第17話 ショック

「やっぱ”君に届く”は最高だわ♡」

 読み終わった単行本を抱きしめながら椎奈がうっとりした。

「キュンの連続だよねぇ〜!これぞ少女漫画って感じ!」

「ソウコが『好きなの…』って泣きながら繰り返すシーンは泣けた。」

「漫画みたいな恋愛してみたいなぁ〜。」

「なによ、花姫は彼氏がいるんだから再現すればいいだけじゃない。」

「伊織くんはドライだから、そういうのと違うのよねぇ。淡々としてるっていうか。あ、でもでも!一緒に居て落ち着くからこれも有りっていうか!?」

 一人で恥ずかしがる花姫を他所に、フリーな栄子と椎奈が理想像を語った。

「私はやっぱ王道かな、チハヤくんみたいに爽やかで優しい男の子好き♡」

「私はケンジみたいな人が好きだなぁ〜、表ではチャラく見えても、本当は面倒見が良くて真面目だとギャップ萌え♡」

「和田さんは、東くんのどんな所を好きになったの?」

 椎奈が愛月に話を振る。未だに自分と東くんをくっつけたいようだ。

「いや、東くんのことは好きじゃない…じゃなくて、LOVEじゃないよ。普通に友達としてなら…好きだけど。」

「またまたぁwじゃあなんで毎日登下校一緒なのさ?」

「それは…。」

 確かに言われてみれば、何故一緒に登下校しているのだろう。何の疑問も持たずに今朝も登校したが、年頃であればその行動に理由がないと少し不自然だ。

 答えられず黙っていると、六尾が近くを通りがかった。

「あんま和田をいじめるなよ。いいじゃん、別に一緒に登下校したって。」

「そりゃもちろんいいけどさぁ。気になるじゃん?関係が♡」

「他人のプライベートに首突っ込み過ぎ。」

「むー。」

 六尾のお陰で恋バナの勢いが少し収まり、一安心する愛月だった。



 お昼休み、いつものように食券売り場に行くと一足先に東くんがメニュー表とにらめっこしていた。

「東くん。」

「あぁ、和田さん。」

「今日もメニューで迷ってるの?」

「うん、食肉を避けるためにはよく見て選ばないと。」

 そう言うと彼はまた話しかける前の状態に戻った。

「今更で申し訳ないんだけど…。」

「何?」

「どのメニューを選んでも多分動物は使われているよ。日本は出汁の文化圏だから。」

 そもそも出汁がなんたるかをよく知らない東くんは、そう言われてもピンと来なかった。

「どういうこと?」

「出汁っていうのは材料を煮出して旨味成分を抽出したものなんだけど、大抵は鰹節と昆布を使用しているの。カツオはお魚だから、出汁を使うということは動物を食べることになるというか…。洋食も同様で、ブイヨンは野菜のみから抽出されるんだけど、コンソメはお肉も使って出汁を取るの。大抵の料理は旨味を引き出すために動物性と植物由来の出汁を両方使ってるから、完璧に動物を食べないということは実際問題難しいんだよね。」

 出汁の説明を聞いた東くんは膝から崩れ落ちた。

「え…。じ、じゃあうどんを食べたときには既に…?」

「それより前に、うちで天ぷら食べたでしょ?レンコンを揚げる前に出汁で煮てたの、覚えてない?あのときにはもう…。」

「何ということだぁぁ!!」

 東くんは人目も気にせず絶叫した。

「あ、あんなに美味しいのか、動物は!?」

「そうだよ、お肉やお魚は美味しいの。」

 東くんは項垂れたまま暫く沈黙し、そしてフラフラとどこかへ行ってしまった。

「出汁の事、もっと早くに言ってあげればよかったかな…。」


***


「あれ?今日東居ねーの?」

 きょろきょろと周りを見渡しながら拓郎は彼の姿を探した。

「券売機のところで叫んでたのを見たけど、それからこっち来てないな。」

 六尾は焼き鯖を箸で丁寧にほぐし骨を抜いている。伊織は今日も唐揚げ定食だ。

「なんだよぉ、また肉がどうとか言ってんのか?気にせず食えばいいのに。」

「体質に合う合わんもあるんだろうさ、黄金の血だし。」

「黄金の血って響きだけは最強って感じするのにな。」

「まぁ、完璧は存在しないってことだよ。」

「ふぅん。」

 自分から聞いておいて薄い返事をした拓郎は、大盛りカレーライスを頬張った。

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