第5話:謀叛
周囲の人々の喜びようを見て、とてもではないが王孫殿下を見捨てて逃げる事などできなくなってしまった。
まだあどけないアンネリーゼ王孫女に見つめられるのもきつかったが、忠誠心の強そうな侍女に縋るように見つめられるのが一番厳しかった。
不完全だが、俺には良心がある。
困っている女子供を見捨てて逃げられる性格じゃない。
俺は手早く斃した竜と呼ばれている恐竜を魔法袋に仕舞い、アンネリーゼ王孫女が匿われているという、この街の領主邸まで護衛した。
★★★★★★
「ライアン様、凄い事になってしまいましたね」
ジャックがあっけらかんと言ってくれるが、こんな状況になったきっかけは、ジャックにあるのだぞ!
まあ、ジャックが何もしなくても、あの状況では手助けしていたから、ジャックには何の責任もないのだが、少しは申し訳なさそうにして欲しいと思ってしまう。
「自分の国の王位継承争いから逃れるためにこの国に来たというのに、なんでまた王位争いに巻き込まれなければいけないのだ?
俺は何て運が悪いんだ!」
「ですがライアン様。
ここでアンネリーゼ王孫殿下に恩を売っておいたら、男爵どころか子爵や伯爵に叙爵されるのも夢ではないのでしょう?」
「確かに伯爵に叙爵されるのも夢ではないが、その分謀殺される可能性も高い。
ジャックも巻き込まれる可能性があるのだぞ」
「そりゃあ俺だって死ぬのは怖いですよ。
ですが、死ぬ可能性があるのは、冒険者も同じじゃないですか。
だったら金だけでなく、名誉ももらえる方がいいと思うんですよ。
ライアン様が叙爵されたら、従者の俺を騎士に叙勲してくださるのでしょ?」
「伯爵でなくても、男爵に叙爵されても、付き従ってくれたジャックは男爵家の騎士に取立てるが、本当にいいのか?
冒険者なら命の危険などなく金が稼げるぞ?
さっきも見ていたように、竜程度なら群れでも安全に狩れるのだぞ?」
「ライアン様、俺にだって少しは誇りがあるのですよ。
何の役にも立っていないのに、金だけ貰うのは恥ずかしいです。
少しは役に立つ事をして、報酬を手に入れたいのです!」
「それは俺が悪かった。
ジャックの誇りを蔑ろにするわけにはいかないな。
今日から魔力の使い方と魔術を教えるから、真剣に覚えてくれ。
ジャックには才能があるから、ある程度は直ぐに覚えられるぞ」
「はい!」
「ライアン様、入って宜しいでしょうか?
アンネリーゼ殿下が先ほどのお礼を言いたいと申されています」
この屋敷に仕える侍女が声をかけてきた。
慎重に様子をうかがっていたが、アンネリーゼ殿下は最初に会った侍女とたった2人でこの街にまで逃げてきたようだ。
「わざわざアンネリーゼ殿下に来ていただくわけにはいきません。
私の方から御挨拶に伺わせていただきます。
直ぐに着替えますので、少々お待ちください」
「承りました。
急かすようで申し訳ありませんが、ここで待たせていただきます」
何としてでも俺を味方につけたいようだ。
俺が逃げださないように見張っておくつもりだ。
本気で逃げる気なら、窓から逃げるのだが、まだ幼い王孫殿下と必死で殿下を護ろうと頑張る侍女を見捨てる事などできない。
俺は魔法袋に入れておいた、男爵家の公子に相応しい服に着替えた。
ジャックにも男爵家の陪臣騎士に相応しい服を与えて着替えさせた。
ジャックの礼儀作法がなっていないのは、田舎領主に仕える不良騎士と言う事にしておくしかない。
「お待たせしました」
「とんでもございません。
こちらこそ急にお願いしてしまって申し訳ありません」
さて、本当にアンネリーゼ殿下が俺に会いたがっていたのだろうか?
それとも、殿下を偽ってこの屋敷に主が会いたがったのだろうか?
本当に気を抜き過ぎていた。
この街の領主がどれくらいの権力を持っているのか調べもしなかった。
国境の町だから、侯爵や力のある伯爵が治めているのか?
それとも、王都から遠く離れた辺境の街だから最底辺の男爵が治めているのか?
そんな事すら調べていなかった。
屋敷の大きさと調度品の数々を考えれば、最底辺とは言えないが、中級にも達していない、力のない貴族だと思われる。
「バンバリー男爵閣下、ライアン様をお連れいたしました」
「入れ!」
「失礼いたします」
型通りに部屋に入り、型通りに屋敷の主に挨拶をする。
チャーリーとイヴリンが処分された事で、俺の計画は多少修正されている。
最初は平民としてこの国に入る心算だったが、現実にはラスドネル男爵家の三男として入国する事になった。
国が違うとはいえ、男爵家の三男は男爵家当主より身分が低い。
当然だが、俺の方から辞を低くして挨拶しなければいけない。
「初めて挨拶させていただきます。
アンネリーゼ王孫殿下の招きにより訪問させていただきました、ラスドネル男爵家のライアンと申します。
一緒に訪問させて頂きましたのは、私の護衛騎士を務めるジャックでございます」
「そうか、その件に関しては私の与り知らぬ事だ」
なるほど、平気で王孫の名を騙って恩人である客を呼び出す性格。
でっぷりと太った体形をした思慮の足りない観相。
観相の知識のお陰で前世を寿命まで生き延びた俺だ。
その心算で準備をしておかないといけないな。
「よく来たな、ライアン。
最初にはっきりと言っておくが、殿下の客であろうと恩人であろうと、この国の法は厳守してもらう」
「もちろんでございます、領主殿」
「この国の法では、他国の者が狩った魔獣や獣には9割の税が課せられる」
「なっ!」
ジャックが文句を言おうとしたので、即座に止めた。
最後まで言わせて、こいつの腹の中にある本音を吐き出させないといけない。
「但し、新たな王と成られるリンスター公爵閣下は、ライアンが新たな国王に忠誠を誓うのであれば、特別に税額を7割に減らしてくださるそうだ」
情報が少な過ぎてとても即答ができないな。
「畏れながら確認させていただきたいのですが、国王陛下は身罷られたのですか?」
「……愚かな、何も知らないで殿下を助けたのか?」
「竜に食べられそうだった子供を助けたら、たまたまそれが殿下だっただけです。
取り入る気など最初からありませんし、今もありません」
「……そう言う事ならさっさとこの館から出て行け。
俺様は男爵家の三男ごときをもてなすほど暇ではないのだ!
俺様は明日にでも伯爵になるのだからな!」
「それは、王孫殿下を弑逆し、その首を謀叛人に差し出すからですか?」
「はぁあ、何を言ってやがる?!
他国の者にこの国の複雑な事情など分からぬわ!
ガタガタ文句を言っていると、この場で叩き殺すぞ!」
思慮が足りない事は分かっていたが、観相に出ていた以上に愚かだった。
こいつは俺が竜26頭を一瞬で殺した事を忘れている。
いや、最初から俺が竜を斃した事を信じていなかったのかもしれない。
だが、全ては真実で、全長12メートル7トン級のティラノサウルス26頭が魔法袋の中にある。
その価値は、フェリラン王国通貨で1820万セント。
無理矢理前世の貨幣価値に換算すれば、18億2000万くらいになる。
一瞬でそれだけの金額を稼げる戦闘力を持った漢に喧嘩を売ったのだ。
こいつが最初から機会を見て殿下を裏切る気でいたとしても、並の頭を持っていたら、俺が味方に付いた時点で方針を変えたはずだ。
その事は王都で実権を握ったというリンスター公爵も分かっていた。
だからこそ、税を減免してでも俺を味方に付けようとしたのだ。
それにしては、減免率が低すぎるが……
「叩き殺せるものなら殺してみろや!
手前ごときが俺の首を取れると思っているのか!?
俺の首が取りたけりゃ、魔術師の1万人も連れてきやがれ!」
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