第31話:人材育成

 アンドレアス王以下ハミルトン王家の者達は、誰1人欠ける事なくアンネリーゼ殿下に膝をつき頭を下げ臣従を誓った。


 先の戦いで徹底的に心を折られていたからだろう。

 まだ幼いアンネリーゼ殿下を侮る事なく、心から臣従を誓っていた。


 特にアンドレアス王は、高熱に冒されたようにガタガタと震え、滂沱の涙を流しながら臣従を誓っていた。

 大小便を粗相した事は歴史書に残さないようにしてやる。


 周囲を超巨大草食恐竜軍団と肉食恐竜軍団に囲まれているから、先に肉食恐竜の口に咥えられた恐怖が蘇ったのだろう。


 他の王族達も、全員がその場にいたから、他人事ではない。

 そもそも、彼らも前回俺が城攻めした時に、ファーモイ辺境伯一派が肉食恐竜に喰われる所を見ている。


 今生きている王族がアンネリーゼ殿下に逆らう事はないだろう。

 俺がいなくなったとしても、心に焼き付けられたトラウマは克服できない。

 最低でもアンネリーゼ殿下の御代は安全なはずだ。


 だから、ハミルトン王家は残した。

 アンネリーゼ殿下の仁道を印象付ける為に、滅ぼさなかった。

 領地は王都周辺だけにしたけれど。


 ★★★★★★


「ライアン宰相閣下、フェリラン王国が大変な事になっていると聞いたのですが、本当の事なのですか?」


 ほとんど全ての貴族士族がリンスター公爵に味方し、国王以下多くの王族を殺される状況で、1人でアンネリーゼ殿下を護って王都から逃げ出した女傑、クリスティーナ宮中伯が聞いてきた。


「はい、その通りです。

 フェリラン王国は血で血を洗うような激しい内乱になっています」


「チャーリー王子を護ろうとしたイモジェン王妃が、実の娘であるマティルダ王女に殺されたというのは本当なのですか?」


 アンネリーゼ殿下が大切ならば、俺に頼り切る事なく、独自の情報網と軍事力を持てと厳しく言ったので、一生懸命情報収集に努めたのだろう。


「はい、本当です。

 イモジェン王妃は1人息子のチャーリー王子がよほど可愛かったのでしょう。

 マティルダ王女達が、我が国との関係改善のためにチャーリー王子を差し出そうとしたのに気が付き、王城から逃がしたのです」


「国や夫や娘よりも、愚かなだけの息子を選んだというのですか?」


「クリスティーナ宮中伯殿は、馬鹿な子ほど可愛いという言葉を聞いた事がありませんか?

 まして母親にとって息子は恋人同然と聞いています。

 ある種ライバルでもある娘よりは余程可愛いのでしょう」


「私は子供を産んだ事がないので、そのような気持ちは分かりません。

 いえ、例え子供を産んだとしても、主君以上に大切だとは思えないはずです」


「それはそれで、とても問題があると思いますが、生き方は人それぞれなので、家族より主君を大切にするのも1つの生き方でしょう。

 それと同じように、何よりも息子を優先する生き方もあるのです」


「そうなのですね……

 私には理解できないですが、そういう人もいると覚えておきます。

 ですが、ライアン宰相閣下は見ているだけにはできないのではありませんか?

 我が国はどう対応するのですか?」


「別に何もしませんよ。

 関係を改善したいのはフェリラン王家です。

 我が国ではありません」


「……改善する必要はないと言われるのですか?

 フェリラン王国には、アンネリーゼ殿下を主と仰ぎ、忠誠を誓う者がいるのではありませんか?」


「確かにアンネリーゼ殿下に忠誠を誓う者はいます。

 ですが、そのような者達は何も困っていません

 王家や有力貴族に無理難題を言われる事がなくなりました。

 下手に私が口出しすると、内乱を激しくしてしまいます。

 領民が戦に巻き込まれて死傷するような事は避けたいです」


「王家や有力貴族に攻め込まれる事はないのですか?」


「私が手に入れて使い魔に治めさせている侯爵領などには、砂漠地帯から集めた竜軍団がいます。

 アンネリーゼ殿下を主と仰ぐ領地に攻め込んだ愚か者は、もう何度も竜軍団に逆撃されて滅亡しています。

 もう誰もアンネリーゼ殿下の家臣に手を出したりはしません」


「竜軍団に滅ぼされた有力貴族が数多くあるのですか、あのような情景を何度も見ていれば、もう誰も攻めてはこないでしょうね……」


「まあ、世の中には信じられないくらい愚かな者がいますから、少数での略奪なら見つからないと考えて、襲撃してくる馬鹿が絶対にいないとは言い切れません。

 ですがそのような者は、地の果てまで追いかけられて、最後は喰われます。

 私が行く必要もなければ、これ以上の援軍を送る必要もありません」


「余計な事を聞いてしまったのですね。

 申し訳ありません、ライアン宰相閣下」


「いえ、疑問に思った事は恐れる事なく聞いてください。

 私は独裁者ではなく、アンネリーゼ殿下の宰相なのです。

 誰も止めなくなってしまったら、その気がないのに独裁者になってしまいます。

 そうならないように、クリスティーナ殿に宮中伯になって頂いたのです」


「恨みます。

 このような大役を押し付けられて、心穏やかに眠る事もできなくなりました」


「それは俺も同じですよ、クリスティーナ宮中伯。

 俺だって宰相なんかになりたくはありませんでしたよ」


「申し訳ありません。

 私がライアン殿に重責を押し付けたのですね……」


「そう思うのなら、1日でも早く、私が冒険者に戻れるようにしてください。

 何も全てをクリスティーナ宮中伯に押し付けると言っている訳ではありません。

 殿下に忠誠を誓う有能な者を集める努力をしてください。

 最初は使い魔達を残しますから、使い魔を利用すればいいです。

 ですがそれでは何時まで経っても人が育ちません。

 私も跡を任せられる者を育てるようにしますが、クリスティーナ宮中伯も人を育てる努力をしてください」


 厳しようだが、俺はフェリラン王国人なのだ。

 俺がジェラルド王国で権力を持つ事は、先祖代々ジェラルド王国に住む者には、心理的に許せない所がるのだ。


 その辺は人間の弱い所だが、認めた上で対応しなければいけない。

 できる事なら、ジェラルド王国人から王国政府中枢を任せられる者を育てたい。


 それが難しいのなら、他国人が権力の座についてもやっかむ事のない風土に変えていかなければいけないが、それは途轍もなく難しい事だ。

 ジェラルド王国人を育てる方が遥かに簡単だ。


 だから、クリスティーナ宮中伯に人材育成を頼んだ。

 俺が育てるよりも、生粋のジェラルド王国人であるクリスティーナ宮中伯が育てた方が、政権闘争で攻撃される傷が少ないからだ。

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