第29話:内乱

 各地に放っていた密偵使い魔がいい仕事をしてくれた。

 特にバンバリー辺境伯領に放っていた密偵使い魔が、王女や大臣達が送ってきた特使の心に毒を注いでくれた。


 そのお陰で、フェリラン王国で内乱が勃発した。

 国王や王妃、王子に付き従っていた奸臣佞臣悪臣が、3人を見限って生き残りを図っただけではなかった。


 王女達を裏切る事はないと思われていた、忠臣と思われていた者達の半数が、神々が見捨てるようなフェリラン王国には仕え続けられないと言って、アンネリーゼ殿下を新たな主としたのだ。


 チャーリー王子に媚び諂っていた主流派はもう力を失っていた。

 4人の王女達を担いで、王国の権力を手に入れようとしていた者達の中で、先を見る眼のない者達だけが王城に残って権力争いを続けていた。


 王城以外の地は、群雄割拠の戦国時代となっていた。

 元々王家にモノが言えるほどの力を持っていた有力貴族には、独立独歩の存在になろうとする者と、王家を飲み込んで国を奪おうとする者がいた。


 ただ、1番力を持っていたのは、アンネリーゼ殿下を新たな主とした、比較的弱小の下級貴族や士族の連合軍だった。


 普通なら有力貴族に踏み潰されるだけの存在だが、俺が新たに砂漠地帯から集めてきた、超巨大草食恐竜軍団や肉食恐竜軍団が援軍に現れるので、どのような戦場でも連戦連勝だった。


 アンネリーゼ殿下派となった弱小貴族士族連合は、破竹の勢いでフェリラン王国内を席巻したが、それがジェラルド王国内に影響を与える事はなかった。


 俺から見れば、まだまだリンスター公爵一派を滅ぼす機が熟していない。

 アバコーン王国内の3/4の地域を、アンネリーゼ殿下に忠誠を誓った貴族が支配下に置いていても、それは同じだった。


 はっきり言えば、統治を失敗した両国が内乱を引き起こし、貴族士族が殺し合う事には何の罪悪感もない。


 だが、曲がりなりにも宰相の地位を頂いているジェラルド王国内で、民が戦に巻き込まれて死傷するのは許せない。


 俺がジェラルド王国内で動くのは、民を死傷させる事がないと確信を得た時だ。

 最初の頃の、アンネリーゼ殿下の安全を確保するためなら、多少の悪逆非道は断じて行うと決めていた時期とは違うのだ。


 そんな俺の考えなど無視して、アバコーン王国内の有力貴族が暴走した。

 王都を囲み、アンドレアス王を殺そうとした。


 求心力を著しく低下させ、祖先が蓄えてくれていた金銀財宝の全てを賠償金として奪われん、ろくな軍資金もないアンドレアス王だが、それでも忠誠を尽くしてくれる貴族士族は残っていた。


 王都以外に行き場のない民もたくさんいるので、有力貴族が攻め込んだからと言って、直ぐに落城させられるものではない。


 アンドレアス王を殺そうとした伯爵は欲深い奴だったから、上手く王城を落とすことができたら、戦線をフェリラン王国にまで拡大して、余力が無くなっていると思い込んでいる俺を無視して、自ら戴冠する心算だったのだろう。


 だが、アンドレアス王に抵抗されて落城させることができず、下手に撤退すれば背後を突かれると思い、俺に援軍を求めてきやがった。


 それだけなら無視するだけで済ませてやったが、事もあろうに、王都近隣の村々を襲って金穀を奪い、女子供を犯し、抵抗する男達を殺しやがったのだ!


「アンネリーゼ殿下、アバコーン王国の貴族が勝手に殿下の家臣だと名乗り、何の罪もない人々を殺しております。

 このままでは殿下の名を汚す事になってしまいます。

 どうか私に討伐を命じてください」


「ライアンは又ここを離れるの?

 どうしてもライアンでなければいけないの?」


「恐れながらアンネリーゼ殿下、私以外の者に討伐を命じられますと、多くの人が死傷してしまいます。

 私ならば、竜軍団と使い魔軍団を率いて戦えますので、味方の人間を死傷させる事がありません」


「でもライアン、以前はここにいても竜や使い魔を指揮していたよね?

 別にライアンが行かなくてもいいよね?」


「確かに、大雑把な命令ならばここにいてもできます。

 ですが、細やかな命令をするにはその場にいる必要があるのです」


「どうしても行かなくては駄目なの?

 ライアンには優秀な使い魔がいるのよね?」


「残念なのですが、どれほど強い使い魔でも人情の機微までは理解できないのです。

 今回は殿下の名を騙る者です。

 対応を誤ると、殿下が民を殺した事になってしまいます。

 殿下か私が直接指揮を執って滅ぼさなければいけません」


「私が指揮を執ってもいいの?

 だったら私も一緒に行く。

 ライアンと一緒に私の名を騙る貴族を滅ぼすわ」


 これは、困った、どうしよう。

 殿下には、殿下の名を勝手に騙ったと言ったが、実際には俺が命じた使い魔が、そう思わせるような態度で接していた。


 殿下やクリスティーナ殿に知られる前に、内々で始末したかったのだが、殿下が親征する利点を考えれば、断るのも惜しい。


 全部俺が独断でやった事にして、宰相の地位を辞して姿を消すのは、もっと殿下の政治軍事態勢が盤石になってからだ。

 今はまだ自分の悪逆非道な戦略を表にするわけにはいかない。


 殿下やクリスティーナ殿に知られないように、親征する前に真実を知る者を皆殺しにしておこう。


 殺した連中は竜の餌にして証拠を隠滅する。

 使い魔達に姿形を写させて、殿下の親征で滅ぼすまで生きているふりをさせる。

 これなら非道な戦略戦術もバレないし、殿下の武勇も大陸中に広められる。


「分かりました、殿下にも戦場の真実を知ってもらった方がいいでしょう。

 かなり悲惨で吐き気をもよおすような場もあるでしょうが、心を定めて見ていただきましょう」


「待ってください、ライアン宰相閣下。

 幾ら何でもまだ10歳の殿下に戦場の真実を見せる訳には参りません。

 殿下が望まれた事ですから、親征を反対したりはしませんが、最前線に出ていただく事は、断固として反対させていただきます。

 殿下は本陣か後方に待機させてください」


「これは私が先走り過ぎていたようです。

 殿下はまだ10歳でしたね。

 クリスティーナ殿の申されたように、本陣にいてもらう方がいいでしょう。

 実際の指揮は私が執りますので、殿下は後方にいていただきましょう」


「ライアン、本当にそれでいいの?

 ライアンが必要だと言うのなら、最前線に行くよ?」


「大丈夫でございます、何の心配もいりません。

 必要な時が参りましたら、クリスティーナ殿と相談して、最前線で指揮を執って頂きますが、今は私に任して頂いて大丈夫ですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る