第18話:謀略と逆謀略

「本気か、本気であの宰相にちょっかいを出す気なのか?」


 アバコーン王国の王弟ベルンハルトが、今回の全権大使であるファーモイ辺境伯に強く確かめている。


「今しかないのです、ベルンハルト殿下。

 今ならば即座に詫びを入れられる私達がここにいます。

 今なら最小限の損害で、あの宰相が本当に竜を自由自在に扱えるのか、ここにいて遠く離れた国境地帯の竜を操れるのか、確かめられます」


「だが、それでも竜が王都に襲い掛かってきたらどうするのだ?!」


「その心配はありません、ベルンハルト殿下。

 ライアンは今日の会見で、竜が暴走するのは自分が殺された時と、多くの竜を操って遠くにいる時だけだと言いました。

 この城にいる時になら、国境にいる竜が暴走する事はないと断言しました」


「何を自分に都合のいい解釈をしているのだ?!

 ライアンに威圧されて判断力を失ったのか?!

 ライアンが口にしていたのは、暴走する時に一定条件だけだ。

 他の場合に竜が暴走しないとは一言も言っていないのだぞ。

 王都が襲われた時に抗議したとしても、軍事機密を話すはずがないと突っぱねられたら、先に攻め込んだ此方に抗議のしようがないのだぞ!」


「そのような心配は無用でございます。

 何も正規軍を越境させると言っているのではありません。

 かねてから手懐けている盗賊団を越境させるだけです」


「……その盗賊団を、竜軍団が我が国まで追いかけて来る事を考えたのか?」


「我が国に戻ったら、盗賊達を直ぐに始末いたします。

 いえ、領内に戻ったら、直ぐに我が軍に始末させます。

 盗賊団を取り締まれなかった事を正式に詫び、賠償金を支払えば済む事でございますので、ご安心ください」


「本当に大丈夫か?

 何度も言うが、あの宰相に当てられて冷静な判断ができていないのではないか?」


「恐れながらベルンハルト殿下。

 私も国王陛下から全権を託されるほどの男です。

 他人に誇れるだけの実績を積み重ねております。

 如何に竜を操れるライアンが相手でも、冷静さを失う事などありません」


 愚かなアバコーン王国の王弟ベルンハルトとファーモイ辺境伯は、事もあろうに、俺の使い魔が鉄壁の護りと情報収集網を構築している、ベレスフォード城で軍事機密について話し合っていた。


 つまり、このように、全て俺の筒抜けと言う訳だ。

 当然だが、事前に完全な対策を講じる。

 やろうと思えば、アバコーン王国を滅ぼす事だってできる。


 問題があるとすれば、多くの人を巻き込む事だ。

 大量虐殺に俺の心が耐えられるかどうかだ。

 この城を手に入れた時の虐殺が、今も俺の心を責め苛んでいる。


 皆殺しにしなければいけないだけの悪事を重ねていた連中だ。

 為政者としても領主としても最低の連中だった。

 冷静に判断して、死刑にして当然の連中だと思う。


 だが頭では分かっていても心は別だ。

 起きている時は精神力と常識で抑えられる罪の意識が、寝てしまっている間は俺を責め苛み、悪夢を見せつけやがる。


 だが、俺が弱気になってしまったら、アバコーン王国との国境近くに住む人々が、盗賊団や盗賊に変装した軍に襲われる事になる。


 財産を奪われ誇りを踏みにじられるだけでなく、命まで奪われる。

 そんな極悪非道な行いを、悪夢を見るのが嫌だからと言って、自分が楽になるために見過ごす訳にはいかない。


 絶対に見過ごせないのなら、どこまでなら報復できるのかを考える。

 越境して罪を犯そうとしている連中は絶対に許せない。

 罪を犯すまで待つ必要などなく、越境した時点で恐竜に喰い殺させる。


 問題は、王弟ベルンハルトとファーモイ辺境伯をどう扱うかだ。

 俺としては八つ裂きにしても飽き足らない極悪人だ。

 できる事なら恐竜の餌にしてやりたい。


 だがそのためには、決定的な証拠が必要だ。

 盗賊団を雇って我が国の村々を襲わせたのが、王弟ベルンハルトとファーモイ辺境伯だと証言してくれる連中が必要だ。


 盗賊団を生きたまま捕らえるだけなら簡単だ。

 恐竜ではなく使い魔にやらせればいい。

 問題は、証言の場で嘘を言う可能性がある事だ。


 王都にまで連行された事で、助かると勘違いして嘘を言う可能性が高い。

 洗脳して嘘が言えないようにする事は可能だが、それよりは使い魔に姿形を完璧にコピーさせた方が、遥かに臨機応変の対応ができる。


 うん、皆殺しにしてしまおう。

 使い魔に姿形をコピーさせてから、殺してしまうのが1番後腐れがない。


 盗賊団に接触した辺境伯家の手先も皆殺しにしておいて、その姿を使い魔にコピーさせて証言させよう。

 王弟ベルンハルトとファーモイ辺境伯に命じられたと証言させる。


 問題は肉食恐竜軍団をどこまで進攻させるかだが、アバコーン王国が泣きを入れて来るまで侵攻させよう。


 王弟ベルンハルトとファーモイ辺境伯に命じられて攻め込んで来た、悪逆非道な連中を捕らえるまで侵攻は止めないと宣言すればいい。

 それで侵攻の大義名分は成り立つ。


 そうなると、敵の姿をコピーさせた使い魔達を王都まで逃げさせないといけない。

 アバコーン王国が軍を出して使い魔達を捕らえたり殺したりしようとしたら、肉食恐竜軍団に食べさせてしまえばいい。


 肉食恐竜軍団と使い魔を駆使すれば10万の大軍であろうと殲滅する事ができる。

 10万兵全てを殺すのは流石に心理的に厳しいから、指揮を執る将軍連中だけ肉食恐竜に喰い殺させればいい。


 指揮官連中が恐竜に喰われるのを見れば、雑兵共は逃げ出すだろう。

 もう二度と王家の参戦命令に従う事もなくなる。

 忠誠心が地に落ちて、普通の軍が攻めて来ても戦いない。


 そこまでやれば、ハミルトン王家の連中も白旗をあげるだろう。

 王弟ベルンハルトとファーモイ辺境伯も罪を認めて、賠償にも応じるだろう。

 時間稼ぎをするようなら、やりたくはないが、王都を責めればいい。


 王都の民を肉食恐竜軍団が喰い殺せば、王家に対する不平不満が噴き出して、王都で叛乱が起きるだろうが、そこまではやりたくない。

 

 何の罪も犯していないとは断言できないが、罪を犯した証拠もない王都の民を、肉食恐竜に喰わせるのは心理的に辛過ぎる。


 ここは……盗賊とファーモイ辺境伯家の連中を生かしたままとっておこう。

 連中を王都の民の前で喰わせればいい。

 次は自分達の番だと思ったら、王家に対して反乱を起こすだろう。


 起こさないのなら、姿を消した使い魔に王都の民を煽らせればいいな。

 王都各地で扇動させて、王都の民がその気になった時に、王城につながる城門を使い魔に破壊させればいい。


 手ごわそうな騎士や兵士が現れたら、使い魔に殺させればいい。

 そうすれば、王城など簡単に落ちるし、王家を皆殺しにする事も簡単だ。

 まあ、そこまでやる必要なないだろう。


 そこまで追い込まれる前に、ハミルトン王家の連中は恐怖に慄いて白旗をあげる。

 王弟ベルンハルトとファーモイ辺境伯を見捨てる。


 ★★★★★★


「ベルンハルト殿下、ファーモイ辺境伯殿、大変な報告が入ってきました。

 ファーモイ辺境伯殿の配下が盗賊に姿を変え、我が国の村々を襲ったのです。

 不本意ではありますが、拘束させていただきます」

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