第3話 朴念仁

その後もアキラが質問して私が答えるという形式で私はアキラの相談に答えた。研究室でのアキラはごく普通に私とも話すが、それは共同研究に関する事という共通の話題があるからで、プライベートな雑談となると何を話せばよいものなのか、見当がつかないのだという。


考えてみれば同年代の男女といえども、趣味が違えば話すこともないのが普通だろう。偉そうにアキラに教えてる私だって、まったく初対面の同年代の男と何を話せばいいのか、すぐには思いつかない。なんとなく話しているうちにいろいろ打ち解けるというのが、普通なのだろうな。


男が女を好きになってから付き合うなら、気合いを入れてデートコースを下見して、何の映画を見て、食事はどのレストランで、帰りにファンシー雑貨の店に寄ってなどと用意周到にやるのだろうが、お見合いデートだと、そのへんのモチベーションが不足していてむずかしそうだ。


アキラには、相手がどんな人かはさておき、最大公約数的には、女なら誰でも自分に関心を持ってくれる男に好感を持つものだと言っておいた。ただし不潔でクサイとかいうのはどんな女でも生理的に嫌いになるから絶対に気をつけるようにと注意しておいた。


さすがのアキラも「それくらいはわかる」と、ちょっとムッとしていたが、清潔不潔の基準が男女では異なる。男子目線ではこれくらいは気にならないというレベルでも、女子目線ではちょっとソレはやめて欲しいという場合がある。まあ、これは経験から学んでいくしかないだろう。




ひととおり話したあとで、アキラがちょっと考えてから提案してきた。


「ところでさ。イヤじゃなかったら、俺とリハーサルやってくれないか?」

「は? リハーサル?」

「つまりさ。俺とデートの練習に付き合ってくれないか? ダメかな?」

「私を練習台にしたいってこと? そうねえ。誰かに見られるとマズイよね」

「そうなのか? 俺と一緒に歩いてるのを見られるとマズイのか?」

「そうでしょ? だってアンタ、これからお見合いするんでしょ?」

「だから、そのために練習しておきたいんだよ」

「だから、マズイんじゃないの」

「ナゼ?」

「アンタ、ほんとにわかってないの?」


アキラが天井を見ながらアゴをなでている。ほんとにわかってないらしい。


「つまりさ。仮にアンタがその子とお付き合いをすることになったとするよね? あとになって、お見合いの直前に私と仲良さそうにデートしてたことがバレた場合、その子はどう思うだろうね。見てる人は誰もデートの練習してるなんて思わないでしょ。リハーサルでデートして私と噂がたっちゃったらマズイってことよ」


アキラは思いもよらなかったらしく、目をパチパチしている。


「ほんとはさ。ここでこうして2人で会ってるだけもマズイんだけど自覚ある?」

「え? そうなのか?」 アキラがまわりをキョロキョロ見まわした。

「ちょっとぉ。キョロキョロしないでよ。知ってる人に見られたらマズイじゃない」

「俺と会ってちゃ、マズイのか?」 アキラが心配そうな顔で言った。


私はため息をついた。こういうのをなんて言ったっけ。ボクネンジン。字は忘れた。


「みゆきは、俺と2人で話すのイヤなのか?」ちょっと悲しそうな顔をしている。

「そうじゃない。そうじゃないけど。誤解されたらアンタだって困るでしょう?」


いつの間にかアキラをアンタなどと気安く呼んでしまっている私。しばらく沈黙が続いた。ちょっと言い過ぎたかな。気まずい空気が流れている。


ため息をついてアキラが立ち上がった。


「そうだな。そっちの都合も考えずに悪かったな。今日はありがとう。感謝してる」


アキラはKYなところがあるがいいヤツだ。今後も相談にのってもいいと思った。


「気にしなくていいよ。時間差でお店出るから。先に出て」

「わかった」


アキラは席を立ち、店を出る前にちょっと振り返って手を上げて私のほうを見て笑った。私はアキラの笑顔を見てちょっとドキッとした。アイツの笑顔、あんまり見たことないな。いいヤツだな。アキラは。なんで友達少ないんだろう?カノジョがいたっておかしくないのに。




家に帰ってベッドに寝転がって、私はアキラのことを思い出していた。アキラには言わなかったが、デートの練習を断った理由はもうひとつあった。


それは、私がアキラを好きになってしまうかもしれないからだ。どういう事情かは知らないが、アキラはお見合いをしようとしている。お見合いをするということは結婚を前提に交際するかもしれないわけで、それを知ってて私がアキラを好きになってしまうのはマズイと思ったのだ。


アキラは気づいてないだろうな。

私はちょっとだけさびしい気がした。






つづく。

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