アキラの相談(全11回)
黒っぽい猫
第1話 白羽の矢
「ちょっと、いいか?」
研究室からの帰りぎわに菊池アキラが珍しく自分から話しかけてきた。
「なに?」
出口に向かっていた私はブリーフケースを胸に抱いたまま振り返った。
「えっと、ちょっとさ。その、キミに、相談したいことがあって」
アキラは同じ研修室のメンバーだがプライベートではほとんど話したことがない。
「私のことは『みゆき』でいいよ」私のことを呼びにくそうなのでそう言った。
「そうか。じゃ、俺のことは『アキラ』でいい。さっそくなんだけど、折り入ってというか、その、プライベートなことで相談したいことがあるんだ。いや、あの、迷惑ならいいんだ」
アキラは控えめでミーティングでもあまり発言しない。友達も多くないみたいだ。そのアキラが私を呼び止めて話しかけてきたということは余程のことなんだろう。
「まだ何も聞いてないよ?迷惑かどうかは話を聞いてから決める」私は笑った。
「ここじゃアレだから、キミ、いや、みゆきさん、どこか2人で話さないか?」
言葉はフランクだが、アキラはかなり緊張した面持ちで言った。プライベートで女の子に話しかけるのは、アキラにとって相当勇気がいることらしい。
「OK。今日は時間あるから。それと、さん付けはいらないよ。私、年下だもん」
私はアキラに緊張させないよう気軽に答えた。
私たちは工学部に近い裏門を出て住宅街の一角にあるパン屋に併設のカフェに入った。好きなパンを買って併設のカフェで食べられる。間口は狭いが奥行があり席数も多い。高校生は多いが大学生は少ないので密談にはもってこいだ。アキラはこういうところへは来たことがないようで落ち着きなくキョロキョロ見回していた。
「えーと。何にしようかな。カツサンドにしよっかな。おなかすいたし」
「俺も同じのにするよ」
私はまだキョロキョロしてるアキラの分もトレイにのせた。
「ドリンクはアイスコーヒー? それともアイスカフェオレ?」
「あ、俺はアイスコーヒーでいい」
「そ。じゃ、私はアイスカフェオレにする」
レジに行くと、ぼんやり立ってるアキラを肘で押して私は小声で言った。
「相談されたの私だよ? 当然おごってくれるんでしょ?」
「ああ、そうだな。もちろん」
アキラはあわててお尻のポケットから財布を出して支払った。
奥のほうの窓際の2人用のテーブルに向かい合って私とアキラは座った。
窓の外はコンクリート打ちっぱなしの塀があって、青々とした蔦がはっていた。私は一口カフェオレで喉を潤してからカツサンドを一口かじった。アキラはカツサンドには手を付けずストローでアイスコーヒーを飲んでる。私と目を合わすのをためらっているのか、下を見たり外を眺めたりしてる。
「で、相談て、なんなの?」
仕方がないので私の方から話をきり出した。
「ああ、それなんだけど。ヒトには言わないで欲しいんだが」
「もちろん。秘密は守るわよ」
「俺さ。実は今度の日曜にお見合いすることになったんだ」
アキラが小声で言った。
「お見合い? マジで?」
私はびっくりして食べかけのカツサンドを皿に落とした。
「ああ、おかしいだろ。だけどいつの間にかそういうことになってて。正直言って今、俺、すごく困ってる。まあ、確かにそういう話は聞いてたんだけどさ。適当にいいとか答えてしまってさ。まさか本当にこういうことになるとは思わなかった」
アキラは拳をひざの上に置いて、じっとテーブルを見ている。どうやら本当らしい。
「で、私にどうしろと?」アキラが黙っているので私から話を進めた。
「それなんだけどさ。その、教えて欲しいんだ。デートの仕方とか」
「は? なんで私に?」
「他にいないんだよ。聞けそうな女子が。俺、女子の友達いないんだ」
私はアキラといつから友達だったっけ?と思ったがそのことは黙っていた。
「カノジョがいる友達に聞けばいいのに」
「だから。いないんだよ。カノジョ持ちの友達も」
「そうなの?今いなくても昔付き合ったことがある人とかならいるでしょ?」
「いるかもしれないが、そこまで親しい友達はいないからな。それに、お見合いするなんて友達に知られたくないんだよ。俺まだ23だぜ。23の学生がお見合いするって。ちょっと、アレだろ。恥ずかしいし。それに、結果がどうだったのか根掘り葉掘りきかれるだろうし」
「そーだろねー。私でも友達がお見合いするって言ったら根掘り葉掘りきくよねー」
「だろー?みゆきはフレンドリーだけど言うことはマジメで口がかたそうだから」
「なるほど。それで私に白羽の矢を立てたと?」
「まあ、そういうことだ」
いちおう言うことは言ったって感じでアキラは一息ついて、アイスコーヒーをゴクゴク飲みほした。緊張して喉がカラカラだったんだろう。
つづく。
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