第6話:代理
「刺客だ、こいつは王孫殿下を狙う刺客だったぞ!
殿下を助けると見せかけて、近づいて殺す気だったのだ!
殺せ、殿下の為に殺すのだ!」
殿下を弑逆して伯爵に陞爵する心算なのに、俺を刺客だと言う。
つまり、この男爵邸には殿下の味方の方が多いと言う事だ!
「騙されるな、殿下を裏切ったのは男爵の方だ!
伯爵位欲しさに謀叛人に魂を売って、殿下を弑逆しようとしている!
俺が殿下を殺す気なら、竜から助けたりしない。
ただ見ているだけで殿下を殺せたのだぞ!」
「騙されるな、あの獰猛な竜を26頭も斃したなど嘘に決まっている!
魔術で幻覚を見せられたのだ!
殺せ、これ以上惑わされる前に殺してしまえ!」
「疑うのなら、俺はこの国を出て行く!
何の恩も受けていない国のために命を賭ける義理などない!
謀叛人に騙された振りをして、真の王を殺して富貴を得るのだな!」
俺は啖呵を切ってこの場を去ろうとした。
もちろん本気ではなく、隙を見て王孫殿下と侍女だけは助ける気だった。
恩も義理もない国のために命を張る気はないが『窮鳥懐に入れば猟師も殺さず』と言うのではないか。
幼い女の子と忠義の美女を見殺しなどできない。
決してやましい気持ちがあるわけではない!
「裏切者はバンバリー男爵です。
バンバリー男爵は殿下を殺そうとしたのです。
殿下と私が下町にいたのも、バンバリー男爵から逃げる為です。
忠義の心があるのなら、バンバリー男爵を殺すのです!」
「「「「「うぉおおおおお!」」」」」
アンネリーゼ王孫殿下をしっかりと胸に抱いて現れた忠義な侍女のひと言で、この場は結末が決した。
俺の読み通り、この男爵邸には王孫殿下の味方の方が圧倒的に多かった。
男爵の直臣は殿下を狙っていたが、義勇兵となった街の住民や、殿下がこの街にいると言う噂を聞いて三々五々に集まった、王家派の騎士や兵士が沢山いたのだ。
★★★★★★
「ライアンをこの街の領主代理とする」
幼い声でアンネリーゼ王孫殿下が言う。
その瞳に籠る縋るような思いを感じれば、断る事などできない。
だが、なんで俺なのだ?!
この街には現役の騎士家当主や下級貴族の子弟が集まっているのに。
いや、本当は分かっているのだ。
殿下が心から信じられるのは俺だけだと言う事は。
父親である国王は又従弟に殺された。
殺された父親も、王位に就く時に兄弟姉妹はもちろん叔父や従兄弟を殺している。
この国は、ここ数代王位継承ごとに王族の大量粛清を行っているのだ。
その過程で、国内貴族も骨肉の争いをくり返している。
その時に裏切りや再寝返りも当たり前に行われてきた。
今回も同じことが繰り返されるのは明白だ。
心から信用できる者など誰一人いない。
唯一この国に全く地縁血縁利権のない俺だけが信用できるのだ。
「謹んでお受けさせていただきます」
領主代理になったのは、女子供を見捨てられない俺の弱さだから仕方がないが、それにしても仕事が多過ぎる!
この国の誰も信用できず、裏切る事を前提に役目を与えて使わなければいけない。
だから裏切られた場合の予備策を色々と用意しなければいけない。
バンバリー男爵一派を殺して、生き残った家族を追放したが、下町に潜り込んだ残党がいないとも限らない。
日に日に集まる王家派と名乗る連中の中に、公爵派の工作員や密偵が潜り込んでいるのは当然の事で、その対策もしなければいけない。
バンバリー男爵の私財と着服していた国境警備費は接収したが、日に日に集まる王家派の連中を養う金額にしては心もとない。
はっきり言おう、国内のほとんどを掌握する勢いのリンスター公爵と戦うのに、辺境の国境にある街の税収だけではどうにもならない!
「ライアン殿、必要なら爵位も授与させていただきます。
どうか殿下を見捨てないでください!」
クリスティーナと名乗った殿下の侍女が縋るような目で見つめてくる。
その美しさに目眩がしそうだ!
心と知識は100歳どころか500歳を超えているが、身体は自制の利かない血気盛んな15歳なのだ!
19歳と言っていた、若さと艶っぽさが同居した侍女の、何とも言えない美しさに欲望が暴発しそうになる。
「殿下はどうしても王位を取り返したいのでしょうか?
クリスティーナ殿も家族の仇を討ちたいのですか?
それとも、命を最優先にして、亡命してもいいと思っておられますか?」
信じられない連中を率いて圧倒的な戦力を持つ敵と戦うよりは、アンネリーゼ殿下を侵攻の道具に利用しようと考えている国に亡命した方が安全だ。
自由は制限されるし、好きでもない相手と無理矢理結婚させられるが、どちらも王族ならば自国にいても同じ事だ。
今の状況なら亡命する方が生き残れる確率が遥かに高い。
俺としては亡命を勧めるのだが、クリスティーナ殿はどうしたいのだろう?
「正直に申しますと、家族の仇を取りたい気持ちで一杯です。
ですが、私の気持ちよりも殿下の御命の方が大切です。
亡命した方が安全なのなら、そうしていただいて結構です。
ライアン殿もそれでいいのですか?
その気になれば、母国の軍を手引きする事も、上級貴族の爵位を得る事もできるのですよ?」
「私の母国も王位継承権争いでゴタゴタしているのです。
そうでなければ、この機を逃さず侵攻していたでしょう。
そんな事ができないくらい、国内が荒れているのです。
他の国が攻め込んでこないのも、同じ理由でしょう。
どの国も外征できないほど国内がガタガタなのでしょう。
それと、直ぐに亡命しなければいけなくなる爵位など不要です。
どうしても欲しければ、亡命してから頂きますよ」
「そうですか、では今直ぐ亡命するという事でよろしいですか?」
「いえ、しばらくは抵抗して敵の能力と結束を確かめます。
敵があまりに愚かなら、失策に付け込む事ができます。
敵の結束が弱いなら、断ち切って味方に引き込む事ができます。
ですが、有能で結束が固い時は、即座に逃げます。
何時でも逃げられるようにしていてください」
それからがとても大変だった。
味方と名乗る裏切者に警戒しながら、リンスター公爵派の侵攻に対抗できる軍事態勢を築かなければいけなかった。
まず俺がやったのは、殿下を護る信頼できる親衛隊の選抜だった。
この国に地縁血縁利権がなく、亡命した時に付き従う事で、今以上の地位と金が手に入る連中を選ぶのだ。
騎士家当主や貴族家子弟は文句を言ったが『この国の王位継承争いを勉強したから、君達を親衛隊に入れることはできない』と言い返して退けた。
彼らも最初から自分達が信用される事などないと分かっていたのだろう。
形だけの文句を言って素直に引き下がった。
文句を言ったのも、俺の能力を確かめて、おのまま殿下の味方を続ける方が得なのか、裏切る方が得なのか判断する為だろう。
親衛隊の選抜が終わり、殿下の安全が最低限確保できた時点で、兵糧と軍資金の確保を行った。
最初は魔法袋に入れていた恐竜を売って軍資金の足しにした。
売る相手は、国境の街である事を言利用して、フェリラン王国の商人とした。
売れない部位を兵食として支給した。
王家派と言って集まった連中を前に恐竜を解体したから、俺が恐竜を狩る現場を見ていなかった連中も、威圧する事ができた。
手持ちの恐竜を全部売ったので、新たな恐竜を狩って軍資金と兵糧を補充した。
竜の住処と言われている砂漠の奥に、王家派を名乗って集まった騎士家当主と貴族家子弟を率いて狩りに向かった。
「竜だ、竜が出たぞ!」
「逃げろ、逃げるんだ」
「群れだ、竜の群れだぞ!」
「終わりだ、幾ら何でも勝てない!」
「逃げろ、逃げるんだ」
普段の大言壮語を忘れたように、騎士家当主と貴族家子弟が泣きわめいて逃げる。
最初から分かっていたが、全く役に立たない。
これが大切な決戦だったら、この連中に釣られて味方が裏崩れや友崩れを起こしてしまっていただろう。
ここで逃げ出してくれるのなら、それが一番いい。
何時殿下を暗殺しようとするか分からない連中など、いない方が自由に動ける。
ギュウオオオオオン!
ギュウオオオオオン!
ギュウオオオオオン!
ギュウオオオオオン!
ギュウオオオオオン!
草食の巨大恐竜など、前世も今生も俺の美味しい獲物に過ぎないのだよ!
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