第9話 試金石
その後、アキラとアトリボは3~4週間に1回くらいデートしてたらしい。私とアキラの作戦会議は毎週することもなくなって、デートの前か後だけになった。アキラから電話で相談されることもあったが、私から電話することはなかった。これもアキラと親しくなり過ぎないためだが、アキラは気づいていないだろう。
アキラとアトリボがお見合いしてから、かれこれ半年になる。デートの回数も私が知ってる限りでは、7回くらいにはなるはずだ。アキラに聞くと、いいフンイキにはなるが、まだキスはしてないという。
そろそろキスくらいしないとなあ。ただデートしてるだけじゃあね。イイお友達になっただけで、そのうちダレてきて、いずれポシャる。
お見合い後のお付き合いというのは普通の恋愛と違って期限があるのだ。目安はお見合いから半年以内。長くても1年以内と相場が決まっている。
進展しない相手といつまでも付き合ってると年齢で女が不利になる。男はピチピチした若い女の方が好き。これは女がどうあがこうとも万古不易の常識なのだ。
私は今後のデートをどういうふうに進めていくべきかを真剣に考え始めた。
1ヶ月ぶりに例のパン屋のカフェでアキラと会った。今日は重要な作戦会議だ。
「ひさしぶりだな。ここで会うの」アキラはホットコーヒーを飲んでいる。
「そうね。うまくいってるみたいじゃない?」私もホットカフェオレを一口飲んだ。
「まあな。でも、ここ2ヶ月くらいはほとんど進展がないんだ」アキラが外を見た。
コンクリートの塀を這っているツタの葉が色づき始めていた。もう秋なのだ。
「そろそろ先に進めないとね。お見合いから半年くらいが大体の目安よ?」
「目安って? なんの?」
「婚約するかどうか決めるのよ。そのために阿藤さんと付き合ってるんでしょ?」
アキラがちょっと驚いた顔で私のほうを見た。
「あ、ああ、そうだったな。半年くらい付き合って決めようとか言ってたっけ」
「阿藤さん本人がそう言ってたの? それとも親同士の話で?」
「俺のおふくろがそう言ってた。向こうの親とそういう話をしたんだろう」
「じゃ、そろそろ、しなきゃね」
「何を?」
「キスよ」
「は?」
「キ・ス。 キスもしないで婚約なんてあり得ないと思うけど?」
「そうなのか?」
「まあ、絶対とは言わないけど。キスもできない相手と結婚なんてしないでしょ?」
「そういうものなのか。キスねえ。ハードル高いな。俺、やったことないし」
「誰だって最初はそうよ。それに、結婚したらキス以上のことヤルわけだし」
「キス以上って、ナニ?」
女の私にソレ言わせる気?まったく。ボクネンジンこれだから。まあ、いい。
「とにかくさ。ファーストキスの相手と結婚できたら、私はシアワセだな」
「ソレ、どうしてもやらなきゃダメか?」
「どうしてもってことはないけど、プロポーズはしないといけないでしょう?」
「プロポーズ? あの『ボクと結婚してください』って言うヤツか?」
「あったりまえでしょ? プロポーズもしないで結婚しようと思ってたわけ?」
「考えてなかったな。キスにプロポーズか。なんか一気に王手かけるって感じだな」
アキラが天井を見ながらアゴをゴシゴシこすってる。かなり困惑気味だ。
私はゆっくりカフェオレを飲みながら、アキラの動揺がおさまるのを待った。
「キスして、それからプロポーズなのか? それとも、逆でもいいのか?」
「まあ、どっちでもいいと思うけど。どっちにしろ、その前が大事よね」
「その前?」
「ムードよ。フンイキ。2人の気持ちが盛り上がるのが前提ってことよ」
「ムードかあ。フンイキねえ」
アキラはまた天井を見てアゴをなでながら考えている。
いつまでも待たされそうなので私のほうから提案することにした。
「たとえばね。やっぱ明るいところでってのは、女の子としては恥ずかしいのよ。周囲に人がいないか、いてもカップルばかりか。そういうところで盛り上げるのよ」
「は~。俺、わかんねえ。どこがいいんだ?」
「そうね。プラネタリウムのカップルシートとか?」
「なんだ? ソレ?」
「そういうのがあるところを探すの! 暗くてくっついて座れるならどこでもいい。できれば予約しておいて、そこに相手を誘う。一緒に行ってそれがカップルシートなら、相手にその気があれば、それがどういう意味か気づくハズ」
「気づいて、それから、どうなるんだ?」
「相手が怖気づいてイヤがるようならまだ早すぎってことね。黙ってついてきたならそれはもういつでもOKってことよ。そういう合図だと思っていい。そこの見極めは必要かな」
「なるほど。事前にキスしていいかどうか、相手の態度でわかるわけか」
アキラがフムフムとうなずいている。ホントにそれでいいのかどうか私も知らない。
私はキスの経験はあるけど、結婚を前提に付き合った経験なんてないからね。
しかしアトリボの性格を知ってる私は、まず間違いなくそれでうまくいく確信があった。アトリボは臆病だが実はすごくキスにあこがれてる。未来の夫なら当然OKだろう。
「ただの並びの席でもいいと思うわよ。そっと顔を寄せてキスしちゃえばいい」
「いきなりそんなことして、大丈夫なのか?」
「いきなりブチュってのはダメ。顔を寄せて間をとってからそっと唇を合わせるの」
「ほ~。なるほど。みゆき、なんでそんなことまで知ってるんだ?」
「私はまあ、経験あるから。イヤならそこで相手は顔をそむけるから中止ね」
「それから、休日は混むから平日に都合をつけてデートするの。コレ、大事よ」
(平日 プラネタリウム キス)
アキラがメモしてる。
フツーそこまでメモるか?
「プラネタリウムじゃなくてもいいのよ。暗いところなら映画館でもいい。そうね…ヒトケのない水族館の奥の方の隅っこでもいいかな。クラゲがゆらゆら漂ってる水槽の前なんかで、そっと顔を寄せて。とかでもいい。ロマンチックよねー」
(映画館 or 水族館のクラゲの水槽の前)
などとアキラがせっせとメモしてる。
「そうね。キスする前に、いい? って、ひとこと了解とったほうがいいと思うわ。まあアキラと阿藤さんならイヤって言われることはないと思うけど。紳士的よね。そのほうが。モチロン、万が一、顔をそむけられちゃったら、ごめんね。って、あやまって中止よ」
(いい?と確認する 顔をそむけられたら中止)
アキラは本当にマメだ。メモするのはいいが、そのとおりにやれるか?
それが問題だけど。ヤルときにはヤルそうだからヤルだろう。
アキラがメモを取りおえてスマホを確認してる。フムとうなずく。
「ところでさ。もしキスしようとしてダメだったら、嫌われたってことなのか?」
「そうとはかぎらない。まだ早いってこと。本当に嫌われたらお断りがくるから」
「そーかー。じゃ、コレはひとつの賭けってことだな。いや、試金石か」
「試金石? まあ、そうね。キスできたら、すかさずプロポーズしちゃえばいい」
「え? やっぱ一気にそこまでいかないとダメか?」
「そーよ。絶好のチャンスじゃない?盛り上がったところでのプロポーズが一番よ」
「は~。うまくいくといいんだけどな。なんか、俺、自信ないな」
「うまくいくかどうかは、やってみないとわからない。自信持ちなよ。男でしょ」
アキラが積極的にいけばアトリボは断らないだろう。むしろ待ってるだろうな。この前に電話で話したときもアキラと結婚してもいいみたいなこと言ってたし。
両方を知ってる私からみれば、ここでプロポーズせずにいつやる? 今でしょ? て、感じだ。それができない不抜けた男が多いから世の中非婚化が進むのだ。
「結婚してください」が言えない男はこの世から消えてしまえ。一生独身で風俗通いで子孫を残さずに絶滅してしまったほうが人類の未来のためだ。
作戦会議は以上で終了。次のデートが最大のヤマ場になる。天下分け目の関ヶ原だ。アキラにはそう言っておいた。頑張れ家康。さしずめ私は軍師の、えーと誰だっけ。秀吉だと黒田官兵衛だけど、家康は?でも家康は西軍方の裏切りで勝ったからね。ここは正攻法で勝ちを取りにいってほしい。私の頭の中ではホラ貝が高々と鳴り響いていた。
つづく。
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