第5話 エミの想い

相馬エミは、今日の掃除当番の時に布施志郎のことをきいたことを後悔していた。


みゆきは、布施君はクラスメイトで友達だと言ったけれど、それはたぶんウソ。私は知ってる。布施君はみゆきの家に遊びに行ってる。私は自分の目で見た。


家の前でみゆきにバイバイしてる布施君の笑顔を、私は今も覚えている。布施君はみゆきのことが好きだ。みゆきはそのことを知らないのだろうか。


もし布施君がみゆきに告白していないなら、私が先に布施君に告白すれば…。でも私にそんな勇気なんてない。悲しくなった。私、どうすればいいんだろう。



中学で同じクラスになってから、私はずっと布施君を見てきた。教室でも。美術部でも。登校してくるときも。他の場所でも。布施君は私の気持ちに気づいてくれているだろうか。たぶん私のことなんかなんとも思っていないだろうな。


私は布施君より10cmも背が高かった。おかげでバレーは得意だったけど、自分より背が高い女なんて、男の子から見ればタイプじゃないに決まってる。


それに私は小学校の時の布施君のことを知らない。小学校が違っていたし、6年生になってみゆきの小学校に布施君が転校してきたことも知らなかった。


布施君はおとなしいし、あまり人と話さない。クラスで目立つようなことはしない。布施君のことが気になり始めたのは、4月にたまたま同じ美化委員になってからだ。


1年1組の花壇にベゴニアを一緒に植えた。そのときに初めて布施君と話した。


「相馬さん。ベゴニアの花言葉。知ってる?」

「花言葉? 知らない。布施君は知ってるの?」

「うん」

「なに?」

「ベゴニアの花言葉はね…。あ、やっぱ、やめとく」

「どうして? なに? 教えて」

「なんでもない。気にしないで」


私はその日、家に帰ってベゴニアの花言葉を調べた。


「片想い」「愛の告白」「親切」「幸福な日々」


片想い? 布施君は誰かに片想いしてるの? 誰に?

もしかしたら、私に? 会ってまだ2週間なのに? 

だから、一緒にベゴニアを植える時に花言葉の話をしたの?



私は中学になったらバレー部に入るつもりだった。小学校の時からやってたから。でも、布施君が美術部に入ったことを知って、バレー部の仮入部を取り消した。4月中はどの部でも仮入部ができて、変更できたから。


布施君は最初から美術部に決めてた。私も絵を描くのが好きだったから美術部にした。小学校の時に一緒にバレーをやってた友達は、私が美術部に変えたのに驚いていた。背が高い私は中学でもバレー部の期待の新人だと思われていたらしく残念がられた。理由は言わなかった。私が好きなのはマンガとかイラストだったけれど。


布施君は水彩画を描いていた。早く油絵を描きたいと言っていた。油絵は2年にならないと描かせてもらえなかった。私はイラストが好きだったから、女の子のマンガやイラストを描いた。1年生は何を描いてもよかった。私は可愛い女の子を描くのが好きだった。


美術部の部員は7人しかいなくて、そのうち3人が3年生だった。2年生は2人。1年は私と布施君の2人だけ。7人のうち男子は3年生の2人と布施君の3人。先輩達はみんな優しかった。


私は最初の頃イラストばかり描いてたけど、布施君と一緒に水彩画を描くようになった。2年生の神崎マユさんは水彩画が上手で、私と布施君に教えてくれた。私は神崎さんに水彩画を教わりながら、布施君とも話せるのが嬉しかった。



4月下旬。連休前、校庭のピンクのハナミズキが満開だった。神崎さんに誘われて、私と布施君はハナミズキのスケッチに行った。神崎さんの後に続いて私と布施君は廊下を並んで歩いた。私のほうが背が高い。この時ほど自分の身長を呪ったことはない。私はちょっと背中を丸めて歩いた。



校庭に出ると、ハナミズキの前にベンチがあって、私たち4人で座った。


「ハナミズキの花言葉を知ってる?」

神崎さんが言った。

「ハナミズキの花言葉は『返礼』。つまり贈り物のお礼って意味よ」

「昔ね、東京からワシントンDCに友好の印にソメイヨシノの樹を贈ったんだって。そのお返しにアメリカから日本にハナミズキの樹が贈られたの。『返礼』の花言葉は、そのエピソードから来てるの」


私も布施君も黙って神崎さんの説明を聞いていた。


帰りに布施君はハナミズキの花言葉が他にもあることを教えてくれた。


「私の想いを受けてください」「永続性」


私はちょっとドキッとした。顔が熱くなった。赤くなってたかもしれない。布施君に気づかれたらどうしようと思ったけれど、気づかれなかったみたい。


そう言えば、ベゴニアの花言葉の中に「愛の告白」もあったよね。布施君は私に想いを伝えたいんだろうか。私のことが好きなんだろうか。



その頃には、私はもう布施君のことを好きになっていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






つづく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る