第19話 漬物
「ぱぱっと作るから寛いでて〜!」
愛月は制服のままエプロンを付けて早速料理に取り掛かった。東くんは少し居心地悪そうにしていたが、和正は構わずノートパソコンで何やら調べ物をしていた。
和正はこの年齢にしては珍しくブラインドタッチが出来る。新しいスマホや家電もすぐに使いこなすので、愛月はまず困ったら祖父に相談するのがお決まりだ。
「おじいちゃん、お客さんの目の前でパソコン使うのやめてよ。東くん気まずそうじゃん。」
「すまんすまん、ついな。」
「いえ、お構いなく。」
和正が調べているのは流星群の情報についてだった。今年は8月中旬頃に流星群がやってくるらしく、和正はどこで観測するかを考えているようだった。
「今年はお盆の時期にやってくるらしい。悪いがほとんど帰らんと思っててくれぃ。」
「…わかったぁ。」
祖父の仕事を邪魔してはいけない。そう分かっていても、お盆に一人で居るのは寂しかった。
「…お盆はうちの両親も帰ってくるから、和田さんも来る?いつもお世話になりっぱなしなのも悪いし。」
愛月の心情が伝わってしまったのか、東くんはありもしない提案を持ちかけてきた。
彼の両親が来ないこと、寝泊まりしているのは宇宙船だということを愛月は知っていたが、気を使ってくれたことが嬉しかった。
「ありがと、気持ちだけ受け取るね。」
「…そう。」
料理が出来上がり、机に皿が並べられた。
「はい、これ東くんの分ね。」
炊きたてのご飯が盛られた茶碗は外側にまで熱が伝わっていた。東くんは熱がまだ伝わっていない部分を探して受け取った。
「「いただきます。」」
「…ます。」
愛月と和正が食事の前に挨拶をしたので、東くんは慌てて続けた。
今夜のメニューは鶏とごぼうの唐揚げ、サラダ、きゅうりの酢の物、豆腐とわかめの味噌汁だ。東くんは鶏肉が食べられないため、唐揚げはごぼうだけを頂いた。
「はぁ〜、暑いときの酢の物はやっぱり美味いな。」
「おじいちゃんはきゅうりが好きなだけでしょ(笑)」
きゅうりと言って思い出したのか、愛月は突然立ち上がった。
「ぬか漬け忘れてた!」
愛月は慌ててぬか床からきゅうりを一本取り出し、斜めにスライスしてお皿に盛った。
「一日一本は食べないと追いつかない。」
「ぬか漬け、美味いがちと塩分がなぁ…。」
大量に実るきゅうりを長期保存しようとぬか床に沈めるが、二人だけでは中々消費しきれなかった。
「学校に持っていったらどうだ?」
「持っていく間に傷んじゃうよ。」
「そうか。」
普通なら「いじられるし恥ずかしいから持って行きたくない」などと言うのが思春期の子供なのだが、愛月はそういった感覚は持っていなかった。和正も和正で、それが当たり前になっているようだった。
「あの、ぬか漬けって何?」
置いてけぼりになっていた東くんは会話の区切りを見つけて質問した。
「あぁ、米ぬかを使った漬物のこと。発酵食品だから体にいいよ。」
植物でしかも健康にいいと聞いて東くんは期待の目でぬか漬けを見た。
「でも口に合うかね。アメリカの食事に慣れとるんじゃろ?ピクルスとはまた違う味付けだしなぁ。」
ピクルスが何なのかも知らない東くんは首を傾げた。
「漬物にも種類があるの?」
「うん。外国のはよくわからないけど、日本だと他に塩漬けとか浅漬け、味噌漬け、粕漬、キムチとかたくさんあるよ。」
「すごいな…。」
「とりあえず、一口どうぞ。」
愛月に勧められるまま口へ運ぶと、コクのある酸味と少しピリッとした辛味、野菜本来の甘味が口の中で転がった。
「美味しい!」
こんなにおいしい食べ物は生まれてはじめてだ。東くんは感激しながらご飯を頬張った。
「消費出来る人数が増えたな。」
「これからは毎日出さなきゃだね(笑)」
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