第5話 万古不易
次にアキラと話したのは翌週の月曜日の午後だった。研究室では会うのだが、お見合いの話は親友のタケシにも話していないとのことで、話すのはやはり最初に会ったパン屋のカフェになった。もちろんアキラのおごりだ。
私はだんだん遠慮がなくなって、今日はチョココロネとクリームパンとチーズパンと、他にもいろいろ取ってアイスカフェオレで美味しくいただいた。アキラは、小倉アンパンが気に入ったらしく、今日もアンパンとアイスコーヒーだ。
この店に2人で入るのは3回目だが、バイトの若い店員さんは私たちが付き合ってると思ったらしく、私とアキラの顔を交互に見て「いつもありがとうございます」などと言って笑顔で頭を下げた。私はなぜかちょっと嬉しかった。私とアキラはいつものようになるべく奥の目立たない席に座って話した。
「どうだったの? アトリボ…じゃなくて、阿藤さんからの回答は?」
「結婚前提でお付き合いしたいってさ」 アキラがアンパンをほおばった。
「そう。やっぱり。よかったじゃない?」 私もチョココロネをかじった。
「まあね。でも実感ないな。結婚なんて」アキラがアイスコーヒーを一口飲んだ。
「私も考えたことないな。でも20代で結婚したいかな」 本音だった。
「でも俺、大学院の修士課程までいくつもりなんだけどな」
「じゃ、学生結婚するの?」 私はちょっと驚いてむせそうになった。
「いやいや。それはちょっと現実的じゃないよなあ」
「院卒後だと3年後? ふーむ。阿藤さんはそれでイイって?」
「さあ。いちおうそういうことも話してあるはずだから」
「これからはどうやって付き合うの?」
「そうだな。まだ考えてないけど。月1回くらいは会うことになりそうかな」
「その間は、電話で?」
「うん。たぶん。そうなるかな」
アトリボのことだ。婚約だけ取り付けておいてしばらく自由を満喫するつもりだな。これはこれでいい作戦だ。キャリア目指して賞味期限切れになるリスクを回避できる。看護師とか教師には独身女性が多いって聞いたことがある。未来の夫を確保した上でリア充な生活を送ろうってコンタン。さすがは抜け目のないアトリボ。参考になるな。
まわりは女子中高生が多い。この近くに女子大とその付属の中高一貫校があるのだ。私も高校時代はしょっちゅうおなかがすいた記憶がある。彼女らは下校途中でここに寄ってるのだろう。けっこうたくさん食べても高校生のお財布にもやさしいお店だった。
彼女たちから見れば、私とアキラはリア充な大学生カップルに見えるだろうな。私はなんだかこっそり嬉しく思った。でもアトリボに申し訳ないなとちょっと思った。
「それで? 今度はいつ会うの?」
「そうだな。まだ決めてないけど、来週の日曜あたりに。と思ってる」
「ふーん。どこかにデートに行くの?」
「それが問題なんだ。みゆきに相談したかったんだよ。どこがいいと思う?」
アキラが天井を向いてアゴをなでている。私はネコのアゴを連想していた。
「まあ、初心者なら、映画とかがいいんじゃない?」
「映画かあ。見ないんだよな。俺。どんな映画がいい?」まだアゴをなでている。
「それは好みによるけど。なんでもいいのよ。映画を見るっていうイベントだから」
「イベント?」
アキラがアゴをなでるのをやめてこっちを見た。
「映画見て、ハイ、おわりってんじゃ、意味ないってことよ」
「そうなのか?」
「そーでしょ? トーゼン」
「映画見て、それからナニするんだ?」
「食事するか。お茶するか。もしくは散歩しながら話すとか。でしょ」
「は~。なんかめんどくさいなー。そういうの苦手なんだよ。俺」
アキラがほおづえを付いた。
「何事もケイケンだと思ってやってみたら? 1回経験すればわかるよ」
「みゆきなら、何の映画見たい?」
「え? 私? 私ならSFがいいかな。て、私じゃなくて阿藤さんにききなよ」
「そうだな。行くのはみゆきとじゃないもんな」
アキラは心なしか残念そうだ。
と感じたのは私の勝手な思いすごしなのか?
「まあ、とりあえず、そういうコースでデートしてみれば?」
「シネコンで映画見て、フードコートで食事して、それから?」
「サーティワンアイスクリームを食べる」
「アイスクリーム。ね」
アキラがこまごまとメモしてる。マメなヤツはモテるぞ。と言ってやりたかったが、相手がアトリボなのがちょっとだけ引っかかった。これじゃ中学生レベルのデートだが、初心者のアキラにはこれが限度だろう。
「あ、それから、ソレ全部アキラのおごりだからね」
「え~? そうなのかー? けっこうな出費じゃないか?」
なんかイヤそうなアキラ。
「そうだよー。決まってるじゃん。そこをケチったらデートが台無しだよ」
「なんかズルいな。今は男女平等社会じゃないのかよ?」
「男は女にオゴル。コレ、万古不易(バンコフエキ)の常識だよ?」
「みゆきはなんだか難しい言葉、知ってるな。ソレ、どういう意味なんだ?」
「大昔から今も、未来まで、永久に変わらないって意味だよ」
「は~。女に都合がイイことはバンコフエキなのか?」
「そういうこと」
アキラは、スマホに「全部オゴル バンコフエキ」とメモした。
アキラは相談料として私にオゴリ、デートではアトリボにオゴルことなるだろう。女と付き合うのにそれくらいの出費は当然だ。アキラはバイトのシフトを増やさないといけないとでも思ったのか、スマホでスケジュールを確認してる。アキラは素直なヤツだな。アトリボにやるのがもったいなくなってきた。
つづく。
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