第28話:密偵使い魔

 これまでも近隣諸国には数多くの密偵使い魔を送っていた。

 俺の事を逆恨みしているジェイコブ国王とイモジェン王妃のいるフェリラン王国には、比較的多くの密偵使い魔を送り込んでいた。


 だから、今回の異変も逸早く察知する事ができた。

 両親と家臣領民を救う事ができた。


 俺個人としては、もう放っておいてもいいのだが、宰相としてはそうもいかない。

 国やアンネリーゼ殿下に悪影響がないように、見張っておかなければいけない。

 だから、密偵使い魔を増員する事にした。


 結構恨みのある連中だから、死のうが寿命が縮まろうが知った事ではない。

 空になった予備の魔晶石を数多く持つ、結構強い使い魔を密偵にして送り込み、魔力と命力を奪わせた。


 ジェイコブ国王とイモジェン王妃だけでなく、フィービー以下の4人の王女も頻繁に寝込むようになった。


 北の塔に幽閉されている事になっている、実際には塔から出られないだけで、愛妾を連れ込み酒池肉林を謳歌しているチャーリー王子は、枕から頭を上げられないくらいの重体となっていた。


 もちろん病気ではなく、魔力喪失症や命力喪失症による症状だが、魔力も命力も使っていない状態では、誰も喪失症を疑わなかったようだ。


 フェリラン王家の人間が苦しめば苦しむほど、俺の使い魔が強くなるのだから、溜飲の下がる思いだった。


 だが単に俺の溜飲が下がるだけではすまなかった。

 フェリラン王家の人間だけでなく、王城にいる人間全員が同じ症状に陥ったので、フェリラン王国が呪われたという噂が広がったのだ。


 前世強制召喚後のこの世界では、多くの地球人が召喚された影響で、神仏に対して否定的な考えが広まっていった。


 召喚術も神仏の技ではなく、魔力による純粋な技術だという考えが主流で、地球の神仏もこの世界の神も完全否定された。


 地球から強制召喚された者達の中に、宗教家や熱信な信者がいたら違っていたのだろうが、幸か不幸か強制召喚されたのは俺のような無神論者ばかりだった。


 前世の俺が死んでから何年経っているのか正確なところは分からない。

 短くて数百年、長ければ1万年近い時が流れているだろう。

 その間に、また神が信じられる世界になっていた。


 恐竜の事を竜だと思い込んでしまうくらいの状態なのだ。

 強力な魔族や魔導士を、神だと思い込んでしまっていてもしかたがない。


 俺が自重を捨てて暴れ回った後で神だと自称したら、信じる者も少なくないと思うが、そんな恥ずかしい事は絶対にできない!


 それなのに、俺のやった報復を神罰だと言いだす者が現れてしまった。

 フェリラン王国は神に呪われたと本気で信じる者まで現れてしまった!

 神だと敬られるのも悪魔だと恐れられるのも絶対に嫌だ!


 俺は急いで使い魔に魔力と命力を奪うのを止めさせた。

 自然と神罰論が沈静化するのを待った。

 だが、もう手遅れだった。


 今考えれば、そもそも竜と思われている恐竜を使役したのが間違いだった。

 竜ではなく使い魔だけを使っていれば、こんな事にはならなかった。

 俺が神の化身だと思われるような、とんでもない事態にはならなかったのだ。


「門番殿、どうかバンバリー辺境伯閣下に取り次いでいただきたい。

 このままでは我が国が滅びてしまうのです」


「なんと申されても、取次ぐわけには参りません。

 私も命が惜しいし、一族一門を竜の餌にする気もありません。

 どうしてもバンバリー辺境伯閣下に会いたいのなら、元凶であるジェイコブ国王陛下とイモジェン王妃殿下を連れて来られよ」


「そうは申されても……」


「全てはジェイコブ国王陛下とイモジェン王妃殿下の責任なのでしょう?

 その2人に詫びる気がないと言うのに、両親や兄上を殺されかけたバンバリー辺境伯閣下が貴殿らと謁見するわけがないでしょう。

 早々に立ち去らないと、本当に野良竜に喰い殺されますぞ」


「そうは申されても、野良竜も怖いが盗賊や独立派も怖いのだ。

 フェリラン王国領に戻ったら、フェリラン王家を恨む者達に襲われる可能性がとても高いのだ。

 何とか城内に入れてもらえないだろうか?」


「そのように願い出ているのは貴殿らだけではない。

 他の王女方や、大臣方から派遣された特使殿達からも、同じような願いが出されているが、誰1人認められていない。

 貴殿だけが認められるはずがない」


「そんな……」


「これは余計な事かもしれないが、全ての使者殿が一緒になって帰国された方が、安全に王都まで戻れるのではありませんか。

 このままここにいるよりは、王都に戻られて、ジェイコブ国王陛下とイモジェン王妃殿下に、詫びるように説得された方がいいのではありませんか?」


「それは……」


「いっそアバコーン王国の貴族や士族のように、アンネリーゼ殿下に主を変えられてはいかがですか?」


「いや、幾ら何でもそれは……」


「アンネリーゼ殿下を主とした方々は、引き続きアンドレアス国王陛下に忠誠を誓う貴族や士族の領地を攻め落とし、随分と勢力を広げていると聞いています。

 家の繁栄を願うのなら、他の方々がアンネリーゼ殿下に主を変える前に、主を変えた方がいいのではありませんか?」


「……門番殿は王家を裏切れと申されるのか?」


「私のような門番に難しい事は分かりませんが、この地で流れている噂では、先に忠臣を裏切り見殺しにしたのはフェリラン王家の方々だと聞いています。

 臣下を見殺しにするような主君に忠誠を尽くす必要はないと聞いているのですが、違うのですか?」


「……違わない。

 門番殿の言う通り、忠誠に対する報酬を払わないような主は見捨てても構わない」


「フェリラン王国に戻ったら、盗賊や反王家派の貴族や士族に襲われると言われていましたが、その襲撃者達は、アンネリーゼ殿下に主を変えられた方々なのではありませんか?」


「なに?

 それは本当か?!」


「単なる門番の妄想ですから、あまり気になさらないでください。

 ですが、もし、私の妄想が当たっていたら、大変ですね。

 使者の方々が国に戻られる頃には、領地は奪われ、家族は皆殺しになるか奴隷にされているのでしょうね?」


「よくぞ教えてくれた!

 私は他の使者の方々と連絡を取って、直ぐに国に戻る事にする。

 この恩は決して忘れない」


「お役に立てたのならよかったです。

 気を付けて帰国されてください」

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