第8話 おみくじ
布施君に夏休みの予定をきくと、お盆前後以外は特にないと言った。7月下旬から8月初めの10日間、2人で登校して美術部で絵を描くことになった。秋の文化祭に展示する絵の練習に水彩画を何枚か描こうということになったのだ。部長の神崎さんの提案だったので、布施君はすんなり承諾した。
夏休みに入って、予定の日に登校して美術部に行ってみると、布施君だけがいた。
「あれ? 神崎さんと白浜さんは来てないの?」と私がきくと、
布施君が部室のホワイトボードのほうを指さした。
ホワイトボードには、
岬公園にヒマワリのスケッチに行ってきます
マユ&ユミ
と書いてあった。
ははあ、こういうことか。私は気をきかしてくれた先輩に感謝した。
「布施君はどうするの?」 いちおうきいてみた。
「僕はこの前にスケッチしてきた絵をここで仕上げようと思ってる」
「そう。じゃ、私もここで描こうかな」
私と布施君の2人きり。たまにこういう日があったけど、今日はたっぷり時間がある。みゆきと布施君のことが頭の隅でモヤモヤしてたけど、一緒にいられるのが嬉しかった。
しばらくそれぞれの絵を描いていた。布施君は町並みの絵に色を塗っている。私は布施君と話したくて、絵に集中できなくて何度も下書きを直していた。
「ねえ、変な質問だけど、布施君は、今誰か好きなヒトいる?」
布施君は手を止めてちょっとこっちを見た。
「好きなヒトって?」
「前に、どんな女の子が好きかってきいたことあるでしょ? あの時、布施君は茶色の長い髪でパーマがかかってるような髪型が可愛いと思うっていってたよね?誰かそういう子がいるのかなって思って。その、布施君が好きな子がそうなのかな。とか、ちょっと思って」
布施君は首をかしげている。
「そんなこと言ったかな」
「言ったよ? 私、覚えてるよ?」
「そう? 特定の誰かって意味じゃないよ。その時なんとなくそう思っただけ」
「そうなの? ほんとうに? 誰もいないの?」
「うん。特にはいないよ」
布施君はまた絵を描き始めた。
布施君の嘘つき。私は自分から話題をふっておいてそう思った。かといって、もし布施君の口からみゆきの名前が出たら私は泣いてたかもしれない。私はワガママだ。自己中だ。ちょっと期待した自分が恥ずかしかった。
部活は午前中までだったので、昼過ぎには神崎さんと白浜さんが帰ってきた。岬公園に行くというのは嘘ではなかったようで、2人ともヒマワリを描いていた。
神崎さんがこっそり私を廊下に呼び出して言った。
「どうだった? 2人でゆっくり話ができた?」
「え? 話って? いつもと同じですけど」
「そう? また時間作ってあげるね」
神崎さんがいたずらっぽくウインクしてまた部室に戻った。話はできたけど、進展なしだもんね。私はちょっと悲しくなった。
その日は12時半に解散になり、先輩2人は仲良く帰っていった。私と布施君は帰る方向が違っていたから、校門のところで別れた。遠ざかる布施君の後ろ姿を、角を曲がって見えなくなるまで私は見ていた。
一緒にどこかに行きたいな。でも誘う勇気はなかった。どうすれば布施君との距離を縮められるだろう。この夏、どうしても布施君と仲良くなりたかった。
帰りに通学途中いつも鳥居の前を通る神社に寄った。ミンミンゼミが鳴いていたが誰もいなかった。社殿の前で手を合わせて、一生懸命お願いしてからおみくじを引いた。
【恋愛:少し待て。想いは通じる】
私は嬉しくなって、そのおみくじは結ばずに持って帰って机の引き出しに入れた。
でも、『少し待て』って、どれくらい待てばいいんだろう?1週間? 1ヶ月? それとも、もっと? おみくじの有効期限ってどれくらい? どんなに長くても1年以内よね?などと勝手に解釈したりしたが、1年も待つなんてとてもできそうになかった。
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つづく。
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