆるめてやってみる。
進「これがたのしいんだよね、おねぇちゃんにとって……」
未咲「そうだよ~」
進「さっき自分のほっぺたもつねってたけど、なにか意味があるの?」
未咲「えっとね~……それはないしょ」
もしかしたら進くんも同じ夢を見てるかもしれない……なんて考えすぎかな。
知らないくらいの年か……これはかなり幼いな……。
進「んっ(ぷるっ)」
すると、進くんがわかりやすいくらいに身震いした。冷えちゃったかな……?
未咲「どうしたの? 寒い?」
進「あのねおねぇちゃん、わたしおしっこしたい!」
飛び跳ねると、隠されていた肌の部分まで見えてくるように。きれいな色だ……。
未咲「えっどうしよう、我慢できる?」
進「むりっ、もうでちゃう……」
数秒も経たないうちに出てしまい、わたしが片づけることに。
未咲「ごめんね、くさくなっちゃうね……」
進「だからいったのに……ふぇーん!」
正直うれしい。八方美人っぽい進くんがわたしだけを頼りにしてくれることが。
思えばあの頃から、これだけ近しい関係になれたこと。ほんとに奇跡的で……。
未咲「はっ!」
そこで目が覚めた。進くんの声、けっこう目が覚めちゃうくらいおっきくて……。
未咲「もぅ、進くんがあれだけ泣き叫ばなかったらもっと見れたのに……」
なんとなく進くんの過去が見えるような気がした。そんな気がしただけだけど。
未咲「でも、春泉ちゃんにはちょっと申し訳ないな……そうだ連絡しないと……」
そのとき、玲香ちゃんから連絡が。
玲香「未咲! いますぐこっちに来なさい!」
ただならぬ玲香ちゃんの声に、わたしは嫌な予感しかしなかった。
♦
玲香「春泉! いるんでしょ! 返事しなさい!」
未咲「やだ……このまま春泉ちゃんから返事がなかったら……」
玲香「落ち着きなさい未咲! まだ可能性はあるわ、こちらから開けることができれば……っ」
管理者に事情を説明し、合鍵を渡してもらった。もう遅いかもしれないけど……。
玲香「開いたわ! 早く行きま……」
未咲「えっ、えっ……なに玲香ちゃん、急に黙りこむのやめようよ……」
そのまさかだった。
玲香「春泉……あんた何してんのよーっ!」
未咲「うそだよ……こんなことって……」
そこには春泉ちゃんの首を吊った姿があった。
♦
医者「急患の草津様の蘇生をはかりましたが、残念ながらご臨終となりまして」
二人「……」
こんなことになるなんて……もっと早く気づいていれば……。
未咲「だけど、わたしに何ができたんだろ……」
考えても答えが出ない。わたしが進くんと結びついたから? それとも……。
玲香「無用な発想は捨てて、いまは喪に服すときじゃないかしら」
未咲「えっ……?」
玲香「正直冷たい言葉にはなるけど、わたしたちにはどうにもできなかったことなのよ、これは」
未咲「そう、なのかな……」
重い。とにかく重い。人の死が、こんなにも重いものだなんて……。
未咲「春泉ちゃん……春泉ちゃーん!」
言葉にならず泣いているときも、ずっと春泉ちゃんの名前を呼び続けた。
未咲「わたしがヘンなことしたからだよね……ごめんね……」
玲香「やめなさい未咲!」
未咲「だってこんなの、わたしどうしていいかわからなくて……」
玲香「そうかもしれないけど、これは春泉がした選択だから……後戻りなんて、できないのよ……」
玲香ちゃんも苦しいのかな……言葉にするのもやっとって感じがしてる。
未咲「春泉ちゃんのぶんまで幸せになるから、絶対に空で見守っていてね……」
♦
春泉ちゃん自身から聞いたことだけど、春泉ちゃんは昔とってもシャイな子だったみたいで、よくお鍋の野菜にたとえられていた。
春泉「……っ」
母親「すみません、またこの子ったら……」
春菊の「しゅん」をとって「しゅんちゃん」とか呼ばれたりしてたって……春泉ちゃんだから春の字でぴったり……って思ったら怒られるかな。
♦
おだしでかさが減るのとはわけが違う。お鍋の野菜だって、もういただかれる前だからほとんど命はないけど、いま目の前にいるのは……。
未咲「もう、帰ってこないんだね……春泉ちゃんの肉体は……」
ぎゅっと握りしめた手は冷たくなっている。命がなくなるってこういうことなんだ……。
未咲「ありがとう、ずっと忘れないよ……」
わたしはわたしの道を行くから、そうつぶやいてゆっくり立ち上がる。
玲香「お疲れだったわね、ゆっくり休んでちょうだい」
ねぎらうかのように声をかける玲香ちゃん。その声はあったかい。
玲香「親族の方はもう来られたのかしら?」
未咲「うん、やっぱりさみしいね、薄々こうなるような気はしてたんだけど……」
玲香「いざ来るとどうしたらいいかわからない、って感じかしらね」
未咲「玲香ちゃんもわたしとおんなじこと考えてるみたいで、ちょっと安心かな」
真相はつかめないけど、ともかくここにずっといられるわけじゃないし、帰ろう。
♦
未咲「終わっちゃった……」
進「おかえり未咲ちゃん……残念だったようだね……」
未咲「うん……ちょっと横になる……」
あれこれ考えたら疲れてしまって、ソファにごろんってなる。
未咲「できるだけのことはした、はずだよね……」
自分を責めたくなるのも嫌だし、このまま眠っちゃいたいような……。
進「きょうの未咲ちゃん、よく眠るね……こんなときになんだけど、ちょっと眠り姫っぽいかな……」
未咲「むにゃむにゃ……」
夜に眠れなくなっても知らない。それくらいの覚悟で寝た。とにかく切り替える。
未咲「あしたのことは、あしたになって考えよう……」
いまはなにも考えられない。だからそんなことを言ったりした。
未咲「お葬式、絶対行くからね……待っててね……」
そう言って、結局その日は朝までぐっすり寝た。なんだかわたしらしい。
未咲「数珠ってどこだっけ……お母さんが送ってきてくれたような……」
洋服棚の上の方にしまってあった。これでようやくいける。
♦
司会「それでは、故草津春泉さまのお見送りを、ご遺族およびご友人のみなさまがた、お手をお合わせになってお願いいたします。合掌……」
最後の出棺に立ちあわせてもらって、思うことがいろいろ出てくるなかでその早すぎる死に誰もがことばを選ばずにはいられなかった。
玲香「これで終わりね……」
未咲「うん、春泉ちゃん向こうでも元気でね……」
どうにもならない気持ちの整理のつけかたがいまいちまだよくできてるかどうかわからないけど、時間が過ぎればあっさりわかりこともあるのかな……。
未咲「お菓子いっぱい用意するから……あのときみたいに一緒に……」
玲香「そうね……あの頃ほんとよく食べてたわよね、とくに未咲たちは……」
未咲「玲香ちゃんだって一緒に食べてたくせに……」
玲香「やめなさいよまったく……こういうときまでほんと未咲らしい……」
未咲「えへへ……」
玲香「言っとくけど、いまの全然褒めてないわよ」
未咲「そうなの? ごめんね……」
ひそひそ話だけど、こういう場だとかなりけっこう聞こえちゃうような……。
玲香「この場に免じて許してくれてるようね。未咲も感謝しておきなさい」
未咲「はい……」
言いつつ、ちょっと晴れた顔もできるようになっていた。
未咲「なんだか不思議だよね、いのちって」
玲香「これ以上私語は厳禁ね、こっちに向けられる視線が痛いのよ……」
未咲「これくらいいいはずなのに……」
あまりに玲香ちゃんがいうので、黙ることにした。
未咲「ほんとに骨になっちゃってる……」
骨を箸でつかんで骨壺に入れるとき、そう言葉がもれてしまっていた。
玲香「あんたもいずれこうなるのよ、よく見ておきなさい」
未咲「それはそうだけど……」
ちくっとする言葉に聞こえてしまって、でもたしかにそうかもって思った。
未咲「わたしまだ死なないし……」
玲香「わからないじゃないのよ、人生なにがあるかわからないでしょ?」
未咲「ねぇ玲香ちゃん、箸止まってない?」
玲香「こほん、ごめんなさい、ちょっと何を言ってるのかわからないわ」
未咲「聞こえないふりしないでよ、玲香ちゃんらしくない……」
目の前にある存在が、もう形をとどめきってないことが何より悲しい。
♦
玲香「終わったわね」
未咲「うん、わたしまたどっと疲れちゃって」
玲香「無理もないわね、近しい友人ひとり亡くしたんだもの」
未咲「ずっと一緒にいたと思ったら、失うとほんの一瞬だったって気づくよね」
玲香「そうね……これからどこか食べにいきましょう」
未咲「それってもしかして玲香ちゃんの……」
玲香「割り勘でお願いするわ」
未咲「……わたしそんなに食べないからね?」
思ってたとおり食べるときはよく食べる子だった。何年いると思ってるのよ……。
未咲「お財布が痛い……きりきり舞いの腹痛並みだよ……」
玲香「意味わからないこと言ってないでさっさと払いなさいよ、列できてるわよ」
未咲「うぅっ……春泉ちゃんかえってきてぇ……」
手を伸ばしても、そこにはいつもの日常があるだけだった。わたしたちの心に春泉ちゃんは生き続けている。
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