第6話 絵筆
5月の連休前。ホントは楽しみなはずなのに、私は布施君に会えないのが寂しかった。なんとかして布施君に会いたいと思ったけれど、電話番号や住所は聞けなかった。
連休に入る直前の日の放課後、私は担任の先生から布施君の住所を聞き出した。布施君の忘れ物を見つけた。自分で届けたいから住所を教えて欲しいと言ったのだ。
先生は「その忘れ物ってのはなんだ?」ときいてきた。私は絵筆を見せた。美術部にいつも置いてある絵筆には布施君のネームシールが貼ってあった。先生は「それは休み中にないと困るものなのか?」ときいた。「はい。布施君は休み中に絵を描くと言ってました。これがないと困ると思います」嘘だった。絵筆なんて自宅に何本も持ってるはず。私はドキドキしながら答えた。
先生は私の顔を見て少し考えたが、特に疑うことなく住所を教えてくれた。電話番号も知りたかったがきけなかった。自宅のポストに入れると言ったからだ。絵筆1本を届けるのにわざわざ電話する必要もない。だから、きけなかったのだ。きけば教えてくれたかもしれない。私はあとで後悔した。でも住所はわかった。
翌日、私は絵筆をキレイな包装紙に包んで布施君の家を探した。家はすぐにわかった。一戸建てだから表札がある玄関の前まで行けた。
私が持参したのは美術部に置いてあった絵筆ではなく、新しい絵筆だった。布施君にプレゼントするために画材屋で買ったものだった。理由は水彩を教えてくれたことのお礼だった。メッセージカードも付けた。
メッセージカードには、ピンクのハナミズキ のイラストを描いた。ハナミズキの花言葉は『私の想いを受けてください』だったから。メッセージは「水彩を教えてくれてありがとう。E.Souma 」と書いた。『返礼』の意味だけでなく、もうひとつの意味に気づいてくれるだろうか?
インターホンを鳴らして、もし留守なら絵筆をポストに入れて帰るつもりだった。ドキドキしながらインターホンのボタンを押そうと手を伸ばしたときだった。3軒先の家から布施君の声がして、その家から布施君が出てくるのが見えた。
「今日は楽しかった。また来るよ」笑って挨拶している布施君の横顔が見えた。「いつでも来ていいよ。私が留守でも上がっていいから」みゆきの声がした。私はあわてて反対方向にそっと走って、すぐ近くの交差点を左折して隠れた。絵筆をポストに入れてくればよかったと思ったが、引き返す勇気はなかった。
それから家に帰って、ベッドに寝転んでいろいろ考えた。ショックだった。布施君の家はみゆきの家とすぐ近くだった。幼なじみみたいに仲がよかった。走って逃げる私の背中を布施君に見られたかもしれないと思うと悲しくなった。
あの2人があんなに仲がいいなんて全然気がつかなかった。学校で2人が親しそうに話してるところなんて見たことがない。2人はなぜ親しいことを学校で隠しているんだろう?
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絵筆は結局渡せずじまいになった。連休が終わったら直接渡そうと思ったけれど、結局それもできなかった。先生は絵筆のことは忘れたみたいで、何も言わなかった。
連休が終わって、学校で布施君に会った。いつもと変わった様子はなかった。美術部で一緒に絵を描いているときも、いつもと同じだった。私が布施君の家に行ったことは気づかれなかったみたいで、ほっとした。
でも、布施君とみゆきの関係が気になった。2人は付き合ってるんだろうか?それを布施君に直接きければいいんだけれど、とてもそんな勇気はなかった。もし聞いて、付き合ってると言われたら、私はきっと落ち込んでしまう。そうなるくらいなら、知らないまま、美術部でずっと一緒に絵を描いていたい。
そう思った。
それでも気になるものは気になる。5月の下旬、私はこっそり布施君を尾行した。帰り道に書店があった。布施君はそこへ寄った。私も気づかれないよう書店に入った。広くて大きな書店なので、少し離れた書棚の陰に隠れて様子をうかがった。
美術書のコーナーで布施君が画集を手にとって見ていた。そこへ思いもかけずみゆきが現れて布施君に声をかけた。私は気付かなかったけれど、先に書店に立ち寄って奥の方にいたのだろう。
もしかして、2人は書店で待ち合わせしてたの?私は胸騒ぎした。そしてすごく不安でイヤな気持ちになった。布施君を尾行したことを後悔した。見なきゃよかった。2人は大判の画集を見ながら、楽しそうに話していた。布施君は学校では見せないような遠慮のない笑顔で話していた。
のぞき見してることがバレたらマズイ。絶対、布施君に嫌われてしまう。そっと書店を出ようと思ったけれど、この後2人がどこへ行くのか知りたかった。細心の注意を払って書棚の陰に隠れて2人の様子をずっと見ていた。2人で絵を見ながら話していたが、しばらくして一緒に書店を出て行った。
私はどうしても気になって、十分な距離をおいて2人を尾行した。後ろめたさを感じながらも、誘惑に勝てなかった。みゆきが布施君を誘ったのか、2人一緒にみゆきの家に入っていった。
あー、やっぱり。2人は仲がいいんだ。私はひどく憂鬱な気持ちになった。でもどうして親しい関係を隠してるんだろう。人に言えない関係なんだろうか。
私はトボトボと家に帰った。ベッドに寝転がって、枕を抱えて思い出していた。楽しそうな布施君の笑顔。みゆきの家に入るときに見た布施君の横顔。学校や美術部で見るのとはどこか違って生き生きしているように思った。
布施君は、やっぱり、みゆきのことが好きなんだ。涙が出てきた。涙はなかなか止まらなかった。
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つづく。
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