第2話


 そして、いよいよ金有夫人の誕生日パーティーが始まった。


「いよいよ、パーティーの時間になりましたね」とヒカコが口にすると、虎次郎は「頼んだよ」と答えた。


 執事のタカハシがマイクを持ち、今年で七十歳を迎える金有夫人かねありふじんの誕生日パーティーが始まる挨拶をする。会場内スクリーンに映し出される金有夫人かねありふじんからのメッセージが流れた。


「誕生日パーティーなのに、ご本人がいらっしゃらないだなんて」


「おばあちゃんはそう言う人なんだよ。極力人に会いたがらない。でも、自分のお祝いはしてほしい」


「変わってますね」


「変わってるよね。昔はそんなんじゃなかったって聞いたことがあるけど。ある時から人間不信になったらしい」


 参加者は合計三十名ほど。それに黒服のボーイが五人と、執事のタカハシが会場内にはいる。アボカドの種は年に一度、誕生日パーティーでしかお披露目がないからなのか、参加者の人々がガラスケースの中のアボカドの種を物珍しそうに見ている。ガラスケースの上部四隅には小さなライトがついていて、それが秘宝アボカドの種を照らしている。


「本当、ただのアボカドにしか見えないわね」


「でも、中身はエメラルドなんだろ? 大きさで言ったら世界一じゃないかって言われてるよ」


 叔母の麗子とその夫、忠之が話をしていた、その時、会場内の明かるが一斉に落ちて闇が訪れた。会場内から聞こえてくる悲鳴。ありきたりの展開だと虎次郎とヒカコが思ったのもつかの間、パッと電気が戻り、会場内が明るくなる。


「あああ! アボカドの種が!」


 どよめく会場内。アボカドの種はガラスケースの中から忽然と姿を消し、そのガラスケースの中にはころんと本物のアボカドの種がひとつと、一枚のカードが入っていた。


「虎次郎さん! これ!」


 カードには、ひとことだけ書かれている。


[ごちそうさまでした]


 「一体どうやってガラスも割らずに!?」とガラスケースに駆け寄ったヒカコは思わず叫んだが、まずは状況証拠だと、ガラスケースの周りを注意深く調べ始めた。


――一番最後にこのガラスケースの近くにいたのは、あの派手な虎次郎さんのおばさん夫婦よね。金使いが荒いって言ってたはずだし、動機もある。でも、どうやってガラスも割らずに? ただ近くにいたってことだけじゃあこんな犯行はまずできない。そうだ。


「警備員さん、お尋ねします。暗闇が訪れた時、誰かがガラスケースに近付いたと言うような雰囲気はありましたか?」


「いいえ、私たちはずっとこのガラスケースを守っていましたが、どなたもこのガラスケースに近付いたと言う雰囲気はありませんでした」


――誰も近付いていない? ではどうやって?!


「タカハシさん、このガラスケースの下はどうなっているんですか?」


「このガラスケースの下はただの大理石の台でございます。それも空洞などではございません」


――中に潜り込んで下から盗んだと言うことは、無理か。


「どなたがこのアボカドの種をご準備されて?」


「龍一郎様でございます」


――確か、虎次郎さんのお父さんか。


「すいません、先ほど一番近くにいらっしゃった、そこのお二人。鞄の中身を見せてもらっても?」


「私たちを疑っているって言うの?! 」


「一番お近くにいらっしゃったもので」


「なんて非常識な小娘! 私は金有財閥の娘なのよ! そんな大事なもの、盗むわけないじゃないっ!」


「では、鞄の中身をみても問題ないですよね?」


「な、ないわよ! でもその疑うような目、腹立たしいわっ!」


「申し訳ございません。でも、見せてくださいますか?」


「ふんっ!」と言いながら麗子は、ちょうどアボガドくらいの大きさのキラキラとしたスパンコールが散りばめられたパーティーバッグを開けた。


「ほら、何にもないじゃない! 失礼しちゃうわ! 」


――本当だ。中に入ってるのは口紅と、ダイエットサプリメントと、ハンカチだけ。


「姉さんが疑われるなんて、まさに一番アボカドの種を欲しがっていそうだもんね」


 騒ぎを聞きつけガラスケースの近くにやってきた虎次郎の叔父、龍次郎がそう言うと、姉の麗子は鋭い目つきで龍次郎を睨みつけ、「あんたこそ!」と吐き捨てた。


――どうやらこの兄弟は仲が悪いみたい。でもって、どちらもアボカドの種が欲しい……。そういえば、虎次郎さんが家のしがらみがどうとかって言ってたっけ。


「龍次郎さんのお鞄も見せてもらっていいですか?」


 名探偵ヒカコがそう言うと、龍次郎は「なんで俺なんだよ!」と言いながらも、渋々と奥さんを手招きで呼び寄せて、「俺は鞄なんて持ってきてないから、代わりに」と言って、奥さんの鞄の中身を見せた。


――スマホが二台と、ハンカチに口紅に、これは、香水?


「ほら、ないだろ? 盗むわけない!」


 そう龍次郎が麗子の顔を見て吐き捨てると、虎次郎の方を向き、「こいつはいったい誰なんだ?」とヒカコを指差して聞いた。


「かの有名な名探偵一族、謎道一族の次期当主ですよ。叔父さん」


「「な、謎道一族……」」


 ゴクリと唾を飲む麗子と龍次郎。


「何か、問題でも? 実は今日アボカドの種が盗まれると聞いて、僕が事前にお呼びしてたんです。アボカドの種は毎年この誕生日パーティーでしかお披露目されていないことは、ここにいるすべての人が知ってることでしょう。この中に、犯人はいるはずです」


 虎次郎の言葉を聞き、会場内ではヒソヒソと皆が声を潜めて話し始める。


「確かにこの時しか盗むチャンスはないわね。いつもは生体認証付きの何重にもなった金庫にガッチリ守られているし」


 麗子が呟く、と同時に、麗子と龍次郎は兄弟喧嘩を始めた。


「お母さんに取り入ることができないからって、こんなことするなんて落ちぶれたもんね!」


「姉さんこそ、財産食い潰して遊んでばっかり! 旦那だってヒモみたいな男だし! 姉さんが誰かに依頼でもして盗ませたんだろ!」


「何を!忠之のこと馬鹿にしたら許さないからっ! 出来損ないがっ!」


「何をっ!」


 兄弟喧嘩がヒートアップしていく中、ガラスケースを調べ続けていたヒカコが、「あっ」と小さな声を漏らした。


――このガラスケースの四隅についている電気。それと、分厚いまでのこのガラスは、ちょっと普通のガラスじゃない……。


「何かわかった? ヒカコちゃん」


「虎次郎さん、タカハシさんと一緒にちょっと来てください。それと、この事件、多分解決できました。一旦、パーティーはお開きにしてもらってください」



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