第17話:同盟全権大使

「アンネリーゼ殿下の元気なお姿を拝見できて安心いたしました。

 今回の謀叛には我が国の王も大変心を痛めていたのです。

 これで私も国王陛下に吉報を伝えることができます」


 アバコーン王国の王弟ベルンハルトが流暢に話す。

 国は違うが言語体系はジェラルド王国と同じ文化圏に属している。

 

 国が分裂して2つになったのか、大帝国が幾つかの国に分裂したのか、寒い地方に行く気がなかったので調べていない。


 そんな事はどうでもいいのだが、こいつらのせいで、殿下と昼食の約束を破らなければいけなくなった事に、言葉にしようのない怒りを感じる。


「それはありがたい言葉のように聞こえますが、アンネリーゼ殿下が1番大変だった時に何の支援も行わず、フェリラン王国からの支援で十分な力を蓄えてから支援をすると言われても、言葉通りには受け止められませんわ」


 宰相の俺ではなくクリスティーナ殿が答えてくれる。

 俺では王弟ベルンハルトが本物かどうかも分からないし、王弟ベルンハルトが俺を対等の交渉相手と認めるかもわからない。


 アンネリーゼ殿下が王都にいた頃から仕えているのはクリスティーナ殿だけだ。

 王弟ベルンハルトが本物かどうか判断できるのもクリスティーナ殿だけ。


 俺がやれる事といえば、王弟ベルンハルトと全権大使に武力で圧力をかけ、この交渉を少しでも有利に導くだけ。


 超巨大草食竜軍団に囲まれても、少なくとも表面上だけは平気に振舞っていた、全権大使を務めるエルンストという名の辺境伯だけは心を折っておく必要がある。


「いや、あの折は申し訳ない事をいたしました。

 リンスター公爵の叛逆があまりにも手際が良かったので、我が国としても援軍の出しようがなかったのです。 

 殿下の消息も杳として知れず、連絡のしようもなかったのです」


 全くの嘘ではないだろうが、真実とも違うだろう。

 真実は、内乱の隙を突いてジェラルド王国を併合しようとしていたが、リンスター公爵にその隙が無かったのだろう。


 そういう点だけを見れば、リンスター公爵は有能なのだろう。

 ベレスフォード城を奪われても全く動かないのは、内乱で疲弊して隣国に隙を与えないためとも言える。


 まあ、有能だと考えればの話しで、無能だと考えれば、打つ手が思い浮かばないので動けないだけかもしれない。

 あるいは臆病で動けないだけかもしれない。


「そのような言い訳は結構でございます、ベルンハルト殿下。

 アンネリーゼ殿下にとって大切なのは、1番苦しい時に手を差し伸べてくれた、ライアン宰相閣下のお考えだけです。

 閣下が殿下のためになると申されればその通りにされるでしょう。

 閣下が殿下にとって危険だと言われれば、避けられるでしょう。

 閣下が殿下のために軍を差し向けると言われれば、出陣を許可されるでしょう」


 クリスティーナ殿の言葉を受けて、ベルンハルト殿下とファーモイ辺境伯が一瞬俺の方に視線を向けるが、少し上の方に視線を動かしてから直ぐに目を逸らす。


 その気持ちは俺にもよくわかる。

 と言うか、そうなるように俺が準備した。

 1度は皆殺しにした肉食恐竜軍団だが、少しだけ補充したのだ。


 ベレスフォード城の謁見の場には、肉食恐竜がいる。

 全周にいるのではなく、俺の後ろに勢ぞろいしている。

 それを見れば、俺が恐竜を操っているのは一目瞭然だ。


 俺以外の人間には恐竜と竜の違いが分からない。

 弱い恐竜を伝説にある強い竜だと勘違いしている。

 だから恐竜を操っている俺の事を実力以上に恐れている。


「で、でしたら、宰相殿の考えを聞きたいですね。

 我が国としては、謀叛の時に手助けできなかったので、王位と王都を奪還される時に、お手伝いしたいと思っているのですよ」


 王弟ベルンハルトがそう口にするが、彼には何の権利もない。

 王弟と言う立場ではあるが、今回の交渉においては何の権限も与えられていない。

 彼の役目は、アンネリーゼ殿下が本物かどうか確かめる事だけだ。


 だから、彼が何を言っても責任が発生しない。

 彼が言った時のこちらの反応を見て、ファーモイ辺境伯が対応策を考える。

 見事なまでに役割の分担ができている。


 クリスティーナ殿が俺に話しを振ったのも、自分がこれ以上話を続けると、ファーモイ辺境伯に付け込まれると考えたからだろう。


「アバコーン王国はもちろん、フェリラン王国の支援も不要です。

 そのような支援などなくても、私の竜軍団がリンスター公爵一派を全て喰い殺してくれます。

 下手に手出しをすれば、怒り狂った竜軍団に喰い殺される事になりますが、その時には何の保証もできませんよ」


「ほう、宰相殿は竜を完全に支配されているのではないのですか?」


「私を海被るのは止めてください。

 十や二十なら、完全に支配して動かせますよ。

 しかし、私が主力を率いる王都から遠く離れた場所で、数百の竜を使役するとなると、竜の動きも完全に支配する事は不可能です。

 まして相手が許可も受けずに国境を越えてきた軍となれば、その国の王都まで乗り込み、眼に映る全ての生き物を喰らい尽くすまで戦い続ける事でしょう」


「それは、脅迫ですか、宰相殿」


「脅迫ではありませんよ、全権大使殿。

 お恥ずかしい話しですが、私の能力の限界をお伝えしているのです。

 これから王都に攻め上り、リンスター公爵一派を攻め滅ぼすとなると、どうしても国境の防備が手薄になってしまいます。

 そんな時に、各国王家に従わない地方領主や盗賊共が、我が国に被害をもたらすような事があると、私の手を離れてしまった竜達が、各国王家を滅ぼしてしまうかもしれないと、危惧しているのです」


「それは、宰相殿に何かあれば、城外にいるあの巨大な竜の軍団も暴れ出すと言う事ですか?」


 ファーモイ辺境伯が、ベレスフォード都に入る許可を受ける前に、その存在を強く見せつけられた、オアシス放牧地にいる超巨大草食恐竜達の事を聞く。


 俺の背後にいる肉食恐竜達はそれほど大きくないから、脅威度が低いのだろう。

 人間にとっては小型肉食恐竜達の方が脅威なのだが、見た目のインパクトは超巨大草食竜軍団の方が大きい。


 あんな連中が王都に襲い掛かってくると考えれば、何か対策を立てずにはいられないだろうし、情報収集もしたいだろう。


「ええ、これでもこの国の宰相ですから、国の守りには心を砕いています。

 健康には特に気を付けていますから、私が死ぬとすれば暗殺しかありません。

 その時に隣国に攻め込まれては大変ですので、配下にいる千の竜達には、私が死んだら隣国に攻め込むように命令してあります。

 私が命令を解除するまでに、私が暗殺されないように祈っておいてください」 

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