第7話 髪型
美術部では布施君と並んで水彩画を描いたり、花や静物をスケッチしたりしていた。2年生の先輩は仲が良くて、いつも2人でおしゃべりしながら絵を書いていたが、私と布施君は、黙ってそれぞれの絵を描いていることが多かった。3年生の先輩はたまにしか来なくて、たいてい4人で絵を描いていた。
布施君は休日にスケッチしてきたのか、街の絵を仕上げていることもあった。坂道の住宅街だったり、昼間の閑散とした繁華街だったり。いろいろだった。
「街並みの絵が好きなの?」
「うん。街並みには表情があるような気がして」
「表情? 笑ってるとか、泣いてるとか?」
「うーん。そうだな。すましてるとか、くつろいでるとか」
「そうなんだ」
私には布施君の言うことがよくわからなかったけれど、絵はステキだと思った。
私はやっぱり可愛い女の子のイラストが好きで、挿絵ふうに水彩で描いていた。布施君は人物画をまったく描かなかったけれど、ときどき私の絵をほめてくれた。
「布施君はどんな女の子が好き?」
私が描いた三つ編みの女の子の絵を「可愛いね」とほめてくれたので、きいてみた。
「どんなって・・・。わかんないよ」
「たとえば、髪型とか。どんな髪型が好き? 長いほうが好き?」
「そうだな。長いほうが可愛いかな」
「色は? 黒いのが好き? 茶色のほうが好き?」
「黒い髪もキレイだけど、茶色で少しパーマがかかってるとか。いいかな」
布施君が好きなのは茶色のふんわりウェーブ。それって、みゆきの髪型そのまま。
髪型を聞いたことを後悔した。私は肩までの黒のストレートだったから。これから髪を伸ばそうと思った。でも髪を染めたりパーマかけたりは校則違反。みゆきは自毛がそれだからいいけど、私にみゆきの真似はできそうになかった。
梅雨も明けて、もうすぐ夏休みだった。夏休み中は布施君に会えない。休みが近づくにつれて憂鬱な気持ちになっていった。
3年生の部活は夏休みまでで、後任の部長は2年生の神崎さんになった。もう1人の2年生の白浜ユミさんが副部長になった。2人はいつも仲が良かったから、どちらが部長でも良かったが、面倒見のよい神崎さんが部長を引き受けたらしい。
「あのう、夏休み中も部室にきて絵を描いてもいいですか?」
私は思いきって聞いてみた。夏休み中も布施君と一緒に過ごしたいと思ったのだ。
「何日に来るのか、事前に予定を立てて先生に許可取っておけば大丈夫よ」
神崎さんが教えてくれた。
「布施君も一緒なの?」
神崎さんが布施君のほうを見てきいた。
「ああ、はい。考えてみます」
布施君は何も考えてなかったみたいで、ちょっと驚いて答えた。
「2人は仲いいものね。休み中もここで2人で描けば?」
白浜さんが言った。意味ありげに神崎さんとアイコンタクトしてる。私が布施君のことを好きなことは2年生の先輩にはバレバレみたいだった。
私は恥ずかしくて顔が熱くなってしまったけれど、ちょっと嬉しかった。布施君は何も気づいてないようで、どこかの古い町並みを描いていた。
私は黙々と絵を描いている布施君の隣に立ってたずねた。
「この町はどこ?」
「伊賀上野だよ」
布施君は絵から目を離さずに答えた。
街並みの中にまるでそこだけスポットライトが当たっているように点々と鮮やかな紫色の花が描かれていた。
「この花は?」
「アザミ。伊賀上野で見たわけじゃないんだけどね。好きだから」
「そうなんだ」
布施君はアザミが好きなんだ。私はきっと意味があると思って家に帰ってからアザミの花言葉を調べた。
アザミの花言葉は「independence(独立)」「nobility of character(人格の高潔さ)」「austerity(厳格)」「misanthropy(人間嫌い)」と書かれていた。「触れないで」という意味もあるらしい。
布施君は決して人付き合いが悪いわけじゃないけど、自分から友達を作ろうとしない。「nobility of character(人格の高潔さ)」布施君にはこの言葉が似あうと私は思った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
つづく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます