借金地獄の貧乏男爵家三男に転生してしまったので、冒険者に成ろうとしたのですが、成り上がってしまいました。
克全
第1話:狩り
「竜だ、竜が出たぞ!」
「逃げろ、早く逃げるんだ!」
「女子供を避難させろ!」
「どけ、どけ、どけ、俺達若衆団に任せろ!
俺が派遣された領内最西端の村が、いきなり大騒ぎになった。
獰猛な魔獣や獣が耕作地帯に入り込まないように設けられた大切な村だ。
「ぎゃあああああ!」
初陣に逸ったのだろう。
まだ少年と言っていい若衆団の戦士が吹き飛ばされた。
「ばかやろう!
ろくに戦えない奴は後ろに下がっていろ!」
若衆頭、とは言ってももう30歳を超えている戦士が竜に挑む。
「ちっ!
そっちに行ったぞ!
無理せず、追い払う事に専念しろ!」
本能的に若衆頭の強さが理解できたのだろう。
敵は若衆団の弱い所めがけて突進してくる。
ギュウオオオオオン!
空気を引き裂くような音を立てて俺の投げた槍が行く。
「「「「「ウォオオオオ!」」」」」
「「「「「殺ったぞ!」」」」」
「竜を斃したぞ!」
「ドラゴンスレイヤーだ!」
「男爵家にドラゴンスレイヤーが誕生したぞ!」
俺の投げた槍が敵の頭を地面に縫い付けたのを見て、若衆達が大騒ぎしている。
お願いだから、もう止めてくれ。
恥ずかし過ぎて居たたまれなくなる。
お前達は知らないだろうが、こいつは竜じゃない。
もう人間社会は忘れてしまっているが、俺は覚えているのだ。
こんな、ちょっと大きいだけのトカゲを狩っただけで大騒ぎしないでくれ。
竜がこんな簡単に狩れるはずがないだろう!
最下級の亜竜だってこんなに弱くはない。
「凄いです、ライアン様!
今までこんな大きな竜を狩った事なんてありません!
オリバー団長でも追い返すだけで精一杯だったんです!」
ジャックと言う名の、若衆団で期待されている青年が興奮している。
「そんなに褒めてくれると少々恥ずかしい。
これでも男爵家の人間として幼い頃から鍛えられているんだ。
多くの雑用をこなしながら領地を護ってくれてきた若衆頭と比較するのは酷だよ」
「あっ?!
すみません、頭、つい嬉し過ぎて興奮してしまいました」
「いいよ、気にしていないよ。
それよりも、竜が暑さで痛む前に解体してしまおう。
売れる素材や肉を確保して、残った所を分けていただかないとな。
分けていただけるのですよね?」
「ああ、金になる部分は男爵家に渡さないといけないが、売り物にならない部分は俺に任されている。
若衆団のみんなで喰ってくれて構わないぞ」
「「「「「うぉおおおおお!」」」」」
「久しぶりにうまい肉が喰えるぞ!」
「麦粥には飽き飽きしていたんだ」
「おい、今日くらい多めに塩を支給してくれよ」
「分かっているよ、だが明日からしばらくは塩抜きの麦粥だぞ」
「「「「「うわっははははは」」」」」
誰一人死ぬ事なく……竜……が狩れたのでテンションが上がっているのだろう。
俺だってトカゲを……竜……と呼ぶこと以外には満足している。
10メートル級のオオトカゲを売れば、10万セントにはなる。
祖父が作ったしまった莫大な借金を完済するには、あまりにも少な過ぎるが、俺がマクリントック男爵に婿入りする持参金の足しにはなる。
そもそも俺がこのバラ村に来たのは、辺境警備の為ではない。
他家に婿入りする俺が目立ち過ぎたら、家を継ぐ兄貴の立場がなくなる。
俺がここに来たのは、適当な獲物を狩って持参金の足しにするためだ。
本当なら、もっと大きな防衛都市の冒険者ギルドに所属して、持参金を稼ぐはずだったのだ。
だけど、親父と長男のローマン兄貴が、借金返済と俺の婿入り話を纏める為に、王都で四苦八苦しているから、仕方なく警備の真似事をして目立ってしまったのだ。
それに、冒険者ギルドに所属してしまうと、狩った獲物の売買は必ず冒険者ギルドを通さなければいけなくなる。
その時に、売買金額の2割から4割を手数料として引かれてしまうのだ。
これが独自の販売ルートを持たない者や、素材の品質を保てない者なら、特に問題のない手数料なのだが、その両方を持つ者にとっては、全く必要のない手数料をぼったくられている気分になる。
「解体した素材は男爵家の魔法袋に保管するから、全部俺に渡してくれ」
「「「「「はい!」」」」」
この世界には魔力と魔術があふれている。
前世で、この世界に強制転移させられる前に住んでいた世界とは大違いだ。
とは言え、今のこの世界は、俺が覚えている、強制的に転移させられた世界とも大きく違ってしまっている。
魔力が溢れているが、それが使える者が極端に減ってしまっているし、魔術自体も信じられないくらい退化している。
魔力自体も妙に安定している所と混沌としている所がある。
恐らくだが、1000年の時が流れた事で、大いなる進化と淘汰が行われ、微妙なバランスで世界が維持されたのだろう。
「竜だ!
また竜が現れたぞ!」
やれやれ、本当に……竜……が現れたのだろうか?
それとも、この時代の人間が竜だと思い込んでいる、巨大な爬虫類、恐竜や首長竜の子孫なのだろうか?
「全部俺に任せろ!
絶対に無理はするな!
生き残ったら、結婚できるかもしれないのだぞ!」
「ライアン様、お願いします!」
「俺達だって結婚したいです!」
「この領地を発展させて、女が出て行かないようにしてください!」
「お願いします!」
祖父が作ってしまった莫大な借金のせいで、領地の衰退が激しい。
親父もローマンの兄貴も増税する事なく頑張っているから、領民が搾取されて生活苦にあえいでいるわけではない。
でも、領主である男爵家が金を使わないから、領内に回る金が激減している。
職人が作る工芸品も領内ではほとんど売れない。
元々王都や主要都市から遠く離れた辺境なのだ。
領主が買ってやらなければ生活に必要な道具以外売れるはずがない。
領内で安定した生活ができる家に嫁げない娘が、高い給金がもらえる華やかな王都に憧れて出て行くのを止める事などできない。
耕すべき畑を継げない農家の次男三男は、命懸けの冒険者に成るために領地を出て行くか、同じく命懸けで戦う若衆団に残るしか生きていく道がない。
若衆団に残ったら、若い娘のいない領内では結婚などできない。
「期待されても俺には何もできないぞ。
領地の事は親父かローマン兄貴に陳情してくれ。
だが、俺がマクリントック男爵家に婿入りしたら、このラスドネル男爵家領との交流を深めて、少しでも発展するようにするよ」
「ライアン様、お願いします!」
「オリバー団長に嫁さんを世話してやってください!」
「若い娘達が残るような領地にしてください!」
「オリバー団長に嫁さんを世話してやってください!」
「何なら砂漠地帯を畑にしてください!」
「オリバー団長に嫁さんを世話してやってください!」
「余計なお世話だ!」
若衆達と騒ぎながら竜が出たという方に向かった。
莫大な金になる本当の竜が現れたのかという、わずかな期待を持っていたが、残念ながらただの大きなトカゲでしかなかった。
「「「「「うぉお!」」」」」
「でっけぇえええええ」
「さっきの竜よりも大きいぞ!」
「気を付けろ、一撃で殺されるぞ!」
確かに、さっきより大きいともいえる。
全長や全高はさっきのトカゲと同じくらいだが、肉付きがとてもいい。
さっきのトカゲは、確か……プラテオサウルスと呼ばれていたはずだ。
今度のトカゲは、マイアサウラと呼ばれていたと思う。
「一塊になるな!
ライアン様に任せろ!」
オリバーの判断は流石だ。
長年辺境を護ってきただけの事はある。
俺の実力をさっきの狩りである程度理解したようだ。
実力の足らない自分達が、分不相応に竜を狩ろうとするのではなく、足を引っ張らないようにしている。
確かにそうしてもらえれば、俺も彼らの事を気にせずに狩りに集中できる。
ギュウオオオオオン!
先ほどプラテオサウルスを仕留めたのと同じ槍が、また空気を引き裂くような音を立ててマイアサウラの頭部を地面に縫い付ける。
「「「「「うぉおおおおお!」」」」」
「まただ、また一撃で竜を仕留めだぞ!」
「一日に2頭もの竜を狩ったぞ!」
「ドラゴンスレイヤーだ!」
「間違いないドラゴンスレイヤーの誕生だ!」
もう、いい、もう、諦めた。
前世の記憶がある俺には、恥ずかしい虚名だが、その虚名が、男爵家の莫大な借金の返済に少しでも有利に働くのなら、甘んじて利用させてもらおう。
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