第2話:婚約破棄
「ライアン、これはいったいどう言う事なの?
ラスドネル男爵家に借金があるなんて聞いておりませんわ!」
俺は無事に婚約が調い、結納金まで収めたマクリントック男爵家への挨拶のために、苦手な王都にあるマクリントック男爵王都邸に来たのだが……
「別にラスドネル男爵家に借金があろうと関係ないだろう。
俺はマクリントック男爵家に婿入りするわけだし、男爵家婿入りの結納金も相場の二倍用意したのだから」
婿入りするためにやってきた相手に対して非常識過ぎる質素な部屋に案内されたのは、最初から難癖をつける為だったのだろう。
「何言っているのよ、貴族同士の縁組を舐めているの?!
婿入りするから実家の借金は関係ないなんて言えないわよ!
じゃあ、ラスドネル男爵家に莫大な借金があるのは間違いないのね!?」
顔とスタイルはいいが、評判の悪い令嬢のイヴリンが柳眉を逆立て、口を尖らせて難癖をつけてくる。
「いや、いや、辺境の防衛を任されている貴族が借金しているのは普通だよ。
その分領地があるわけだし、利権も認められている。
少々の借金なんて直ぐに返済できるよ」
「嘘仰い!
ラスドネル男爵家が返済不能なほどの借金を抱えている事くらい調べてあるわ!
そんなラスドネル男爵家から婿を迎えるなんてありえないわ!
破棄よ、破棄、ライアンとの婚約は破棄よ!」
「イヴリン、婚約破棄は結納金の三倍返しだよ。
それも婿入りの結納金だから、それなりの金額になるよ。
そんな大金、マクリントック男爵家に払えるのかい?」
「なんで家がそんな大金払わないといけないのよ?!
そもそもラスドネル男爵家が借金を隠していたのが悪いのよ!
結納金は詐欺を働こうとした罰で没収よ!」
「イヴリン、そんな無法が通用すると本気で思っているのかい?」
「ふん、通用すると思っていなければ、最初からこんな事は言わないわよ」
「……よほどの権力者が後ろ盾になったようだね。
だけど、どれほどの権力者だって、国法を曲げる事はできないよ」
「うっふふふふふ、愚かね、ライアン。
私が確証もなくて法を捻じ曲げられると思ったとでも言うの?
法を超える方に後ろ盾になって頂けたからこそ、強気に出ているのよ」
「その通りだ、木っ端貴族。
いや、マクリントック男爵家に婿入りできなければ、貴族でもなくなるよな?」
「これは、これは、チャーリー殿下。
マクリントック男爵家の後見をされているのは殿下でございましたか。
ですが、幾らチャーリー殿下でも、やれる事とやれない事があります。
婚約破棄の後ろ盾にはなれても、違約金を踏み倒す手助けはできませんぞ」
「はん、俺様に逆らう事など誰にもできない。
王国の法務官も俺の意向には逆らえない。
俺様の言う事が法!
イヴリンも金も諦めて、さっさと出て行け!」
「本当に違約金を踏み倒させる気なのですか?
そんな事をされたら、王家の信用と信頼が地に落ちてしまいますぞ?」
「ふん、有象無象の下級貴族などに何ができる。
下手に騒いだら、王国軍を派遣して踏み潰してやるぞ!
弱者にはベッドで涙を流しているのがお似合いだ」
「ほぉおおおおお、ほっほっほっほっ!
私はチャーリー殿下の愛人なのよ!
ライアンは黙って泣き寝入りしていなさい!」
イヴリン、愚かな奴だ。
チャーリーが身分に関係なくどれだけの女を泣かしてきたか分かっていない。
俺から奪った結納金も、チャーリーに全部奪われてしまうだろう。
直ぐに飽きられて捨てられ、悪評にまみれて真っ当な婿も取れなくなる。
結納金をもらう側から、婿を貰うために金を支払わなければいけなくなる。
いや、チャーリーに骨の髄まで貪られ、一文無しになるのが目に見えるようだ。
これで、バカで愚かで貞操観念のない女と結婚しなくてすむ!
この婚約も、祖父の借金を待ってもらうための苦肉の策だったのだ。
家の為に嫌々婿入りしなければいけなかったから、婚約破棄をマクリントック男爵家から言いだしてくれて、清々した!
別に違約金がとれなくても構わない。
結納金は祖父がマクリントック男爵家から借りていた金額よりも少ないのだ。
俺個人としては大損だが、ラスドネル男爵家から見れば一文の損もない。
取り返しのつかない悪評を背負ったマクリントック男爵家が大損しただけだ。
チャーリーに関しては、もう下がるところがないくらい評判が悪い。
問題はフェリラン王国が求心力を失っている事だ。
国名と王家の名が同じだから、建国以来ずっと同じ王家がこの国を支配しているが、ここまで求心力を失ってしまったら、近いうちに滅んでしまうかもしれない。
チャーリーを跡継ぎにするような王家などさっさと見捨てて、生き残る方法を考えないといけない。
隣国と国内有力者の両方に誼を通じておくべきだな。
「ライアン様、いかがなされましたか?」
マクリントック男爵家王都邸から出てきた俺を、今回従者を務めてくれた若衆団のジャックが心配してくれている。
本当は節約して1人で王都に来たかったのだが、流石に婚約者の王都男爵邸を訪問するのに、従者の1人も連れてこない訳にはいかなかった。
一応我が家も形だけ王都に屋敷を構えているが、その人員と設備は男爵家の体面を保つ最低限となっている。
借金の延長と返済のために駆けずり回っている親父とローマン兄貴が、その最低限の人員と設備を使っているから、俺は独自に従者と馬車を用意しなければいけなかったのだ。
「色情狂の王子殿下が俺の婚約者に手を出したようだ」
「何ですって?!」
「そんな驚く事じゃない。
今の王都ではよくある事だ」
「驚くなと言われても、そんな酷い事が普通に行われるのですか?」
「ああ、ろくに躾けられなかった権力者という奴は、とんでもなく身勝手に育つことがあるのだ。
今の王都は、そんな大きな子供が好き勝手やっている」
「……ライアン様は泣き寝入りされるのですか?」
「いや、俺にだってラスドネル男爵家公子の意地と誇りがある。
勝てないと分かっていても、泣き寝入りだけはしない。
王国法務院に向かってくれ。
今回件について正式に訴える!」
「それでこそライアン様です。
それで、あの、申し訳ないんですが、法務院の場所を教えていただけますか?」
「分かっているよ。
俺が道案内するから、指示通りに馬車を操ってくれ」
「はい、ライアン様」
若くて純粋なオリバーは、俺がチャーリー王子とイヴリンの非道を訴えて、マクリントック男爵家の次期当主に返り咲こうとしていると思ったようだ。
何処の誰が、あんな売女と結婚したいものか!
男爵家次期当主の地位などに興味はない。
自由気ままに生きて行ければそれでいい!
俺がやろうとしているのは、チャーリー王子に捨てられたイヴリンとマクリントック男爵家が、俺に婚約を履行しろと迫ってこないようにする事だ。
王国法務院に、チャーリー王子とイヴリンが俺との婚約を権力を使って破棄させたと証明させる事だ!
あの身勝手な連中の事だ、そうしておかないと、落ち目になった時に、俺に結婚しろと迫ってくるのは目に見えている。
「オリバー、王都での雑用がすんだら、俺と一緒に冒険者に成らないか?」
「え、俺と冒険者に成るのですか?
男爵家に婿入りされるのではありませんか?」
「男爵家に婿入りしたら、色情狂の家臣にならないといけないのだぞ?
結婚したとしても、何時嫁さんを寝取られるか分からないのだぞ?
オリバーは、そんな色情狂の家臣になんてなりたいか?」
「……俺は、結婚できると思ったことがないので……」
「俺と一緒に冒険者に成るなら、それなりに稼がせてやるよ。
稼ぎがあれば嫁さんを貰う事ができる。
オリバーには才能があるから、俺が一人前の戦士に育ててやるよ」
「俺、頑張ります!
嫁さんをもらえるなら、どれだけ厳しくても頑張ります!
だから冒険者にしてください、お願いします」
「分かった、だったらさっさと雑用は済ませるぞ」
「はい、ライアン様!」
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