第33話:塞翁失馬2

 ダウンシャー王国は、チャーリー王子が逃げ込んできた事を、運がいいと思っただろうか、それとも運が悪いと思っただろうか?


 一時的には、4王女に仕えて権力を手に入れようとしていた者の領地や、王家と王国の直轄地を襲撃して、財宝や食糧を手に入れることができた。


 襲われる民には地獄だっただろうが、ダウンシャー王国軍将兵にとっては、人生大逆転の好機なのだ。

 死に物狂いで戦うのは当然だろう。


 それに比べて、本来民を護らなければいけないジェイコブ国王は、娘である王女に幽閉されて何もできなかった。


 自由の身であっても何もできなかっただろうが、王として情けなさ過ぎる。

 王妃と王子を止められなかった事が全ての原因だ。


 だがそれでも、王を幽閉していなければ、剣を突き付けて脅迫してでも、ダウンシャー王国軍を迎え討つ軍を派遣できた。


 だが今の状況は、4王女を担ぐ連中が、国民の苦しみなど全く考えず、少しでも自分達が有利になろうと暗闘をくり返すだけだった。


 4王女の誰かが主導して迎撃軍を編成する事を許さない。

 王位継承に優位ならないように、手柄を立てさせないようにする。

 もし強行したら、王都を留守しにしている間に、王都での立場を奪うと脅す。


 1人の王女がダウンシャー王国軍を撃退して救国の英雄になったら、残った3王女の派閥が協力して王都に籠城し、英雄王女が王都に戻れないようにする。


 拠点を失った英雄王女は補給ができなくなって、再び侵攻してきたダウンシャー王国軍に討ち取られてしまう事だろう。


 独立独歩を貫こうとしていた有力貴族家は、4王女に味方する事も、ダウンシャー王国に臣従する事もなく、小国として独立しようとしている。


 こういう情報を密偵使い魔が逐一報告してくれる。

 人間の密偵がよこす情報とは精度も早さも比較にならない。

 そういう意味では、魔法が退化した今の世界で思いっきりずるしている。


 クリスティーナ宮中伯も一生懸命人を育てているが、使い魔には及ばない。

 護衛の最強使い魔達と侍女使い魔達以外にも、密偵に使える使い魔達を付けてあげるべきだろうか?


 ★★★★★★


「ライアン宰相閣下、どうなさる心算ですか?」


 クリスティーナ宮中伯が厳しい表情で質問してくる。

 彼女には密偵使い魔達からの情報を逐一伝えている。


 彼女が主となってアンネリーゼ殿下を支えるようになった時にも、情報を疎かにしないように、実地で経験させる事にしたのだ。


 だが、そのような方針にしたとたん、マティルダ王女がこれほど思い切った手を打って来るとは、思ってもいなかった。


「さて、正直どうしたものか迷っているのです」


「私としては、殿下にためになるのなら、受け入れてもいいと思っています。

 ライアン宰相閣下は、フェリラン王国の御出身なので、殿下のためになるとしても、言いだし難いのではありませんか?」


「確かにマティルダ王女の臣従願いは、実家がフェリラン王国の男爵家である私には受け入れにくい内容です。

 ですが、先にアバコーン王国のアンドレアス王を受け入れているので、その例をだせば批判を少なくする事は可能です。

 絶対に不可能と言う訳ではありません」


「そうでした、アンドレアス王と同じなのでしたね」


「はい、問題は、マティルダ王女がまだ王ですらない事です。

 マティルダ王女を女王に戴冠させ、王都を陥落させて現国王を殺すか廃位させる手間を考えれば、今支配している領地を堅守して、好きに殺し合わせればいいという考えもあります」


「……その通りではありますが、それではフェリラン王国の民が苦しみ続ける事になってしまいますね」


「はい、フェリラン王国の民には可哀想な事ですが、我が国の、殿下の民ではありませんから、大切な将兵を死傷させてまで助ける訳にはいきません」


「ですが、実際に戦うのは、ライアン宰相閣下の竜軍団と使い魔軍団ですよね?

 我が軍の将兵が死傷するわけではないですよね?」


「はい、人が死傷する訳ではありません。

 ですが、そのような前例を作ってしまうと、将来同じような時に、助けに行くべきだと言いだす者が現れます。

 その者が、自分の利の為なら、多くの人を死傷させても構わないと言う、極悪非道な者かもしれないのですよ。

 そしてその時に、私がいるとは限らないのですよ」


 殿下やクリスティーナ宮中伯に、今側にいる使い魔を使い続けられる前提で、情報収集や戦術戦略を考えさせながら、俺がいなくなり、竜や使い魔を使えない場合を考えろと言うのは、矛盾極まりない言い方だ。


 その理不尽さは俺にも分かっているが、人は身勝手な存在なのだ。

 俺も、とても身勝手な人間なのだ。


 1日でも早く全ての責任を放棄して自由になりたい思いがある。

 同時に、殿下やクリスティーナを見捨てられない想いもある。

 その2つの想いが俺の言葉を矛盾したものにしてしまう。


「それでも、今はマティルダ王女の降伏臣従を受け入れ、フェリラン王国の民を救うべきだと思います。

 将来の危険は、殿下と私、ライアン宰相閣下の努力で避けられるかもしれません。

 ですが、今奪われた命を蘇らせる事だけはできません。

 殿下の仁者という評判を買える機会もそうそうあるとは思えません」


 クリスティーナ宮中伯は、基本正義と愛の人だ。

 殿下の為なら非情に徹する事もできる人だが、どうしても必要なとき以外は、できるだけ正義と愛を貫こうとする。


「クリスティーナ宮中伯の民を大切にする気持ちは分かりますが、それだと結局多くの民を死傷させる事になります」


「どう言う事ですか?」


「ダウンシャー王国軍を撃退する時には、民を死傷させる事はないでしょう。

 ですが、王都に籠るジェイコブ国王と3人の王女を討つ時に、王都に住む多くの人々を死傷させなければいけません」


「それはおかしいのではありませんか?

 ライアン宰相閣下が城を攻め落とされる時は、民から死傷者を出さなかったと聞いています」


「それは、時と場所を選んだからです。

 無条件にその様な事ができるのなら、もうジェラルド城を落としています。

 民に被害を出さずに落とすのが難しいからこそ、未だに攻略できていないのです」


「でしたら、王都だけ落とさなければいいのではありませんか?

 王都以外の領地を全て切り取ればいいのではありませんか?」


 クリスティーナ宮中伯は、兵糧攻めの凄惨さと残虐さを知らないのだろう。

 あれだけは、俺もやりたくない手法なのだが、知らない者が聞いたら、殺し合う事がないからいい方法だと思うのだろう。


「分かりました。

 クリスティーナ宮中伯がそう言われるのなら、1度実戦指揮をお任せしましょう。

 竜や使い魔は私が操りますから、指揮だけ執ってみてください。

 好い経験になると思います」

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