第5話 孤独

 学校から家に帰ると、祖父の姿は無かった。

「…あ、そっか。今日は大学に泊まり込みで観測するんだっけ。」

 和正は研究や観測をするため、大学に泊まることがよくある。仕事で仕方ないと割り切っていても、やはり広い家に一人で居るのは寂しかった。

「…ご飯、作る気になれないなぁ。」

 料理をすること自体は好きだが、食べてくれる相手が居ないと作りがいがない。食パンを焼く事もせずに、ピーナッツバターを塗って口に運んだ。

 入浴後にテレビを見ながらダラダラと課題を済ませ、ふと時計を見るが20時を迎えたばかり。

「…はぁ。」

 寝るにしても少し早い気がする。愛月は一人の時間が苦手だった。

孤独を紛らわすように、昨日出会った宇宙人の事を考える。

「…東くん、今何してるんだろ。」

 彼のことを、クラスメイトはおろか各教科の先生までもが以前から知っている設定・・になっていた。皆にあのペンライトの光を見せたのだろうか。

「……。」

 惰性でテレビを見続けるも、内容は頭に入ってこなかった。

「……よし!」

 愛月は決心したようにパチンと手を叩き、外に出る支度をし始めた。

 汗をかいても良いように吸水性に優れたTシャツに着替え、虫に刺されぬように虫除けブレスレットを手首につけた。

 家の鍵を締め、自転車をこぐ。

(宇宙船までの道は覚えてるし、ちょっと遠いけど時間つぶしになるよね。)

 カエルの大合唱を聴きながら、蒸し暑い夜道を進んでいった。


 15分程自転車で進むと、昨日見た景色が表れた。幾何学模様の宇宙船は変わらず地面にめり込んでいる。

「東くーん。」

 宇宙船に声をかけると、閉まっていた扉が開いた。

「…なんでまたここに来てるの。」

「えへへ…。暇で。」

「僕は暇じゃない。」

 そう言って扉をすぐ閉めようとするので、愛月は慌てて駆け寄った。

「待って待って!閉めないで!!」

「…何か用?」

 訝しげに見る東くんは何か作業中のようで、手には工具が握られていた。

「もしかして、宇宙船直してるの?」

「そう。落下の衝撃で飛行能力を失ったから修理してる所。」

「大変だねぇ。」

「そう、大変。だから帰って。」

 短く答えた東くんは宇宙船の中に戻り、ギッ、ギッ、と工具を使って壊れたパーツを取り外した。

「見ててもいい?」

「見て何になるの。」

「時間つぶし。作業の邪魔はしないよ。」

 邪魔をされないことが分かった東くんは「よっぽど暇なんだね。」と返して、それからは黙々と宇宙船の修理を続けた。


 夏の夜は騒がしく、意識を外に向けるとカエルの他にも様々な虫の声が聞こえてきた。自然のオーケストラの中に一つだけ、宇宙船を修理するカチャカチャという人工的な音が混ざる。

「…東くん。」

「何。」

「ひとりで居るの寂しくない?」

「は?」

「だって、周りは全員知らない人で、知らない土地に居るんだよ。」

「いくらでも記憶は書き換えられるし、別に不便じゃないよ。」

「不便かどうかじゃなくって…。」

 作業していた手を止め、東くんは愛月の方に振り向いた。

「そもそも寂しいって感覚が分からない。一人で居ることがどうして寂しいの?」

「だって、孤独じゃない。」

「ケプラーでは10歳で成人とされてるから、僕くらいの年齢の人は一人暮らしが多いよ。成人したら親元を離れるのが当たり前だし。」

「10歳…。」

 愛月の10歳といえば、丁度両親を亡くした頃になる。

「…私ね、小学校4年生の時にお父さんとお母さんを事故で亡くしたんだ。その日は二人の結婚記念日で、夫婦水入らずで旅行を楽しんでもらうために私は留守番してたの。おじいちゃんは仕事で帰りが遅くなるって言われてたから、一人でご飯食べてた。20時頃に突然電話が鳴って、出ると警察の人からで、両親が事故に遭ったと聞かされた。」

「……。」

 東くんは作業の手を止めたまま、愛月の話を黙って聞いていた。

「それからかな、一人で家にいるのが怖いの。15歳にもなって何言ってるんだって思うかも知れないけど…。おじいちゃんまでも居なくなったらどうしようとか、そういう事を考えてしまって居ても立っても居られなくなる。」

「孤独が怖い?」

「うん、怖い。」

「それで昨日会ったばかりの宇宙人の元に来たと?」

「…そう。」

 東くんは大きくため息を吐いた。

「昨日まで存在を認めてなかった存在に頼る方が、よっぽど怖いと思うけどな。昨日、君”命だけは奪わないでください!!”って叫んでたじゃん。」

「まぁ…。」

「孤独では死なない。だから、怖がる必要はない。」

 東くんはそう言って工具を片付け始めた。

「あれ、もう辞めるの?」

「うん。22時過ぎたし、そろそろ休まないと。…送ってくよ。」

「ほんと?ありがとう。」

「どういたしまして。女性の夜道は危険だからね。それじゃ。」

「え?」

 会話の流れ的に「それじゃ。」はおかしな気がする。愛月は思わず呼び止めた。

「送ってくれるんじゃないの?」

「もう送ったじゃないか。周り見てごらんよ。」

 促されるまま景色に視線を移すと、愛月は先程まで居た宇宙船ではなく自宅前に立っていた。

「え!?」

「それじゃ、また明日。」

「え!?どういう事!?」

 驚いている間に東くんは忽然と姿を消してしまった。これがテレポーテーションというやつなのか。

 愛月はあっけに取られながら自転車を玄関脇にとめた。

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