第7話 ずるい

 遅刻ギリギリだったが、なんとかホームルームには間に合った。

「おはよう〜。」

「おは〜。あれ、今日は東くんと一緒?」

 クラスメイトの津沢栄子つざわえいこがそう言うと、隣りに居た戸田花姫とだはなび柏木椎奈かしわぎしいなが目を輝かせた。

「昨日は”あの人誰?”とか言ってたのに、もうそんな仲になったの?」

「やーん、もしかして気を引くための演技だったとか!?」

 恋バナが好きな女子ABC・・・がキャッキャはしゃぐが、東くんの反応は冷ややかだった。

「通学路が同じなだけでそこまで盛り上がれるって凄いね。」

「そんなこと言ってぇ〜、本当は東くんだって嬉しかったりするんじゃないの?♡」

 めげずに肘で突く花姫だったが、東くんはそのまま彼女をスルーしてさっさと自分の席に行ってしまった。

「もー、シャイボーイなんだから♡」

「あはは…。」

 この年代の女子は恋に恋する子が多いが、愛月にはまだその感覚が分からなかった。


 暫くすると担任の先生がやってきて、ホームルームが始まった。

「最近、街で変質者が度々目撃されているそうだ。事件に巻き込まれないよう、放課後は寄り道せずに速やかに帰ること。いいなー?」

「「「はーい。」」」

 春から夏にかけては開放的な気分になるからか、露出狂が増える傾向にある。しかし毎年の事なので、先生も生徒も「またか」とどこか他人事のように感じているフシがあった。

「なんで出したがるんだろうね〜。」

「そんな自慢したいのかなw」

「でもそういう奴って、大概小さくない?w」

「わかる〜ww」

 次の体育の授業に向けて着替えながら、女子たちは変質者について話していた。

「和田さんの家は街から遠いし、人通りも少ないから気をつけてね〜。」

「うん、ありがとう。いざとなったら逃げるし大丈夫。」


 着替えて体育館に集合すると、東くんは制服のままだった。

「あれ?東くん、体操着忘れたの?」

「体育は基本見学。」

「なんで?」

「なんでって…。今朝のこと忘れたの?基礎体力に差があり過ぎる状態で体育の授業受けたら目立っちゃうじゃん。僕はあくまで調査をしにこの惑星に来てる。目立つ事は避けたいんだ。」

 もっともらしいことを言っているが、要は動きたくないのだろう。

「サボりだ〜。」

「違うもん。」

「ほらほら、授業始めるぞ。」

 振り向くと、体育の矢場やば先生が立っていた。

「今日は体力測定をするから、見学の東には記録係をやってもらうぞ。」

「はい。」

 体力測定は項目が多いため、今日は握力、反復横跳び、垂直跳び、前屈、上体起こしの5項目をやることになった。

「ほらね、今日僕が参加したら絶対目立つでしょ。」

「そうだね、体力なさ過ぎて舐めてるのかと思われちゃいそうだね。」


 淡々と測定が進み、授業が終わりに近づいてきた。

 気がつくと東くんはいつの間にか体操着に着替えており、おもむろにポケットからあのペンライト・・・・・・・を取り出して光を放った。

 あまりの眩しさに皆固まるが、次の瞬間からは何事もなかったかのように先生が締めの号令をかけた。

「無事全員・・測定終わったから、次回残り全部やるぞ。天気がよかったらグラウンドに集合な。」

「「「はーい。」」」

(あれ?全員・・?)

 何食わぬ顔で皆と一緒に返事をする東くんが居たので、気になった愛月は更衣室に向かう道中、東くんを呼び止めた。

「ねぇ、また記憶操作した?」

「したよ。記録係をやったのも、平均値を僕の記録・・・・・・・・として記入するためだったし。」

 いくら調査のためとは言え、なんだかずるい気がした。

「ほんとに調査なんてしてるの?」

「してるよ、失礼な。」

「じゃあ何の調査してるの?」

「それは…いろいろだよ。」

「いろいろって何?」

「あぁもう!僕が何をしようと勝手だろ!」

 東くんは愛月を振り切って先に行ってしまった。

「…ちょっとくらい、教えてくれたっていいのに。」

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