第7話 距離

私とアキラは特に予定がなければ、毎週金曜の午後4時にパン屋のカフェで会うことにした。金曜の夕方が女子校生で一番混雑していたが、そのほうが目立たなくて好都合だったのだ。今までも、キャンパス内で2人で一緒に歩いてると目立つので、店内で待ち合わせていた。



その日、私が4時ちょうどにカフェに行くと、アキラが先に来て待っていた。私は自分のパンを買って、アイスカフェオレを持ってアキラの席の前に座った。毎回アキラにおごらせるのも気の毒なので、ワリカンにすることにしたのだ。アキラは気づかないだろうが、ただの親しいトモダチという距離を守るためでもあった。



「ごめん。待たせちゃったかな」

「いやいや。俺が先にきてただけだから。みゆきがあやまることないよ」

「で、カノジョとはどう? 電話のほうはちゃんとしてる?」

「カノジョって・・・。まだそんな親しい関係でもないからなあ」

「でも結婚前提で付き合ってるんでしょ? お互いいろいろホンネで話さなきゃ」

「まあ、そうなんだけど。いちおうお互いの状況とかはわかってきたよ」

「そう。よかったじゃない。順調に進んでるんなら」


私はアイスカフェオレを飲んで一息つき、ピザパンをかじった。アキラはすでに飲み終えたアイスコーヒーの氷をストローでグルグルかき回している。たぶん待ち合わせ時刻より30分以上早く来ていたのだろう。悩んでいるのだろうか。



「この前の土曜日に阿藤さんに会ったんだけどさ。話が途切れて続かないんだ」

「どんな話、したの?」 私はピザパンを食べながらきいた。

「お互いのことは電話でも話したし、ネタがつきちゃったからな。かと言って今研究中の専門的なこととか話してもつまらないだろうし。話題にけっこう苦労してる」


「なんでもいいからきいてみれば。自分の話題につまったら質問すればいいよ」

「それもやってる。でも彼女、なんか緊張がほぐれないんだ。なんていうか、一生懸命さはヒシヒシ伝わって来るんだけどね。毎回違う服着てくるしさ」

「まあ、毎回服を変えるってのは基本だけど。本気の現れととっていいと思うよ」

「俺はだいたい同じような服のことが多いからな。俺のほうが悪いのか?」

「そんなことない。いつまでも他人行儀で付き合えないもの。いいんじゃない?」


「打ち解けるって難しいよな。もう3回会ってるんだけど、さっぱりかわんないよ」

「ぜんぜん距離が縮まらない感じ?いつも同じフンイキで終わってしまうとか?」

「まあそんなとこだ。あちこち2人で行ったんだけどね。当たりさわりなく話して、ではまた。てな感じで別れる。みゆきと話してるみたいに会話がはずまないんだ」


アトリボのヤツ。まだネコかぶってるんだな。本来はおしゃべりなハズなんだけど。



先週アトリボに電話して探りを入れたら、カレシができたとか言って喜んでたけど。アトリボ的にはけっこうデートを楽しんでるらしいがアキラはそうでもないのか?やっぱりアキラが私と会ってるのが原因かもしれない。もし破談になったら私がアトリボに恨まれるだろうな。マズイ。さて、どうするかな?


「ところでさ。みゆきは今付き合ってるヤツとか、いるのか?」


私がアトリボのことを考えてるとアキラが話題を変えてきた。


「え? 私? いないよ。特に」

「そっか。誰かと付き合ってみたいと思うこと、ある?」

「どうかな。いいヒトがいれば、そりゃ、付き合いたいよ」

「みゆきの言う『いいヒト』ってのは、たとえば、どんな?」

「そうだね。一緒にいて気を遣わなくて、落ち着けるヒト。かな」

「そうだよな。一緒にいると緊張してすごく疲れるのってアレだよな」


「アレって?」

「長続きしないと思うんだ。別れたあとホッとして、クタクタになるんじゃ」

「阿藤さんのほうはそうでもないかもよ? 実はすごく楽しんでたりして」


私はつとめて明るく笑ってみせた。私とアトリボが旧知の仲だということはまだアキラには内緒にしてる。アキラがじっと私の顔を見てる。なーんかアヤシイとでも思ってるんだろうか。



「そういうものなのか?俺には女の子のキモチがよくわからないんだが」

「そりゃ、お互いさまなんじゃない?女だって男のキモチなんてわかんないよ」

「それでうまくいくのか?は~、俺、女の子と付き合うの、無理な気がしてきた」

「もともと男と女は合わないようにできてるからね。興味の対象も考え方も違う」


「それでどうやってお互いを好きになるんだ?接点がないのにどうやって近づく?」

「違うからこそお互いを知ろうと努力していくのよ。まず相手に関心を持たなきゃ」


アキラが天井の一点を見つめてアゴをナデナデしてる。ネコのアゴみたいだ。



「ところでさ。まさか彼女との距離、今も50センチ以上ってことないよね?」

「え? 50センチ以上1メートル以内じゃないのか? 前にそう言ったろ」

「それは最初のうちよ。少しずつ距離を縮めなきゃ。いつまでも同じじゃダメ」

「距離を縮めるってどのくらいに?」

「次が4回目のデートでしょ? 肩が触れ合うくらいに近づいてみれば?」

「それだと向こうが距離をあけてくるんじゃないか?」


「かもね。じゃ、このさいだから、手をつないじゃいなよ」

「いいのか?そんなことして。キャーとか言われないだろうな」

「突破するにはそれくらいのことやってみなきゃ。いつまでも変わらないよ?」

「そうなのかー? それでダメになったらどうする?」

「そんなことまで知らないわよ。だいたい私の縁談じゃないし」

「おい? 責任放棄か? なー、みゆき。ほんとマジで頼むよ」

「んじゃ、次の目標は、彼女と手をつなぐ。私からのアドバイスはコレだけ」


アキラがあきらめ顔でグラスに残った氷をつついた。




帰宅してから私は考えた。アキラはあのままじゃフェードアウトしてしまう。アキラはアトリボにはもったいないヤツだが、先にツバをつけたのはアトリボだ。ここは友人として後押しするのが私の役目だろう。間違っても親友の彼氏の横取りはいけない。自分にそう言い聞かせつつその夜は眠りについた。






つづく。

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