第6話 二股

私とアキラは頻繁に会うようになっていた。工学部裏門近くのパン屋併設のカフェは、ウチの大学の学生には盲点になってるらしく、ほとんどが女子中学生か高校生で、大学生はほぼ見かけない。女子校生らはキャーキャーうるさいが、おかげで私たちの会話は全く周囲に聞こえなかった。アキラだけが浮いて見えたが、本人は全く気づいていない様子だった。


その後、アキラはアトリボと会って映画を見て、パンケーキを食べて、アイスクリームを食べたそうだ。映画はアトリボのリクエストでアイドルが主演の恋愛映画だったそうで、アキラは死にそうなほど退屈でたまらなくて、途中で寝てしまいそうになるのを必死でこらえたが、結局ほとんど寝てしまい、ラストシーンも覚えてないという。


無理もない。前日は研究室で徹夜だったからね。当番を代わってあげようかなと少し考えたけど、アトリボの顔を思い出して言うのをやめた。やっぱちょっと嫉妬してるのかな。私。話をふんふんと聞きながら、私はおかしくて吹き出しそうなるのを必死でガマンした。


「デートってのは、けっこう大変だなー」


アキラが頭の後ろで両手を組んでため息をつきながら言った。


「そうだよー。でもそれを頑張ってやらないと女の子にはモテないよー」

「俺、なんかどうでもよくなってきた」アキラがまた大きなため息をついた。

「たった1回デートしただけでナニぼやいてんのよ。頑張りなよ。男でしょ?」

「男はツライよ。まったくそういうところは変わんないんだよなあ」

「そういうこと。時代が変わろうがナニが変わろうが男と女は変わらない」

「バンコフエキか?」

「そういうこと。女は自分に尽くしてくれる男を待ってる。コレ、常識だよ?」

「なーんか不平等な常識だな。なんとかならないのか? その常識」

「ならないね。まあ、外国は知らないけど、欧米じゃもっと不平等なんじゃない?」

「そうかもな。外国の映画だと男が女をお姫様だっこしてるよな。アレ日本人に要求されても無理じゃないか?みゆきはお姫様だっこして欲しいと思うことあるか?」

「あこがれはあるけど、要求まではしないよ。私は一緒にいられればそれでいい」

「そっかー。一緒にいられればそれでいいか」

「そうだよ。女にそう思われるようになったら、男の勝ちだよ」

「勝ち? デートって、勝ち負けを競うゲームなのか?」

「ま、そんなもんだよ。男はある意味負けてる状態からのスタートだけどね」

「男だけマイナススタートか? それってズルくないか?」

「ぜんぜん。そのかわり男が勝ったら女は男に会いたくてたまらなくなる」


アキラは天井を見ながらアゴをなでている。また何か考えているのだろう。


アキラがアゴをなでてる手をとめて、私の顔をしげしげと見た。


「じゃ、俺がみゆきに会いたくなるのは、俺が負けてるってことか?」

「へ?」


私はベーコンチーズパンにかぶりついたままフリーズした。


「俺は男だが、なんて言っていいのか、みゆきに会いたくてたまらないときがある」

「は?」 


アキラが言ってる意味がわからない。


「俺がみゆきに毎日会いたいのは、俺がみゆきに負けてるってことなのか?」


私はようやくアキラが言ってる意味がわかった。

ちょっとマズイことになったようだ。


「えっと。困ったな。アトリボ、じゃなくて阿藤さんと今付き合ってるんだよね?」

「そうだよ。結婚前提でな」


アキラは自分が言ったことの意味がわかっていない。


「だけど、アキラは私に毎日会いたいと?」

「そういうことだ」

「それはちょっとマズイんじゃないかな?」

「なんで? 本当のことだぞ」

「本当のことだと、なおさら、それはマズイと思うんだけど? 私は」


アキラはまた天井を向いてアゴをなでてる。


自分が言ってることがまだわかっていないらしい。


「じゃ、俺はどうすればいいんだ?」


ソレを私にきかれてもなあ。アトリボにこの状況が知れたら修羅場になるかもだ。


「そうね。私は、アキラが阿藤さんと今後も付き合うなら、もう会わない」

「この前までずっと相談に乗ってくれるって言ってたじゃないか。話が違うぞ」

「アキラくん。もう一度、自分がどうしたいのか、よく考えてみて」

「俺は、俺はみゆきとこれからも会いたいよ。相談にのって欲しいよ」

「それだとさ。ダブルブッキングになるんだよ。二股だよ」

「フタマタ?」


アキラは意味がわからない様子で口をあけている。


「そ。サイテーの男だと思われる。私も悪かったよ。それはあやまる。ごめん」 

「いや、みゆきがあやまることないだろ。俺の相談にのってくれてるんだから」

「そうじゃなくて。アキラくんのキモチに気付かなかったことをあやまってるの」

「俺のキモチ? なんだよ? 俺のキモチって」


アキラは困惑したようすで目が泳いでいる。状況が飲み込めないらしい。


「私たち、仲良くし過ぎたね。ごめん」 私はもう一度アキラにあやまった。

「そんな。俺が頼んだことだから。みゆきは悪くない」 アキラはいいヤツだ。


私たちはしばらく黙っていた。アキラは下を向いて指をさすっている。


私はこのままフリーズして永遠に沈黙が続くような気まずさを感じた。


「これからはもう2人で会うのやめようか?」


決心して私が提案した。


「ちょっと、ちょっと待ってくれよ。俺は相談相手がいないと困るんだ」

「藤堂タケシくんはどうなの? 親友みたいだけど」

「タケシはそういう経験ないし関心もないんだよ。お見合いの話しても反応なしだ」

「話したの? お見合いしたこと」

「ああ話した。でもオレに聞くなよって笑われた。そういうのは女子に聞けって」


「私以外にいないの? 女のきょうだいとか。イトコとか」

「俺は男ばかりの一番上だからな。イトコに女の子がいるけどまだ小学生だ」

「弟さんたちは? 女の子と付き合った経験あるんじゃないの?」

「弟にきくってのはなあ。兄貴のコケンにかかわる。絶対相談したくない」

「は~。男ってそういうムダなプライド持ってるのね。バカみたい」

「なあ、そんなこと言うなよ。週1回ならいいだろ。頼むから相談に乗ってくれよ」


アキラが手を合わせて頼んできた。


さて、どうしたものか。私は迷った。


「そうねえ。わかった。金曜日の午後に会うことにしようか?」

「本当か? なんか無理言ってごめんな。 俺、ほんとに感謝するよ」


「もう出よう。 5時だよ」

「そうだな。俺はこれから研究室に行くよ」

「そっか。今日当番なんだ。私、もう帰るね」

「うん。また明日な」


私たちは手を振って別れた。






つづく。

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