第27話:隠蔽
父上には散々叱られてしまった。
宰相として、仕える主君を騙すなと大目玉を喰らった。
宰相だからこその策略だと言っても、許してもらえなかった。
気高い騎士道精神を大切にする父上らしい考えだが、国内外の敵を相手に殿下を護らなければいけない俺には、そのような清廉潔白さは邪魔でしかない。
元ファーモイ辺境伯領は、万が一の時の隠し玉にする心算だった。
小国に匹敵する領地と、中国の民を養えるくらいの食糧生産力に、大陸制覇ができるほどの恐竜戦力を持つ隠し玉だ。
アンネリーゼ殿下に安心してもらうには、それくらいの隠し玉が必要だと父上に訴えたのだが、根本的な考えが違うようだ。
隠さなくても十分な威圧になると言われてしまった。
ファーモイ辺境伯領を隠していたのは、使い魔達に統治させていたからでもある。
俺が切り取った全ての領地を使い魔に統治させると言う噂がたったら、俺に反感を持つ者が増え過ぎてしまう。
それよりは、表向きは恐竜の放牧地にした方がいいと思ったのだ。
隠しておけば、誰にも知られる事なく兵糧を備蓄する事ができる。
何をするにも食糧が1番大切なのだ。
それに、誰の物でもない広大な領地がある事は、貴族士族になりたい者達にとっては、活躍次第で直ぐに領地を与えてもらえると思えるのだ。
命を賭けて戦うだけの十分な理由になるのだ。
まあ、過ぎてしまった事は仕方がない。
幸い父上もローマン兄上もファーモイ辺境伯領を治めてくれると言ってくれた。
だったら隠すことなく表に出せばいい。
能力のある統治者がファーモイ辺境伯領を治めるとなれば、アンネリーゼ殿下の版図が確定した事になる。
恐竜や使い魔に頼らない戦力を持っている事になる。
リンスター公爵一派にとって、とても恐ろしい事だろう。
これでジェラルド王国の状況が一気に動くかもしれない。
「ライアン宰相閣下、フェリラン王国から特使の方が来られています」
「国王の使者か?
それとも王女や大臣からの使者か?」
俺がまだバンバリー辺境伯領にいる間、父上達がバンバリー辺境伯領の辿り着いた翌日に、フェリラン王国から特使がやってきた。
「それが、王国の大臣が連名で出した使者のようです」
ジェイコブ国王とイモジェン王妃は責任を取る気が全くないようだ。
俺も別に2人に責任を取らせる気はない。
もう何のかかわりもない奴らだから、無視すればいいだけだ。
「俺の実家に言い掛かりをつけて襲った国の使者に会う気などない。
特使も随行の連中もこの国から叩き出せ。
今この国に入っているフェリラン王国の者も、同じように叩き出せ。
フェリラン王国とは断交する」
「あのう、一応ここはバンバリー辺境伯領なのですが……」
「マイケル兄さんとは事前に十分話し合っていたし、宰相として正式に断交を命令するから、気にしなくても大丈夫だ」
「分かりましたが、特使や随行員が抵抗した場合はどういたしましょう?」
「俺の使い魔達がぶちのめすから何の心配もいらない。
フェリラン王国の商人や旅行者も、逃げ隠れするようなら使い魔に探し出させて、財産を全て没収すると言えば、素直に出て行くだろう。
それでも出て行かないような奴は、フェリラン王国の密偵や刺客だから、問答無用で殺してしまえばいい」
「承りました。
国境の警備兵と辺境伯領の巡回兵にはそのように伝えます」
俺の決断はジェイコブ国王とイモジェン王妃の求心力を著しく低下させた。
それでなくても侯爵一派に好き放題させていた事で求心力を低下させていたのだ。
その状態で俺を逆恨みして忠誠無比と評判の父上達を見殺しにしようとしたのだ。
弱小貴族や士族は、どれほど忠誠を尽くそうと報われない。
それどころか塵のように使い捨てられると思ったのだ。
更に、バンバリー辺境伯領との交易で潤っていた貴族や商人は、ジェイコブ国王の失政で莫大な利益を失ってしまった。
単価と交易高の大きい竜素材を失った損失は計り知れない。
フェリラン王国出身の俺が宰相を続ける限り、交易が途絶える事はないと思い、先物取引の手を出していた者達は、莫大な損失を出してしまったのだ。
そんな全ての疑念無念怨念が、ジェイコブ国王とイモジェン王妃だけでなく、フェリラン王家に向けられたのだから、並以上の知能を持つ王女達と大臣達が驚き慌て恐怖するのは当然だった。
ジェイコブ国王の許可を受けられなくても、王女や大臣として関係改善のための特使を送るのは当然の事だが、俺にそれを受ける義務はない。
何度も国境の街、バンバリー辺境伯都に特使がやってくるが、城門の中に入る事もできず、超巨大草食恐竜軍団に睨まれる恐怖を味わうだけだ。
ジェラルド王国とフェリラン王国の国境には、両国を分ける万里の長城のような国境線があるわけではない。
その気になれば幾らでも越境する事は可能だ。
入国の申請は、互いの国の最外部にある都市や城砦で行う。
特に砂漠地帯では、徒歩の旅人が生きて辿り着ける距離に両国の都市がある。
俺がジェラルド王国に入った当初は、砂漠地帯との境界域という最果ての地であったので、男爵家の小さな町が国境を護っていた。
奪う価値もない場所だと思われていた。
だが今では、俺が斃した貴重な恐竜素材を扱う富の町となっていた。
アンネリーゼ殿下が最初に居住した町として、膨大な数の難民が押し寄せ、10万人もの民が暮らす大都市となった事もある。
今でも5万を超える民が住み続け、オアシスの豊富な水を利用した農業と牧畜が行われ、民が飢える事のない都市だと言う評判を得ている。
「門番殿、どうかもう1度バンバリー辺境伯閣下に取次いでいただけないだろうか。
我々はマティルダ王女殿下から親書を預かっているのだ。
その親書をライアン宰相閣下にお渡ししない限り、国には戻れないのだ」
「そのライアン宰相閣下とバンバリー辺境伯閣下の御実家を襲わせたのは、他でもないマティルダ王女殿下の御両親だと聞いております。
今更親書など持ってこられても、会う義務などないと言うのが、両閣下のお言葉でございます。
国に戻れないと申されるのでしたら、城外で野営されるのは自由ですが、野良竜に襲われて喰い殺されても、こちらの責任ではありませんよ」
「その事に関しては、マティルダ王女殿下も申し訳ない事をしたと申されている。
正式に詫びたいと言われているのだ。
そのためにも両閣下に取り付いてもらえないだろうか?」
「両閣下からは絶対に取り次ぐなと厳命されているのです。
それを破ったら、最大の罰である竜の餌刑にされてしまいます。
それも自分だけでなく、一族一門の全員がです。
何処の誰に頼んでも、取次いではもらえませんよ。
もし取次ぐと言ってくる者がいれば、確実に詐欺師です」
「そんな?!
ではあの者は詐欺師だったのか?!」
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