第25話:愚者

 俺は自分でも厳し過ぎると思う、極悪非道な条件を出した。

 そうした方が、近隣諸国への圧力になると思ったからだ。

 もう他国がちょっかいを出さなくなるように、非情に徹したのだ。


 それなのに、俺が悪評を覚悟して心を鬼にしたというのに、ちょっかいを出してくる、とてつもなく頭の悪い奴らがいたのだ!


「ライアン宰相閣下、どうしたもんだろうか?」


「マイケル兄さん、2人きりの場所でまで宰相閣下は止めてくれ」


「いや、普段からちゃんと使っていないと公式の場で思わず呼び捨てしそうになる。

 不敬罪で処刑させるのだけは御免だからな」


「実の兄が、家と同じ調子で呼び捨てにしてしまったくらいで、不敬罪が適用されたりはしませんよ」


「いや、家でもちゃんと敬称を使わないといけない。

 そうしておかないと、今回のような馬鹿が出てきてしまう」


「確かに、信じられないほどの馬鹿が出てきてしまいましたね。

 これほどの評判が流れているのに、よく父上やローマン兄さんを脅迫できますね」


「アンネリーゼ殿下を御救いした初期の頃に、武具や食糧にすら困っていたのだけを覚えていて、自分に不都合な事は何も見えないのだろう」


「あれから結構時間が経って、とんでもなく戦力も財力も整っているのに、それを無視できるのですか?」


「いや、信じられないくらい短時間だから。

 あれからまだ1度も穀物を収穫できていない事を理解している?

 1年も経っていないのだぞ?

 アバコーン王国の件も、ライアン宰相閣下が勝ったのではなく、有力貴族の叛乱に乗じて領地をかすめ取ったけれど、統治もままならず、放置していると言う噂が広まっているから、無理を言えば通ると勘違いしているのだ」


「父上やローマン兄さんと直接話し合った方がいいのでしょうか?

 それとも、僕の独断で進めてしまっていいのでしょうか?」


「……難しい所だな。

 ライアンが宰相という立場を優先するのなら、父上やローマン兄さんの事は無視するべきだと思う。

 ラスドネル男爵家に配慮してくれるのなら、相談してくれた方がいい」


「相談するのはいいのですが、ある程度こちらの方針を決めておかなければいけませんが、僕には人情の機微が分からない所があります。

 その辺をマイケル兄さんに教えてもらいたいのです」


「ライアンが人情の機微に疎いと思った事は1度もないが、相談する事で少しでも心が軽くなるのなら、幾らでも聞かせてもらうよ」


「そうしてもらえると助かります。

 アンネリーゼ殿下の宰相として、馬鹿の言い分は絶対に聞けません。

 断固として拒否しますが、問題はその時に実家が報復を受ける事です」


「そうだな、相手は侯爵家をはじめとする権力者だ。

 その気になれば諸侯軍を差し向けて我が家を滅ぼす事くらい簡単だろう」


「いえ、そんな事をするようなら、アバコーン王国の時と同じように、竜軍団を派遣して皆殺しにしてやります」


「なっ、本気か?!」


「俺の実家を襲う奴を許すはずかないでしょ?」


「そう、だな、ライアンがやられっぱなしで黙っている訳がないな」


「はい、ただ、父上と兄上が、長年忠誠を尽くしてきたフェリラン王国に、ジェラルド王国軍が入る事を許してくださるかどうかです」


「そうだな、兄上はともかく、父上は嫌がられるかもしれないな」


「父上が竜を送るのを嫌がられた場合、名誉の死を選ばれるのか、家臣領民と共に再起を図られるのか、どちらだと思われますか?」


「父上なら、家臣領民を巻き揉む事は避けられるだろう。

 かと言って、黙って殺される方ではない。

 単騎で侯爵の首を狙われるのが父上らしいと思う」


「それでは結局無駄死にになる可能性が高いです。

 残された家臣領民が奴隷にされてしまうでしょう」


「そうだな、あの侯爵の事だから、勝ち戦になって遠慮するはずがない。

 奪えるものは全て奪って金にするだろうな」


「侯爵達がそこまでの横暴をしても、チャーリー王子の件で僕の事を恨んでいる、ジェイコブ王とイモジェン王妃は見て見ぬ振りをするでしょう」


「そうだな、あの王と王妃なら、好機ととらえて逆に圧力をかけてくるだろうな」


「はい、王女達が諫言しても、なんだかんだと言って助けないでしょう。

 そのような王国に忠誠を尽くす必要などないのではありませんか?」


「ライアンや俺ならそう考えるが、父上と後継者として王家への忠誠心を叩きこまれた兄上は、なかなかそうは考えられないのではないか?」


「はい、僕もそう思いますが、実際に家臣領民が襲われているのに、滅ぼそうとする国王と王妃を目の当たりにしたら、考えも変わるのではないでしょうか?」


「そうだな、父上にしても兄上にしても、王家に忠誠を尽くす男爵としての教育と同時に、家臣領民を護る領主としての教育も叩き込まれているからな」


「マイケル兄上も同じ教育を受けておられたではありませんか」


「そうだが、俺は予備としての教育だから、兄上に男子が生まれた後で、養子先が無かったら、家臣に下るか冒険者として領地を出る場合の教育も受けていたからな」


「マイケル兄上は、ローマン兄上や僕以上に大変な教育を受けておられたのですね」


「いや、いや、いや、ライアンにそんな事を言われたら赤面してしまう。

 俺はどれもほどほどにしかやっていなかったが、ライアンは1国の宰相が務めるほど深く学んでいた。

 とても比べ物にならないよ。

 そんなことよりも、父上と兄上が追い込まれた先の話しをしてくれ」


「父上とローマン兄上が追い込まれて、侯爵一派を斃す気になった時は、竜軍団を派遣して侯爵一派の全てを奪います!」


「……ファーモイ辺境伯達と同じようにか?」


「はい」


「では、そこまで追い詰められても、父上と兄上がジェラルド王国軍をフェリラン王国に入れる事を認められなかった場合はどうする?」


「父上と兄上を、家臣領民と共にこちらに迎え入れます」


「亡命させると言うのか?!」


「はい、先の戦いで広大な領地を手に入れましたが、統治する者がいません。

 父上とローマン兄上に統治して頂ければ、僕もアンネリーゼ殿下も助かります」


「亡命しても領地を確保できるか……」


「マイケル兄上のように、辺境伯に叙爵される事もありえますよ」


「はぁあ?

 俺が何時辺境伯になったんだ?!」


「僕の跡を継いでバンバリー辺境伯になった時からですよ」


「一時的にこの地の代官をやっているだけじゃないのか?!」


「その辺は、侯爵位と辺境伯位を持つ僕の好きにできますので」


「……だから、ファーモイ辺境伯位を持っているライアンが、その後継者に父上と兄上を選んでも誰も文句が言えないと?」


「はい、僕はウォーターフォード侯爵ですから」


「最悪だ!」

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