第9話 天ぷら
すっかり暗くなった道を、二人は黙々と歩いた。いつもなら暗くなる前に家に着いているのだが、徒歩に慣れていない東くんのために休憩を挟んでいたので、帰宅に時間がかかっていた。
「こんなに暗い道をいつも一人で帰ってたの?」
「いつもは明るいうちに着いてるよ。でも食材を買って帰る時は、これくらいかな。」
いままで変質者に出会ったことがなかったので、暗い道でも怖いと思ったことはなかった。それどころか、時間が潰せてラッキーとすら思っていた。
今日変質者を目の当たりにし、危険なことをしていたことに初めて気づいた。
「…東くんが居てくれて良かったよ。」
「僕は何もしてないけどね。」
「居てくれるだけで助かる。変質者が逃げたのだって、こっちが二人だったからだよ。」
「そんなもんかなぁ。」
カエルや虫たちの合唱を聴きながら、二人はゆっくり歩いた。
「…今日良かったら、夕飯食べていかない?」
「えっ、いいの?」
「うん、今日もおじいちゃん居なくて寂しいから、是非そうしてくれると嬉しい。」
少女漫画なんかでこの会話をしていたら、きっと胸キュンな展開が待っているのだろう。しかし相手が宇宙人となると、見る人が見たら「危険だ」と言うに違いない。
警戒心のない愛月の申し出に、東くんは少し呆れた。
「寂しいからって、簡単に他所の人間を家にあげちゃマズいんじゃないの?」
「だって、道具を取り上げてしまえば東くんヘタレだし。」
「な゛っ!」
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自転車を玄関脇にとめ、客人をリビングに案内した。
「適当に寛いでて。ぱぱっと夕飯作るから。」
愛月は手慣れた様子でエプロンを装着し、手を洗って食材を切り始めた。
トントンとリズミカルな音が聞こえてくるので、気になった東くんはソファーに腰掛けるのをやめて様子を見に行くことにした。
見たことのない野菜たちを適当な大きさに切っていく愛月。虫に食われたような、穴ぼこだらけの芋らしきものを切っていたので思わず質問した。
「これは、何ていうの?」
「レンコンだよ。」
「なんでこんな穴だらけなの?」
「レンコンは泥の中で育つんだけど、空気が少ないから通気口として穴が出来たみたい。」
東くんは説明を聞きながら、輪切りにされたレンコンを突いた。
「…随分固いけど、これ本当に食べられるの?」
「生だと固いけど、火を通せばシャキシャキとした歯ごたえで美味しいよ。すりおろして調理すればモチモチ食感♪」
「…へぇ。」
「あ、あんまり美味しくなさそうとか思ったでしょ?」
「うん。」
「絶対美味しいって言わせてやる!」
愛月は輪切りにしたレンコンを酢水に浸し、鰹節と昆布で出汁を取り始めた。食欲をそそる香りに、東くんはうっとり。
「いい香り。」
「出汁は東くんの惑星にもある?」
「うぅん、無い。というか、食事は全て栄養管理されたゼリーで摂るから、料理って概念がないんだ。」
「そうなんだ…。せっかくの食事なのに、なんかつまらなそう。」
アク抜きが終わったレンコンを、味付けしただし汁で煮る。レンコンを煮ている間に、先ほど切った野菜たちに衣を付けて揚げていった。
ジュワジュワと音を立てながら揚げられていく野菜たちを見ながら、東くんは愛月の影に隠れた。
「油跳ね、熱くないの?」
「んー、慣れたかな。これくらいなら全然。」
揚がった野菜たちをバットに移し、煮ていたレンコンの水気を切った。
「レンコンも揚げていくよ。」
キッチンペーパーで軽く水気を拭き取り、先程の野菜同様衣を付けて揚げていった。既に火が通っているので、衣が固まったと同時にバットに移す。
最後に味付けしておいた鶏肉も同様に揚げていった。
「これは?」
「鶏肉だよ。天ぷらにすると美味しいの。」
「肉!?」
東くんは顔面蒼白になって叫んだ。
「に、肉を食べるの…?」
「え?うん。東くんの惑星では食べないの?」
「食べない食べない!動物を食べるなんて、そんな恐れ多い事出来ない!」
どうやらケプラー542bでは食肉の文化は無いようだ。東くんは殺人犯を見たかのようにじりじりと後ずさり、リビングに引っ込んでしまった。
「…美味しいのに。」
彼は食べそうにないので、鶏肉は少なめに揚げることにした。
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