第10話 ミッション
以下は後日アキラから聞いた報告内容である。
伝聞によるから真実と違う部分もあるかもしれない。
「混雑しない平日にデートするように」と注意しておいたのに、アトリボのほうの都合でデートは日曜日になったらしい。
予定していたプラネタリウムは午前の部も午後の部もすでにチケット完売で入れず。
映画はアトリボの好みでアニメになり、劇場は家族連れが圧倒的に多くて両隣は小学生。とてもじゃないがロマンチックにキスできるような環境ではなかった。
水族館も同様で小学生や幼児が走り回っており、家族連れで大混雑していたという。カップルもいるにはいたが、とても2人きりになれるスペースはなく、ムードもなかったらしい。
さんざんあちこち歩いて疲れ果てた末に、たまたま2人が通りかかったのが、その地方の歴史や産業を展示したショボい郷土資料館だった。
キスとプロポーズのことで頭がいっぱいだったアキラは最後の望みをかけて郷土資料館に入った。時間は4時を過ぎていた。閉館時間は5時。4時半が入館締め切り時刻だった。入口に70代のモギリのオジサンが1人だけ。中に入ってみると誰もいなかった。
地方の歴史年表があり、矢尻や土器、瓦などが並んでいたが、アトリボはそんなものにはまるで関心がない。アキラだってそんなものを見るのは小学校の社会科見学以来だった。ガランとした展示室。展示物がショボすぎる。明治時代の農機具や機織りや古い写真などその当時のものが展示されてるが、アトリボはもちろんアキラもまったく関心がない。
沈黙して歩きつつ時間だけが刻々と過ぎていく。その時、愛のキューピッドが矢を放った。疲れたアトリボがつまずいて転びかけたのだ。なるべく離れないように気を遣いながら肩を並べて歩いていたアキラがアトリボを抱きとめた。しばし見つめ合う2人。
「大丈夫?」
「あ、あの、ダイジョブ。つまずいただけ。ありがと」
そのまま見つめ合う2人。顔と顔の距離が近い。アトリボの顔がみるみる紅潮する。
「あの、いい?」 目と目を合わせてアキラが言った。
「な、なに?」 わかってるくせに驚くアトリボ。カワイイぞ。
「キス。いいかな?」 キャー、言っちゃった!
アトリボは黙ってコックリうなずいた。
目を閉じたアトリボにアキラは顔を寄せて、その唇に自分の唇をそっと重ねた。すると、思いもよらずアトリボがアキラの首に手を回して唇を強く押し付けてきた。
アキラによると、これを逃したらチャンスは2度とないとハラをくくって事に及んだ。が、まさかアトリボのほうから唇を押し付けてくるとは思っていなくて驚いたそうだ。
ヤルな。アキラ。アトリボもヤルじゃない? 2人ともファーストキスおめでとう。
しかしアキラにはもうひとつヤルべきことが残っていた。
ファーストキスで舞い上がって忘れたわけじゃない。
「阿藤さん。俺と、結婚して、もらえませんか?」 何度も練習してきたコトバだ。
「ハイ」 アトリボは恥ずかしそうに笑顔でコックリうなずいた。
2人が黙って見つめ合っていると、モギリのオジサンが入口から叫んだ。
「もうすぐ閉館時間でーす。そろそろ出てくださいねー」
4時55分。告白完了。ギリギリでアキラはミッションをコンプリートした。アキラによると夢を見ているようなキモチだったという。夢見心地とはこのことだね。アキラはオジサンに見られたかなと思ったが、まあ、いいやと開き直ったらしい。
アトリボは真っ赤に染まった顔をうつむけたまま、アキラと手をつないで郷土資料館をあとにしたという。もちろん恋人つなぎでね。なんて初々しい話だろう。私は聞いててウットリしてしまった。オジサンに代わって目撃したかったものだ。
アキラから聞いた話を要約するとそういう顛末だった。
特に脚色はしてない。そのままだ。
しかしこの時アキラが私に明かさなかった事実を私はのちに知った。
つづく。
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