第13話:信頼

 俺は賭けに勝つ事ができた。

 殺さない程度の暴行の雨を降らせることになったが、民同士が殺し合うよりはずっとましだと自分を納得させた。


 都市ベレスフォードを統治するうえで最初にやったのは、各地区を統治する責任者を明らかにする事だった。


 都市を10の区画に分けて支配するなら11体。

 100の区画で支配するなら101体。

 1000の区画で支配するなら1001体の使い魔が必要になる。


 民を支配するだけでなく、内中外の防壁を守る使い魔も必要だ。

 しかも各4つある城門にも責任者が必要だ。

 もちろん、殺さなかった防壁を守る敵部隊を統制する使い魔も必要なのだ。


 最悪の場合に備えて残しておいた、とっておきの最強使い魔達まで総動員する事になってしまった。


 それではあまりにも不用心なので、魔力と資材の許す範囲で使い魔を作った。

 初日は粗製乱造したが、2日目以降はそれなりの使い魔を作った。


 粗製乱造では汎用性が悪すぎるし、何より単体性能が低すぎる。

 だから2日目以降は、最低でも指揮官と個人戦闘ができる程度の使い魔にした。


 あり余る魔力で魔晶石を創り出し、内部に積層魔法陣を刻み込む。

 その魔晶石を、魔法陣を描き込んだ紙や木片に埋め込む。


 だが半砂漠地帯では紙や木は貴重品だ。

 そこでその辺に幾らでも転がっている土や石を利用する事にした。

 魔晶石を中核にして、魔法陣を描き込んだ土団子や小石でくるむのだ。


 そう言う手間をかけられたのも、民が恐慌状態に陥らなかったからだ。

 居城部以外にいた将兵が素直に支配下に入ってくれたのだ。


 その根底にあるのが、今も居城部で殺戮と人喰いを続けている、肉食恐竜軍団への恐怖があるのは分かっている。


 ある意味恐怖政治なのだが、民に被害を出さないで済むのなら、それでいい。

 俺の評判などどうでもいい事だ。


 俺は7日間、都市ベレスフォードに駐屯した。

 その間に7000の汎用使い魔を完成させた。

 人間の将軍並みの指揮能力があり、ハイエルフ並みの戦闘力がある使い魔だ。


 そんな使い魔が7000体も完成したのだ。

 エンシェントドラゴン並の知能と戦闘力を備えた、俺の趣味を全開にした最強使い魔達の足元にも及ばないが、都市ベレスフォードを任せる事くらいはできる。


 ただ、ハイエルフ並みの戦闘力を持っていても、表面上は普通の人間でしかなく、肉食恐竜軍団を簡単に殺せる力はあっても、民を統制する威圧感はない。


 その威圧感は、未だにベレスフォード城を徘徊する肉食恐竜軍団に任せてる。

 あいつらが小山の上にいる限り、民が裏切る事はない。


 民が裏切りの気配を見せたとたん、肉食恐竜軍団が民を襲うと脅迫してある。

 民を統治している者の中に、肉食恐竜軍団を操る者がいると教えている。

 下手に統治者に手を出せば、肉食恐竜軍団が暴走するのだ。


 それに、肉食恐竜軍団がいる限り、公爵一派を恐れる必要はない。

 堅城ベレスフォードを苦も無く落とし、重装甲騎士団を壊滅させた恐竜軍団だ。


 公爵一派など恐れる必要なない。

 そもそも公爵一派は、この7日間全くベレスフォード奪還の動きをしていない。


 民の間に俺に対する服従心が十分備わったと確認してからバンバリーに戻った。

 今後の事をアンネリーゼ王孫殿下と話し合わなければいけないからだ。


★★★★★★


「全てライアン侯爵にまかせます」


 まだ幼いアンネリーゼ殿下から全幅の信頼を寄せられると、不完全な良心がシクシクと痛み、穴を掘って隠れたくなってしまう。

 本気で亜空間を作って逃げ込もうかと思ってしまった。


「畏恐れながら殿下、私は無位無官でございます」


「でも、クリスティーナは、ライアンが侯爵なってくれたと言っていた。

 侯爵になって、ずっと側にいてくれると言っていた!

 噓なのか?!」


 目に一杯の涙を浮かべてそんな風に言ってもらうと、思わず抱きしめたくなってしまうから、止めてくれ。


 可愛くて可愛くて、抱きしめて頭を撫でてしまいそうになる!


「アンネリーゼ殿下、私はフェリラン王国の生まれで父親が男爵を賜っております。

 そのような者に侯爵の地位を与えてしまっては、後々の統治に問題が出ます」


「そのような遠慮や謙遜はお止めください、宰相閣下。

 ライアン宰相閣下が殿下を助けてくださらなかったら、今頃アンネリーゼ殿下は逆賊リンスター公爵に殺されております。

 この国の貴族士族は、誰一人殿下を助けようとしませんでした。

 そのような者達に遠慮する必要などありません。

 ライアン宰相閣下が信頼する者を新たな貴族に叙爵し、これまでの貴族士族は全て滅ぼしてくださっていいのです。

 そうですよね、アンネリーゼ殿下?」


「わらわに難しい事は分からぬ。

 全てライアンに任せるから、わらわとクリスティーナを護ってくれ。

 逃げろと言うのならどこにでも逃げる。

 結婚しろと言うのなら誰とでも結婚する。

 だから、ずっと側にいてくれ、ライアン」


 縋るような目で、まだ幼いアンネリーゼ殿下にそう言われると、守ってあげたいと言う父性本能がむくむくと湧き上がってくる。


「そこまでの信頼を頂き、感謝の言葉もありません。

 何時逃げなければいけなくなるかは分かりませんが、今のところは大丈夫です。

 殿下がお生まれになられたこの国に残る事ができます。

 つきましては、ベレスフォード城を手に入れましたので、そこを殿下の新たな御座所として頂きたいと思っております」


「ずっとここにいてはいけないのか?」


 アンネリーゼ殿下が不安そうな表情を浮かべながら、恐々聞いてくる。

 殺されないように逃げ隠れしていた頃を思い出したのかもしれない。


「殿下が望まれるのなら、ずっとここにいる事も可能でございます。

 ただ、ここよりも大きくて安全な城が手に入りましたので、殿下が望まれるのなら、そちらに移動する事も出来ると言うだけでございます」


「ライアンも一緒に来てくれるのか?

 今もあまり会えないが、もっと会えなくなるのか?」


「少なくとも今より会えなくなる事はありません」


「だったら少しでもたくさんライアンと会える場所がいい」


 可愛い、可愛すぎて、萌え死にしてしまいそうだ。

 だが、俺はロリコンではない!

 父性愛が強いだけだ!


「それでは、どちらを御座所にするにしても、できる限り側にいさせていただくようにいたしましょう。

 幸い悪質な連中を軍令違反で処罰したばかりでございます。

 今まで監視させていた使い魔を他の役目に回す事ができます。

 その分長く殿下の側にいられます」


「そうなのか?

 だったら今から一緒にいてくれるか?」


「宜しゅうございますが、書類仕事だけは片付けなければいけません。

 殿下が御勉学をされている間に、書類仕事を終わらせておきましょう」


「恐れながらライアン宰相閣下、その前に正式に宰相就任と侯爵叙爵を発表させていただきたいのです。

 ライアン閣下が殿下との約束を破るとは思っていないのですが、世の中には突発的な事故や、止むに止まれぬ事があります。

 正式にアンネリーゼ殿下から侯爵位を受けて臣下となられた事と、宰相に就任された事を内外に知らせたいのです」


 クリスティーナが縋るような目で訴えてくる。

 

 彼女だって、臣下になろうと宰相の地位を受けようと、下劣な奴なら平気で恩を仇で返す事は痛いほど知っているだろう。


 それでも、形だけの事であっても、臣下となって重要な役職を受けることが、少しでも殿下を裏切らない恩になって欲しいと願っているのだ。

 そんな想いを無視できるほど俺は強くない。


「分かりました。

 ですがそのような重大な儀式を行うのに、アンネリーゼ殿下が無位無官と言う訳にはいかないでしょう。

 殿下には先に王位に就いていただきましょう」


「「「「「え?!」」」」」


 アンネリーゼ殿下とクリスティーナだけでなく、その場にいた親衛隊や侍女までが驚きの声をあげていた。


「何を驚いておられるのです。

 一国の侯爵を叙爵するにしても宰相を任命するにしても、アンネリーゼ殿下が王孫のままでは無意味です。

 王として叙爵任命するからこそ意味があるのです」


「ですが、どの国の承認もなしに王を名乗るのは無意味ではありませんか?」


「他国の事など気にしてもしかたがありません。

 もし文句を言ってきても、無視すればいいのです。

 それよりは、公爵に屈しないとアピールする方が大切です。

 公爵派の一大拠点、ベレスフォード城を陥落させたのです。

 この機を逃さず、公爵を挑発してやりましょう」


 クリスティーナは迷っているようだ。

 ようやく安心できる居場所を手に入れられたのだ。

 敵を挑発せず、居場所の安全を強化したいのだろう。


「クリスティーナ、ライアンに任せよう。

 ライアンなら一番いい方法を考えてくれる。

 ライアンは私達のために国を捨ててもいいと言ってくれた。

 どこまでも一緒に逃げてくれると言った。

 ライアンに任せよう」


「愚かな事を申してしまいました。

 どうかお許しください、ライアン閣下。

 アンネリーゼ殿下と私の命は、ライアン閣下がおられなければ、当の昔に尽きていたのでしたね。

 全てライアン閣下にお任せいたします」

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