第3話 不穏


「ここで大人しくしていろ!」

「はいはい…………っと、もう少し丁寧に扱ってくれよな」


 ディエラの従士たちに連行されてやってきたのは、地下深くにある少しさびれた牢屋だった。

 地下牢の深さや浴場からここまでで少しだけ窺えた場内の様子を見るに、ここはおそらく魔王城かそれに近しい建物であることが予測できた。

 ひとまずは監視たちを刺激しないように大人しく牢屋の中を物色していると、監視たちが立ち去った音を確認したのかどこかから豪傑な男の声が響いてきた。


「おい…………こんな地下深くに収容されるたァ、アンタ何をしでかしたんだよ?」


 その声音は決して敵意の混じったものではなく、純粋に興味を持って聞いているようなものだった。俺はどう返事をしたものか少し考えてから、おどけたように口を開く。


「何かと聞かれれば…………覗きかな」

「覗きだァ?」

「ああ。ディエラとかいう女の入浴をな」


 俺のその言葉を聞いたその男は、少し驚くように息を飲んだ後、豪快な笑い声を上げた。


「ディエラっていやァあの時の奴か!」

「あの時の?」

「ああ、いや、こっちの話だ。っつーかアンタ人間だよな?こんなとこまで来てやることが覗きってどういう神経してんだよ」

「いやぁ…………まあ、いいカラダだったぜ?」

「へェ…………あのガキんちょがねぇ」


 ガキって年齢じゃなかったと思うが…………この男がディエラと合ったのはそれほど昔ということだろうか。となると…………っていや、そんなことを考えてる場合じゃないか。早くしないとディエラが俺のことをぶっ殺しに来るらしいしな。


「ところで俺は穣ってもんだんだが…………」

「ジョー、ね。俺の名はユーゴだ」

「ユーゴか。ユーゴはこの地下牢の構造は知ってるのか?」


 この地下牢では藁が布団代わりに敷き詰められているようで、馬小屋かよとツッコミたくもなるが、むしろ今の俺にとってはありがたいことでもあった。

 俺がその藁を使って『魔法文字』を書きながらそう問うと、ユーゴは訝し気な声でこう答えた。


「…………まァ、知らねェとは言えないくらいにはな。だけど無駄だぜ?この牢は見てくれは錆びちゃいるが、魔族の俺が本気でかかっても壊れないくらいの丈夫さはあるんだからよ」


 その返事を聞いた俺は、二つの事を確信した。

 一つ目は、この世界の魔法のレベル。魔法の真理を既に授かってしまっている俺からしたら、赤子かそれ以下。ディエラと戦った時から感じてはいたが、この世界の魔法のレベルはその程度のものとみて間違いない。

 そして二つ目は───


「ユーゴ。俺に協力するってんなら、その牢の鍵を外してやってもいいぜ?」

「はァ?」

「別に無理矢理脱獄してもいいんだが、面倒事はできるだけ避けてえ。だからあのディエラって女にはあんま会いたくないんだよ。上からここまで直接降りてくる奴と会わなくて済むようなルートの案内を頼みたい」

「頼みたいったってよ…………本当に鍵を外せるのか?」

「できなきゃこんな話はしねえよ。時間がねえんだ。どうする?」


 藁で文字を作る。あの召喚陣と同じようだが、それとは比べ物にならないほどの『情報』で…………


「…………わかった。俺もこんなところで野垂れ死ぬのは勘弁なんでな」

「ああ、それが聞きたかった。…………『コール』」


 俺がその言葉を口にすると、藁で書かれたその文字に従い、俺の手元に魔法が発現された。


「…………ッチ!錆びついててろくに鍵が入らねぇな…………」

「おい!いったい何を…………」


 ユーゴの言葉の続きは、ガチャリという牢の鍵が外れる音と共に行き場をなくして消えていった。

 俺は錆びれた扉をゆっくりと開けて牢の外へと出ると、少し離れた牢に向かって鍵を投げ入れる。


「早くしろよ。時間がねえから」

「時間がねェって、そんな一刻を争う状況なのか?ディエラが直接来るってんなら、気配でわかりそうなもんだが…………」

「そっちの話じゃねえよ」


 ユーゴを急かして、牢の鍵を外させる。するとそれとほぼ同時に、俺が呼び出した魔法の鍵はまるで最初からなかったかのように跡形もなく消え去っていった。


「な…………どういうことだ?鍵が…………いや、そもそもこんな鍵どこから…………」

「魔法だよ。これ以上を説明する気はねえ」

「魔法…………」


 この世界の住人は、魔法ってものを勘違いしている。だからこそ俺は、この世界から帰れない可能性が高い。それこそが、俺が二つ目に確信したことだった。

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