第9話 すべからく面白い?
わたしは磯崎 美佳。現在書店員をしている。自分ではこの名前は特別気に入ってはいない……なんて言うと親が悲しむだろうけど、そんなの知ったことじゃない。自分にとって望みどおりの存在になれたかどうかわからないから。
学生の頃。図書館で司書をしていたわたしは本を借りに来たある子のしゃべりかたに疑問を覚えていた。
真琴「美佳どの! この本すべからく面白かったですぞ!」
美佳「は、はぁ……」
本をあつかう身として、この「すべからく」の用法にはすごく疑問を持った。あとしゃべりがすごくオタクっぽい……。
真琴「人間の身体に関するあれこれが書かれていて、拙者、この本を非常に興味深く読ませていただいたのだよ! いやー、よくできとりますなぁ!」
美佳「よ、よかったですね……」
キャラ作りすぎじゃないかな……当時のわたしはそんなふうに考えていた。
真琴「よければこの本の詳細を……あ、そうそう、よくよく考えれば後ろに書いてるではございませんか! そうならそうと美佳どのも早く言ってほしいでござる!」
美佳「ごめんなさい……しゃべりが早くてついていけてなくて……」
真琴「なんと! 拙者の口が早い! それは言われるまで気づかなかったというか……じつはわたし、好きでこのしゃべりかたしてるわけじゃないんですよ……」
美佳「?」
真琴「まわりがオタクっぽいって言うものなので、つい出ちゃうんですよね……」
美佳「それでよくここまでその口調で話しましたね……」
真琴「ヘン、ですかね……学園生活長いですけど、まったくとれなくて……」
美佳「ヘンじゃないです! むしろいいんじゃないですか?」
真琴「へっ? それってどういう……」
美佳「個性があるってすてきじゃないですか。わたしそういうの好きです」
真琴「いやー、でもどうしても好奇の目で見られるとかそういうのあるじゃないですか……ここをどうにかしたいなーって考えるとずーっとそのことしか考えられなくてですね……」
美佳「では、こういうのはどうでしょう?」
真琴「?」
美佳「自分を客観的に見てみる、です。そうすれば多少は抑えられると思いますし、やってみてはいかがでしょう?」
真琴「なるほど、普段自分の興味があることしか頭になかった拙者だが、これを機に興味を広げてもいいかもしれん。役に立った。美佳どの! 恩に着ますぞ!」
美佳「あのー、戻ってますよー……」
真琴「あっ、そうでした……でもこのしゃべりかたはこれはこれで落ち着かないところあるんですよねー……あぁっどうしたものか……」
美佳「なまじ見た目がいいだけに、話しかたに気をつけなくてはいけなくて大変ですよね……自分らしくが一番ですけど、そこも無視しづらいことってきっとあるでしょうし困ったものです……」
真琴「見た目どうこうよりも中身をですな……なんというかこう、どうにかしたくて四六時中悩んでしまう癖があるので、これはもうしかたありませんなぁ……」
美佳「ずっとこんな調子なんですね……わたしには到底真似できそうにありません……」
真琴「人というのはどうしても違ってくるものですし、うーん……まぁ今回のことは綺麗さっぱり忘れていただいても拙者としてはむしろ有難いところがありまして」
美佳「ほんとによくしゃべりますね……ついていけてるかどうか……」
真琴「なに、十分ついていけてるではありませんか! 自信もってくだされ!」
美佳「ありがとうございます……」
今頃どうしてるかな……。ちょっとした間違いはわたしの中ではちょっとかわいいって思ったポイントだったのは本人には伝えないでおいてよかったかも……。
美佳「ん?」
店内を見渡していると、いままさに思い返していた存在の面影が見えた。
美佳「あれって……向井さん?」
苗字を覚えていたから、自然と口をついて出てきた。
美佳「なんとなく似てるけど……人違い、じゃないよね……」
そんな気はしなかった。目元とかが本当にそっくりだったから。
美佳「いまにもあの口調で話しだしそう……どうしようかな……」
声をかけるかどうか迷っている。そうこうしてるうちに時間だけが過ぎていく。
美佳「いまは勤務中だし……だけど終わるまでに帰っちゃうよね……」
あのしゃべりかたは本意じゃないって言ってた。それが本当なら、なぜ自分で疑問を持ちつつそんな振る舞いをしていたのか知りたかった。
美佳「やっぱり聞けそうにない……いまは書店員としてやっておかないと……」
自分も同じような感情だった。あれが本来の向井さんだったんじゃないかって。
美佳「わたしが本を好きなように、本当は向井さんだって……」
わたしの前だけだったのかもしれない。みんなの前と違う喋り方だったのは。
美佳「じゃないとみんなの前で嘘をつく理由がわからない……少なくともわたしにとって……」
わたしはそう考える。答えは出ないけど、目の前にいる存在を思いながらなんとか絞り出そうとしていた。
美佳「謎だったなぁ……聞けなかったわたしもだいぶドジなんだけど……」
目の前にいるかもしれないのに。しゃべることが苦手だったから、本を選んだ。
美佳「別の本好きの方でぜんぜんそんな雰囲気を感じさせない人もいることは知ってるけど、わたしは違う、多分違う、そう、きっと……」
こう言い聞かせているからなおさら、ということはあるかもしれない。ただ少なくともわたしは昔からこうだ。
美佳「適職だと思ってるし、間違いないって思ってここを選んだんだから……」
それは現在まで変わらない。おかげで長く続けられているし、不便はない。
美佳「はぁ……いろいろ考えてたら疲れちゃった」
本の在庫整理をする。その間に立ち読みしていたあの女性が去るかもしれないことを思いながら。
美佳「これでいい、んだと思う……謎はそのままのほうが面白いから……」
いろんな本に触れていくうちに、わたしはそう考えるようになっていった。
美佳「ここにある本は、あくまでお客さんに読んでもらうためのものだし……」
自分は書評をして商品の前に掲げることはあっても、それは仕事としてするだけ。
美佳「たいせつなものは、もうちゃんと持ってるから……」
そうひとりごち、立ち上がる。
美佳「ふぅっ、こんなものかな……」
ひととおり整理し終え、一息つく。
美佳「さて、次は何をすればいいのかなっと……」
伸びをしているところを店長に見られそうになって、すぐさまやめる。
美佳「店長もひどいよね……そんなすぐいろいろ覚えられるわけないのに……」
しっかりしてそうという理由からたいていのことをまかせられていて、そのせいでなにかと疲れが溜まりやすくなっている。
美佳「本当に必要なときしか出てこないんだもん……嫌になっちゃう……」
言いつつやっていく。いまはそれしか考えていない。
美佳「仕事をしているときくらいが、いまの自分にとって輝ける瞬間だから……」
自分ながら健気だと思う。ふつうここでやめる人がいてもおかしくない。
美佳「限りが見えたらやめるつもりだけど、いまはもうちょっと頑張りたいかな」
予想通り、あの女性はいなくなっていた。これでいい。
美佳「すべてが見えてしまったら、人生なんて面白くないよね」
すべからく面白くしていきたいな……そんなことを思ってしまった。
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