第30話:臣従

 俺は急いで親征の体制を整えた。

 人間は移動だと時間がかかるので、使い魔だけで親征軍を編成した。

 絶対に負ける事のない、最強の使い魔軍団だ。


 だが、問題が全くないわけではない。

 アンネリーゼ殿下と俺の2人ともが居城からいなくなるのだ。

 何時でも魔術で戻れるとはいえ、敵味方に対する心理的影響は絶大だ。


 だが幸いなことに、父上とローマン兄上を我が国に迎えている。

 俺の代理や代行としてベレスフォード城を護ってもらえる。


 ベレスフォード城はアンネリーゼ殿下の御座所ではあるが、持ち城ではない。

 城主はあくまでも俺なので、城代は俺が独断で選べる。

 アンネリーゼ殿下を蔑ろにしていると言われずにすむ。


 ファーモイ辺境伯領はローマン兄上に任せて、父上を転移魔術でベレスフォード城に連れて来た。


「ライアン、お前、何でも好き勝手に決めやがって、そんな事でよくアンネリーゼ殿下の宰相が務まっているな?!

 父親だからと言って、1国の宰相の代理が出来る訳がないだろう!」


「父上に宰相代理をして頂くわけではありません。

 父上にはベレスフォード城の城代を務めていただくだけです。

 国の宰相は私個人がどうこうできるような小さな役目ではありませんが、私の城の管理を父親に任せるのは普通の事です」


「ろくでもない屁理屈を口にしおって!」


「ですが、事実ですよ。

 それに、アンネリーゼ殿下は親征に向かわれます。

 ですので、ベレスフォード城は殿下の御座所ではなくなるのです。

 場合によったら、しばらくはアバコーン王国内に御座所を移す可能性もあります」


「……どうしても親征なされなければいけないのか?

 殿下はまだ10歳ではないか」


「王家に生まれた者の責務でございます。

 父上も親兄弟が全員討ち死にされたら、10歳であろうと自ら出陣されるのではありませんか?」


「王族とは辛いものだな……」


「責任感のある王族だけですよ。

 私の知るほとんどの王族は、惰弱で下劣で犬の糞以下の屑ばかりです」


「違うと言えればいいのだが、ライアンの言う通りだな」


「我が主をそのような王にするわけにはいきません。

 まだ幼いと言って、我らが甘やかしてしまうと、殿下を歴史に残るような暗愚な女王にしてしまいます。

 厳しくし過ぎてはいけませんが、自分の心を楽にするために、甘やかすわけにはいきません」


「……辛い役目を引き受けたのだな」


「父上が我らを鍛え上げてくださった事と大した違いはありません」


「そう言ってもらえるのはうれしいが、恥じ入るところもある。

 全て理想通りの父や領主だったとは、とても言えぬからな」


「人間ですから、物語のようにはいかないのは分かっています。

 ですが、できる限り理想通りの生き方をしたいと思っています。

 父上のように」


「もう止めろ!

 恥ずかしくてたまらぬわ!」


「ですので、殿下と私がいない間の城を頼みます」


「くっ、これでは絶対に断れぬではないか!」


 父上にベレスフォード城代就任を心から納得してもらえたので、俺は後顧の憂いなく殿下を連れてアバコーン王国に向かう事ができた。


 既に王都を囲む愚かで下劣な伯爵達は皆殺しにしてある。

 後は伯爵達に変身している使い魔達を殺す演技をするだけだった。


「アンネリーゼ殿下の名を騙った卑怯者は討伐した。

 伯爵が許したとはいえ、何の罪もない民を死傷させた者を許すわけにはいかぬ。

 だが我々が勝手に処刑するわけにもいかない」


 俺がそういうと、伯爵の配下は殺されずにすむと安心したようだ。

 だが、安心するのはまだ早い。

 俺はお前らが犯した罪に相応しい罰を与える為に、自分で裁かなかったのだ。


「お前らを罰するのは、お前らが獣欲で死傷させた人々だ!

 自分達がやった事の報いをその身で受けるがいい!」


「お許しを、私が悪いのではありません、私は伯爵の命令で仕方なくやったのです」

「そうです、私達が悪いのではありません、全部伯爵が悪いのです」

「その通りです、私達は伯爵の命令で仕方がなくやっただけなのです」

「本当は嫌だったのです、やりたくなかったのです、全部伯爵が悪いのです」


「そうか、だがそれを決めるのは私ではなくお前達に襲われた人々だ。

 伯爵は財貨や食糧を奪えと言っただろう。

 だが、女子供を犯せとは言っていない。

 その事は拷問をかけた伯爵が間違いなく言っていた。

 自分達がやった犬畜生にも劣る蛮行の報いを受けるがいい!」


 俺は手をあげて私刑の許可を与えた。

 伯爵軍に命も人の尊厳も奪われた人々の生き残りが剣を持っている。

 伯爵軍から奪った防具も身に着けている。


 一方犬畜生共は、武器も防具も奪われ、手足を縄で縛られ、地に転がされている。

 戦うどころか逃げる事もできない姿だ。


 そんな犬畜生共に、復讐の炎を心に宿した人々が殺到する。

 技などないが、怒りに我を忘れた力はとても強い。

 一撃で絶命させてもらえず、身体中を叩き潰されていく。


 クリスティーナ殿の言う通りだった。

 このような私刑をアンネリーゼ殿下にお見せするわけにはいかない。

 殿下が最前線にいたら、このような策は使えなかった。


 俺はこの私刑を、王都アバコーンの城門前で行った。

 国王アンドレアスに対する威圧だった。

 お前の失政が、このような状況を作り出したのだと見せつけた。


 俺がやった事は棚に上げている。

 先に手を出してきたのはアンドレアス王だが、報復をしたのは俺だ。

 この国をここまで混乱させたのも俺だ。


 そう考えると自責の念で心が痛む。

 だが、後悔も反省もしない。

 顔も知らないアバコーン王国の民よりも、アンネリーゼ殿下の方が大切だ。


「アバコーン王国国王アンドレアスに物申す。

 貴国がこのような状況になったのは、全てお前の責任だ。

 お前が欲にかられて人として許されない方法で我が国に手を出したからだ。

 少しでも民に詫びる気持ちがあるのなら、この混乱を治めろ。

 自分にその力がないのなら、力を持つ者に頭を下げて治めてもらえ」


 さて、アンドレアス王はどうするだろうか?

 まだ幼いアンネリーゼ殿下に頭を下げられるだろうか?

 それとも、自暴自棄になって俺を殺そうと討って出てくるだろうか?


 俺としては、頭を下げて臣従して来てもいいし、敵対して攻撃して来てもいい。

 頭を下げてきたら、王都周辺だけを治める、形だけの王にしてやる。

 攻撃してきたら、首を刎ねてアバコーン王国を併合してやる。

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