第4話:ジェラルド王国

「ここがジェラルド王国ですか?

 フェリラン王国と何も変わりませんね」


 隣国に移動する俺について来てくれたジャックが残念そうに言う。

 ジャックとすれば、少しでも水に恵まれた土地に行きたかったのだろう。


「それはそうさ。

 わざわざバラ村と同じような条件の町に向かっているのだから」


「何故ですか、ライアン様。

 せっかく国を出るのですから、もっと住み易い土地の方がいいでしょう?」


「水に恵まれ、木々の多い土地だと、これまでとは違う生き方を学ばないと、知らない魔獣や獣に襲われた時に、簡単に殺されてしまうからさ。

 うかつに飲んだり食べたりした物に当たって、死んでしまうかもしれない。

 今まで学び体験してきた知識の役に立つところの方が安心して生きて行けるのさ」


「なるほど、そう言う事だったのですね!」


「それに、国境近くのここなら、男爵家に何かあった時に直ぐに助けに行ける」


「男爵家が心配ですか?」


「かなり脅しておいたから、普通の神経を持った奴なら、男爵家に手出しできないだろうが、あれは普通の神経ではないからな」


「そうですね、僕は噂でしか知りませんが、恐ろしく愚かで無神経なようですね」


「ああ、どれほど脅かしても、都合よく忘れてしまいそうだ」


「では、適当に国に戻られてもう一度脅かされますか?」


「なるほど、それは思ってもいなかった方法だな。

 うん、それがいい、適度な間隔で戻って王子殿下をぶちのめしてやろう」


 俺とジャックは他愛のない話しをしながら初めての国を見て回った。

 だが、俺とジャックが生まれ育った男爵領と大した違いはない。


 何の産業もない辺境にある男爵領よりも、国境での交易があるここの方が、軒数が多く宿や商店もあって繁栄している。


 国境の町だけあって、フェリラン王国の通貨が普通に使える。

 王女達が支払ってくれた莫大な賠償金があるから、普通に暮らす分には働かなくても全然困らない。


 そうなのだ、何と賠償金が満額支払われた。

 四人の王女の訴えと法務院の決定に、国王と王妃が従ったのだ。


 チャーリー王子は北の塔に幽閉され、王位継承権も剥奪された。

 普通ならこれで安心できるのだが、ここまでチャーリーに好き勝手させてきた王と王妃だから、頃合いを見て塔からだす可能性が高い。


「ライアン様、何か食べませんか?」


「おう、その店で肉でも食うか」


「はい」


「親父さん、この肉は何を使っている?」


「砂漠鼠だ、美味いぞ!」


「じゃあ二人前頼むよ」


「おうよ!」


 ジャックが嬉しそうにしている。

 親父さんの答えに満足したのだろう。


 男爵領とこの街は気候が同じだから、食材も味付けもほぼ同じだ。

 脂身が少ないのは砂漠ネズミも砂漠トカゲも同じだが、まだネズミの方がトカゲよりも獣に近い味がする。


「ほら、砂漠ネズミの塩茹でだ」


 水も燃料も貴重なのが砂漠地帯だ。

 炭や薪で焼いて水分を失うような料理は、貴族か大金持ちしか食べない。

 庶民は大量に煮た肉と野菜を常温のスープで食べる。


 俺には前世に食べたご馳走の記憶があるから、独特の臭気があり、硬く筋っぽいネズミ肉を美味しいとは思えない。


 だが、食べ物を粗末にできないのも前世からの性分だ。

 命を頂く以上、できるだけ美味しく食べる責任があると思う。


「竜だ、竜が出たぞ!」

「逃げろ、逃げるんだ」

「女子供を地下室に隠せ!」

「自警団は急いで集合しろ!」


 またかよ、また竜が出たと言うのか?

 人が食事している時に出なくてもいいだろう!


「ライアン様、チャンスですよ!

 この国でドラゴンスレイヤーライアン様の名を売る大チャンスですよ!」


 いや、そんな気ないから。

 ちょっと大きなトカゲを殺した程度でドラゴンスレイヤーを名乗るのは、恥ずかし過ぎるから!


「いや、下手に目立つと刺客に襲われるから。

 チャーリー王子は勿論、国王も王妃も俺の事を相当恨んでいるから」


「それもそうですね、あまり目立つのは危険ですよね」


「キャアアアアア!」


 目立ちたくないのに、そっと暮らそうかと思ったのに、なんでここで幼い女の子がティラノサウルスに襲われるんだよ!


 ギュウオオオオオン!


 空気を引き裂くような音を立てて俺の投げた槍が行く。


「「「「「ウォオオオオ!」」」」」

「竜を斃したぞ!」

「ドラゴンスレイヤーだ!」

「ドラゴンスレイヤーがいるぞ!」

「どこだ、どこにいるんだ?!」


 俺の投げた槍が竜の頭を地面に縫い付けたのを見て自警団が大騒ぎしている。


「ここだ、お前達が探しているドラゴンスレイヤーのライアン様はここにおられる」


 やめろ、やめてくれジャック。

 俺はトカゲを殺した程度で騒がれるのが恥ずかしいのだ!


「ここにおられるライアン様は、既に故郷で二十五頭もの竜を狩られているドラゴンスレイヤーのなのだ。

 少々大きくて獰猛な程度の竜など、ライアン様の敵ではない!」


「「「「「うぉおおおおお!」」」」」

「ドラゴンスレイヤーがいてくれるぞ!」

「もう竜に怯えなくてすむぞ!」

「「「「「うぉおおおおお!」」」」」


 どうなっているのだ?

 たかだか恐竜や首長竜じゃないか。


 本物の竜のように魔力や魔術を扱う訳じゃない。

 鍛え上げた人間が組織的に戦えば、早々負けるとは思えないが?


「おおおおお、アンネリーゼ様、よくぞご無事で!」


 ギャオオオオオ!


「竜だ、竜が出たぞ!」

「群れだ、竜の群れだぞ!」

「終わりだ、幾ら何でも勝てない!」

「逃げろ、逃げるんだ」

「女子供を地下室に隠せ!」

「自警団は時間稼ぎをするんだ!」


 ああ、もう、しかたがない!

 もう逃げ隠れするのは止めだ!


「その槍を貸せ!」

「あっ!」


 ギュウオオオオオン!

 ギュウオオオオオン!

 ギュウオオオオオン!

 ギュウオオオオオン!

 ギュウオオオオオン!


 俺は自警団員が持っていた槍を次々と奪って投げた。

 前世でこの世界に強制転移させられる前に知識として知っていた、ティラノサウルスと言う名の恐竜を次々と屠っていった。


 弱肉強食の世界だとは分かっているが、一方的な殺戮は趣味じゃない。

 今回も、こいつらが街を襲わなかったら、こんな虐殺は行わない。

 こいつらだって身勝手な神々の犠牲者なのだから。


「「「「「うぉおおおおお!」」」」」

「竜の群れを斃してしまったぞ!」

「一瞬だ、一瞬で竜の群れを斃したぞ!」

「本物だ、本物のドラゴンスレイヤーだ!」

「万歳!」

「「「「「万歳!」」」」」


 止めてくれ、お願いだから止めてくれ!

 この程度の事で騒がれるのは恥ずかし過ぎる!


「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます。

 ドラゴンスレイヤー様のお陰で、アンネリーゼ殿下が虎口から逃れることができました。

 お礼のしようもございません!」


 ……とても嫌な予感がする。

 なんで王孫ともあろう者がこんな国境の町にいるのだ?

 厄介ごとの気配しかしない!


「いや、別に助けようと思って助けたわけではない。

 王孫殿下だと知っていて、お礼を目当てに助けたわけではない。

 例え相手が乞食の子供であっても、俺は助けていた。

 だから何も気にせずにこのまま別れよう」


 かなり無礼な事を口にしたが、これくらい言わないと、とてつもない厄介ごとに巻き込まれてしまう気がする。


「とんでもありません。

 王孫殿下の命の恩人にお礼をしないとあっては、王家の面目が無くなります。

 ここは王家の面目を立てると思って、どうかお礼をさせてください」


「「「「「うぉおおおおお!」」」」」

「ドラゴンスレイヤー様は王孫殿下の命の恩人だぞ!」

「これで王孫殿下も安泰だ!」

「王都の謀叛人共など、ドラゴンスレイヤー様が退治してくださるぞ!」


 失敗した!

 自分の実力を過信して、情報収集に手を抜き過ぎていた!

 ジェラルド王国が内紛状態なのを知らなかった!

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