第4話 友達

私と志郎は地元の同じ中学に入った。志郎は小6の時に決めてたみたいで、すぐに美術部に入部して絵を描き始めた。小学校のときには友達ができなかったけれど、中学になってからは友達ができた。


三毛猫のミーちゃんが布施家に通ってくるようになったせいか、ウチのクロに会いに来ることも少なくなった。それでも、クロに忘れられたくないと言って、月に1度か2度、こっそりウチに遊びに来た。中学の友達には内緒だった。



私と志郎はウチの猫を介しての秘密の友達だった。


私たちはトモダチ。


の、はずだった。


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志郎と私は、家はすぐそばだったけれど、別々に登校して、別々に下校した。私は一緒でもよかったけれど、志郎は私とのことを知られたくなかったのだろう。だから、エミから志郎と一緒に登下校していると言われたときはギクッとした。たまにだけれど、誰にも見られていない時に一緒に下校することもあったからだ。


クラスは中学でも同じになったけれど、学校で話すことはほとんどなかった。私は学校では志郎を布施君と呼んで、志郎は私をみゆきさんと呼んだ。小学校からの友達がみんな私を名前で呼んだせいで、中学になってからも私は男子からも「みゆき」と呼ばれていたからだ。ただ志郎は私の名前を呼び捨てで呼ぶことはなかった。



7月の末。中1の夏休み。久しぶりに志郎がクロに会いに来た。その頃には、志郎は黒猫のクロをクーちゃんと呼ぶようになっていた。クロは確認するかのように志郎の匂いをかいでゴロゴロとのどを鳴らした。


「クーちゃんは僕のこと、忘れずにいてくれたんだね。ありがとう」


志郎は嬉しそうにそう言って、クロの頭からしっぽまでまんべんなく撫でた。私と志郎はリビングでクロと遊んだ。リビングのソファーがお気に入りの場所だった。志郎は猫じゃらしを持ってきて、クロが飽きるまで遊んだ。おやつもあげた。ひとしきりそうやってクロと遊んだら、クロはソファーの端で寝てしまった。


「遊び疲れて寝ちゃったね」

私はクロの背中を撫でた。

「クーちゃんは今、何歳?」

クロの頭を撫でながら志郎がきいた。

「えーっと、私が小3の時にもらってきたから、今年で4歳かな」

「4歳の猫は人間だと何歳くらい?」

「そうね。猫は15歳くらいまで生きるから人間なら25歳くらいかな」

「そっか。クーちゃんは、恋はしないのかな」

「他の猫と会わないからわかんないけど。オカマだからね。恋はしないと思うわ」


私は笑った。志郎は意味がわからずにいたが、去勢オスだと説明すると笑った。


クロの背中を撫でていた私の手の上に志郎が手を乗せた。それからそっと握った。


「ミーちゃん。僕、ミーちゃんのことが好きだ」

志郎が真面目な顔で言った。

「え?ミーちゃんて私のこと?それとも三毛猫の?」

「みゆきちゃんのことだよ。僕、みゆきが好きだ」


志郎はちょっと笑って、真面目な顔で言った。

志郎は私のことをはじめて「みゆき」と呼んだ。


私は嬉しかったけれど、志郎になんと答えていいかわからなかった。いつかこんな日が来ることを、心のどこかで予想していたような気がした。でも、そのときに、どう答えればいいのか、心の準備ができていなかった。2人ともまだ中1だったから、どうしたらいいのかわからなかったのだろう。



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志郎はウチに来るときは必ずスケッチブックを持って来ていたが、最近の志郎は、猫だけでなく、クロと遊んでいる私の姿も一緒に描くようになっていた。


いつからだろう? 志郎が私の顔を描くようになったのは。はじめは、顔は省略されていて、私がクロと遊ぶ様子だけがスケッチされていた。そのうち、志郎は私の横顔を描くようになった。楽しそうにクロと遊ぶ私の横顔。


そして、私の顔だけを大きく描くようになった。それに気がついたのは、志郎がスケッチブックを忘れて帰ったとき、中をめくって見た時だった。楽しそうに笑っている私の横顔は、実物よりずっとキレイだった。私、こんなに可愛くないけどな。でも可愛く描いてくれたことが嬉しかった。


ルミにそのことを話したら、さっそくリサに報告したらしい。次に遊びに来たときに、ルミが得意そうに言った。


「シーちゃんはミユのことが好きなんだよ。間違いない。リサがそう言ってた」


それからルミは余計なことを言った。


「それと、スケッチブックを忘れたのはワザとじゃないかって。リサがそう言ってたよ。うん」


私の横顔のスケッチの右下に「S.Fuse」とサインがあった。スケッチに志郎のサインを見たのはこれが初めてのことだった。


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だから、志郎の告白は突然ではなかった。私は以前から予想していたはずだった。でも、私はどう答えたらいいんだろう? 私は黙って志郎の澄んだ瞳を見つめた。


ずっと見つめ合って、私は恥ずかしくなった。顔が熱くなってきた。


「私は、私はわからない。嫌いじゃないよ。シーちゃんのこと。でも」


志郎の顔が曇った。ちょっと寂しそうに視線を落としてクロの背中を見つめた。


「ごめん。今のナシ。聞かなかったことにして」


私の手の上から握っていた手を、志郎は離した。


「私こそごめん。私、嬉しいよ。ホントだよ」


ほんとうのところ、私は志郎のことが好きなのか、自分でもわからなかった。


「じゃ、また今度。クロに会いに来るよ」


その日、志郎はいつものように笑顔で帰っていった。私は志郎に悪いことをしたような気がして、その夜はなかなか寝付けなかった。



8月中、夏休みの間、志郎がウチに遊びに来ることはなかった。



相馬エミから布施志郎との関係を聞かれたのは9月になってからである。



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つづく。

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