第2話 メモ
「で、お見合いはどこでやるの? やっぱ、料亭とか? それともフレンチ?」
「いや、そういうカタ苦しいのじゃなくて、ファミレスで会うことになってる」
「ふーん。で、相手は?」
「看護学科の学生らしい。ハタチだそうだ」
「ほ~。ハタチ。若いねえ。なんでまた?」
「親同士がなんかワケありらしい。きいたけどはぐらかされた。とにかく親同士が意気投合したらしくてお見合いまで話が進んだらしい。俺としてはまさかの展開だ」
「相手の女の子、看護学科の学生だっけ? その子は乗り気なの?」
「さあ、まだ会ったことないからね。向こうも困ってるんじゃないかな」
「でも、会うって言ってるわけでしょ? その子も。案外乗り気なのかもよ?」
「そうかな? だといいんだけど」
「は? 困ってたんじゃなかったの? ひょっとして乗り気なの?」
「あ~、いや、その、まあ、いいヒトなら、お付き合いしてもいいかなって」
「ふふーん。そーなんだ。カワイイ子なら付き合うのも悪くないと?」
「うん、まあ、そういうことになるかな。ヒトには言わないでくれよ」
要するに、気が合わない子ならソッコー断ればいいが、もしいい子なら付き合いたいと。付き合うなら、まずつかみの第一印象が大事だから、初対面の会話とかを教わりたいと。アキラが私に聞きたいのはそういうことらしい。困ってるとか言いながらちょっとズルいな。
「そうだね。まず相手の子が本気かどうかを確かめる方法だけど」
「本気かどうか? 確かめるって本人にきくのか?」
「まあ、それができたら一番いいけど。そうじゃなくても服装である程度わかる」
「服装?」
「そう。もし、スカートで来てたら脈あり。パンツルックで来てたらダメかな」
「そうなのか? ウチの女子学生はみんなジーンズとかだよな」
「普段はね。だけど、気合い入れるときは、スカートなんだよ。女は」
「そうなのか?」
アキラがスマホにメモを取り始めた。
「それとメイクかな。気合いが入ったメイクしてさりげなくオシャレしてるとか」
「ノーメイクだと脈なしってことか?」
「まあ、まだ学生だからそうとも言えないけど普通はメイクするよね。本気なら」
「みゆきは普段メイクしてるのか?」
「私?少しはしてるよ。女の身だしなみってヤツよ。まあ、しない人もいるけど」
「他には?」
「靴。TPOをわきまえた靴を履いてるかどうか」
「というと?」
「いくら学生でもお見合いにスニーカーはNGってことだよ。つまりヤル気なし」
「どういう靴だとヤル気ありってことになるんだ?」
「そうね。ハイヒールじゃなくても、ちょっとオシャレなパンプスならOK」
「よくわからんなあ」
アキラが天井を見ながらアゴをなでている。これは考え事をしてるときのクセだ。
「まあ要するに黒とか茶色のちょっとカワイイ系の靴を履いてたらOKってこと」
「カワイイ系?」
「リボン風の飾りがついてるとか。かな。ハタチなら赤い靴でもアリだけど」
「そうなのか?」
「まあ、いいから。会ったらまず相手の靴を見ろってこと」
「わかった。クツ・・・と」
アキラがスマホに
(スカート・気合いの入った化粧・スニーカーじゃない靴)
と書き込んでいる。
私はそれを見ながら、いちおう念のために忠告しておいた。
「メモするのはいいけどさ。ソレ、相手の子に見られないようにね」
「うん。わかってる。それくらいは俺でもわかる。暗記していくよ」
メモを再確認してから、アキラが言った。
「ところで、話題はどんなのがいいんだ?」
「それって、つまり二人っきりで話す場合ってこと?」
「うん。家族交えて話したあと、二人だけで話すことになるらしいから」
「そうだねえ」
私は腕組みして考えた。
相手は看護学科の子だ。しかもハタチ。あんまり理屈っぽいことを話してもピンと来ない。かといって、アイドルやお笑い芸人の話なんかは軽すぎる。それは親しくなってからだ。時事問題は難しすぎて緊張がほぐれないし、研究に関する話はまるで関心ないだろう。
「まあ、なんでもいいんじゃない?コーヒーと紅茶どっちが好きですか? とか」
「ふーん」アキラはどうもピンとこないらしい。
「僕はコロッケには醤油派なのですが、あなたはソース派ですか? とか」
「そんな話題で盛り上がるのか?」さすがのアキラも首をかしげている。
「あ、鳥が並んでとまってますね。あの鳥はなんでしょう? とか」
「鳥がいなかったらどうする?」
「今日はいい天気ですね。明日も晴れだといいですね。とか」
「当日雨だとどうする?」
アキラが私を見る目がだんだん疑わしそうになってきた。
「まあ、話題は特に用意しなくていいと思うよ。適当で大丈夫だと思う」
「そうか? 沈黙が続くと気まずいだろ? それが苦手なんだよ。もしさ、2人で歩くシチュエーションになったら、何か注意したほうがいいこととか、あるか?」
「2人で散歩のイベントかあ。そうね。距離感が大事かな」
「距離感?」
「そう。50センチ以上1メートル以内をキープして並んで歩く」
「なんだ? それ?」
「つまりさ。付き合い始めの頃は歩調や歩幅が合わなくて、どっちかが先に行ってしまう。まあ、大体は男のほうが歩幅が広いから女は置いてかれることになる。これは良くない」
「なるほど。意識的に並んで歩くようにするってことか」
「そう。散歩っていうのは物理的に距離を縮めるイベントなんだよ」
「物理的距離か」アキラが天井を向いて考えている。
「そうだよ。でなきゃ、直接会ってる意味がないでしょ?」
「なるほど。物理的距離を縮めるイベントね」
「あとは、ベンチで2人並んで座るとかさ」
「それも50センチ以上1メートル以内か?」
「そのときは、くっつかない程度の距離でいい」
アキラがまたメモしてる。
アキラは普段からマメだ。
男女交際にマメさは必須だ。
「他には?」メモを確認したアキラがきいてきた。
「そうね。男のほうから話しかけるようにすること。私みたくフレンドリーな性格でも、女な女なの。つまり男のほうから話しかけて欲しいと思ってる。これはまず間違いない」
「ほんとかよ?」
と言いつつ、アキラはしっかりメモしてる。素直でいいヤツだ。アキラのほうが年上なんだが、アキラはそういうことには無頓着だった。自分が知らないことについては年下の私に対してもちゃんとリスペクトしてくる。
私はほんのちょっとだけアキラの見合い相手をうらやましいと思った。
つづく。
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