第8話「 Pirates(ふなのりたち) 」



 日本

 熊野で由利は磨き上がったガラスのような晴天へわめいている。

「冬が終わんぞー

 丹頂鶴たんちょうが北に帰っていくじゃねえかよぉーう」

 夕暮れの朱色に白砂まぶしい浜で置き去りで陸に朽ちる壊れた船の上

「金だ着物だ食いモンだ、佐助の甲賀こうかしゅうが運んでくるから

 オイラを忘れちゃねぇンだろ若ぁ、なーんか言ってこいよーおたーいーくーつー」

 船側面に大穴をあけ斜めに廃棄された和船・せき船が由利のすみどころ

 船倉の上に乗っかった矢倉が板囲んだ天面に平たい甲板に似た板上に赤い髪ひろげ

 仰向けにねっ転がって丹頂が遠く鳴きながら空行くのを眺め由利は


「くどき落とせってなあ

 望月は帆船団ひきいて外洋にでちまって、誰ぁれもいねえよ

 船倉いっぱいに積んだ銀に刀にこしょう

 売り捌いて船沈めそな金銀に代えて戻ってきたら

 若だったら天下転覆の大乱おこせちまうんだろ、まさかだけどよ

 望月がウッカリやる気になっちまったら、どうすンだッての」


 コツン

 

 仰向け由利のつむじに石があたった

 難破船の舷側に足振り上げる。赤毛炎のように舞わせて体を起こした由利にまた石

 村のあくたれ坊主どもが群れて由利めがけて石を投げている


「天狗、妖怪、緑目の赤髪は鬼だ、出てけ」


 四歳五歳の子供らを止めるそぶりもせず親たちは遠巻きにながめとぼとぼ歩き過ぎ村へ帰る

 仰向けに大の字の由利はコツンコツンと石があたるのを避けもせずしばらく石浴びていたがいきなり

 どっばあっと大きく両腕ぶんまわし飛び起きて子供達へ怒鳴る大声明るく


「Cala-te!  Crianças,  eu  vou  comer-vos !!」

「南蛮人だぁ! 食われるぞお!」


 子供達はわあっと悲鳴あげきゃあきゃあ逃げていくのを見送って、新緑色の目に笑い浮かべて由利は

「あれれ、通じるもんだな」

 船板に再び仰向け大の字

「ま、楽だ、頭の変な南蛮人と思われてたほが…」

 涙浮かぶほど

「ふわぁーーああっ」

 おおあくび。






 五日ほどたつと今度は由利の住まう難破船が


 燃えた。


 ごうごうと火をあげ焼け尽きて、黒い木片空へ噴き上げる紅蓮の炎を見上げていたが、由利は


「あー、大人たちねー

 放火されちまったなー」


 赤い母衣ほろにつつんだ大な荷物背負って、図面引く道具を大事に前に抱えて

 てくてく、浜辺を歩きながら

「腹らぁへったなーあ」

 空見上げてちょっと鼻すする由利。






 冬最後の細雪が名残り降っていた

 緑の光彩きらめかしい由利の瞳に映って

 ちらちらと散り注ぐ白い雪は空の途中で溶けはじめ

「赤毛のあんちゃんよお、ひもじくないか? 南蛮船乗りか? 置いてかれたのか?」

「むらのみんな、南蛮船使いの海賊どもは、ひとくいだ、ぜったい近くなって、嘘つきだ」

「海賊船には色とりどり化け物がいるって、兄ちゃんみたいなの、怖く無いのに」

 ひと月もたつころには

 石をなげていた子供たちが由利の野宿先の半分砕けた安宅船へ親にないしょで遊びにきている。

 櫓に開けられた三角の鉄砲狭間てっぽうはざまからのぞく子や、船縁にひじかけ足ぶらぶらする子

 由利は船板に図面をひろげて頭頂に紅髪くくり袖たくしあげて

 墨つぼ片手に明細筆で極細の線を船底にひろげた図面にひきながら


「ずっといくさ続きで田畑あらされ、徴兵され漁もできず

 食うも生きるもままならねえてのに

 おっとおやおっかあはお前らを売ったり、まびいたりせず喰わしてんだ

 偉ぇもんさ」

「でもさ、赤毛のあんちゃん、腹たつだろ?

 三回も家やかれてよ」


 ふふっと由利は笑い


「四回目はまだこねえな」


 図面に帆柱の高さ付け足し図面睨んだままの緑の目でちらっと子供達に笑って

「戦がもう百年だ、ちっせえこの島国ん中で、お前ぇらのおっとおおっかあはな

 おいらみてぇな毛色が違うのは全部化けもんにして、何でもかんでもいじめて遠ざけて

 悪い方ばっかに考えねぇと生き残れねぇって、よくねぇ癖がついちまってるのさ

 許してやんな」

 子供達が図面を船ヘリに頭ならべてのぞき込んでいる

「なあなあ、赤毛のあんちゃん、それぜんぶ、船か

 線にするときれいだなあ、鳥みたいだあ」

 由利は極細明彩筆で、長大な三角帆を一息に書き入れていきながら


「キャラベル、キャラック、ジャンク、ぜんぶ帆船だ、見て覚えてるかぎり

 大坂城の関白さんに、見せンだって」


 船縁や櫓や矢建や難破船そこかしこで子供達の小さい頭が


「かんぱくさん?」


 全部きょとんとかたむくのを面白く眺めながら

 畳半畳ほどの船図面に線をくわえながら難破船のあちこち穴の開く甲板の上で由利は子らへと言う


「なあ楽しかねえか? 誰にも叱られずに海に出て

 せかいとやらを見るって、さ」


 由利が描く三種の異国帆船が、細密な線で浮かび上がって

 描き広がった帆にあたたかな

 雪をそそぐ






   ひら 

                          

               ひら

 

 やがて

 それは

 花びらになる     

   


                     ひら          

   

   ひら ひら、

  

                 ひらひらひら          ひら

                  ひ

  ら

 


 咲き誇りあふれた片鱗を海にこぼしながら、やがて

 真っ白の山桜花になる。

 熊野三山一杯に咲き誇った。


 斜めに打ち捨てられた安宅船の半分にへし折れても砦ほどの広さのある船板に

 大の字になった由利の周りに彼に懐いた子供が五人、大の字で寝こけている。

 ゆっくり立ち上がった由利の着物の大きな背には大胆な構図

 藍墨地に銀糸の大橋描き抜いた絵柄にそそぐ桜花


 春がはじまる。


 今日の由利は紅蓮の髪を背中いっぱいに燃え立たすかのよう

 海をにらんだ。

 ガラス板を敷き詰め空うつすかのように晴天の海

 チラッと水平線に小さな白が点をうちそれが三つ四つと重なり由利は

「あ!……ッ! か、っ」

 興奮にむせて咳き込み

「帰って、きた、ッ」

 矢倉の縁に手を叩きつけた由利のまわりでびっくりして起きる子供たち

 由利の右腕が振り上がるとぶわん! 盛春の文様、黒袖に桜花弁が吹き散る、駆けずる、砂浜に飛び降り突っ転び突っ走る、海めがけて腕をふりたくりながら

 由利は緑眼をきらきら輝かせ


「帰ってきたあ!」


 海に豪壮な春がみちている

 色とりどりのくちばしをした水鳥のようなキャラベル船にジャンク船達が、キャラック船に率いられて

 風の流れ先へ船嘴を向け海を滑っていた

 入り江を囲む島々から溢れそそぐ桜花弁を雪のようにした入江

 浜からの呼び声を聞いた海賊達がそれぞれの舷側に姿を見せる。

 浜を歩いていた子供達も由利につられてむらがって

「おーい! おおーい!」

 船団中央に青い船舳のキャラベル船、副大将船・鵜萱(うかや)。

 メーンマストに横柱長大な二連白帆を背景に、黒外衣風に揺らめかせて騒がしい浜を見ている望月。

 真鍮青鞘の豪刀背負った武家の風格の屈強な船大将・鵜(うかや)萱が、銀唐草ふちの黒陣羽織ひらめかせて甲板を船尾へと歩いて望月の横に立つ。

 顔の右半分が眼球ごと焙烙で焼け飛んだ赤い傷跡が華々しい中で、残りの片目むけどしんとした声


丞相じょうしょう様、初めてですな、我らの帰港が歓迎されておりますぞ

 子供ばかりですが」


 桜満開の熊野三山を春のかたまりのように背負い

 子供達ととびあがって手をふる


「望月の海賊衆うー 望月いー! お帰りいー!」


 由利の明るい声と姿。


「二ヶ月……待ったか」


 望月のうかべたかすかな困惑の表情は

 残念なことに由利には見えない距離。











 潮が変わる


 波打ち際に上げ潮ごと帆船が乗り込んでくる


 どおん!どおん!どおん!

 トントコテンタイトンコトテンタイ!


 どんどん速くなる船太鼓のリズムに高くなる号笛のつらぬきに押されて異国船達は陸揚げされた


 えいやあ! えい、えいやえい! やーえい!

 

 掛け声雄々しく重ね、200人越える海賊達がむせ返るような汗の匂いを振りまいて、船尻から放射した太い綱を肩に担ぎ船を引っ張る。

 波打ち際から浜まで平行に並んだ大木が船底と砂浜の間でぐるぐる回転し、落雷の音たてて船を海から滑り上げる


 カアン!カン!カン!カアン!


 二抱えもある巨大な楔が船頭のキワで砂浜に打ち込まれる

 それがまるで柵のように城壁のような船倉を押さえ込むまで

 海賊達は私語ひとつもらさず大槌で楔を打ち、掛け声高く船を引きずり上げる。

 由利は水浴びし身なり整え

 浜にくちかけた安宅船矢倉やぐらのへりに頬杖してにっこにこ見物していたが

「邪魔だ、どけ」

 耳に炸裂した声に顔を向けると斧ギラリ、うわっと離れた由利、手に手に斧を持った海賊達は、斜めに砂に横たわる安宅帆柱を切りとりにかかる

「あぁ、おいらの家を壊すなよ」

 と、言える暇もなかった

 海賊達は太い帆柱を担いで再び陸揚げ途中のジャンクの舳先に戻る、今度は船鋸でがんがん切り分け始めた。

 由利は見物、楽しそうに


「あっそか、船を押さえるクサビが足んなくなったンだ

 なるほどねぇ、だから役にたたねえ難破船も浜に置いてんのか

 よっく出来てらぁ」


 夕やみの海に鼻面を向け七隻の異国船は浜に連なる

 さまざまな色の真鍮で固められたそれぞれの船近くに一人ずつ残った海賊達が

 この時代にはめずらしい船硝子カンテラを灯しはじめた。

 不純物多くぶ厚いガラスが点々として灯す火は、橙・薄紫・澄んだ蒼の光の列

 由利はそこに映し出される海賊へ、砂浜サクサク歩んで話しかける

「徹夜で船を見張ンのか? ご苦労サマだぁ

 お、そいつはキャラベルの船図面だな

 へぇ、アンタ船の大工か」

 図面から船型を読んだ由利へ目をあげた海賊だが海焼けした手で、シッシッ

「な? 邪魔ですともさ」

 由利を追い払うから由利は心中にひとりごと


( 若よぅ、口説けったって無茶だ

 まず海賊衆から相手にされねェってのに

 こいつらの頂点、望月にはおいらの手じゃあ、届かねえよ )


 が、すぐ考えるのに飽き

「まっ、とりあえず」

 由利は

「まずは海賊衆だ

 こんなスゲぇ連中と、仲良くならねえなんて、なァ

 もったいねえやあー!」

 月光の始まりが藍色のシルエットにした戦艦と海賊達めざして由利は

 夜の白砂けちらして、長い足をいっぱいにのばして走っていく。







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