第3話 記憶操作

「本当に夢だったのかなぁ…。」

 愛月は昨日起こったことが夢だと思えず、朝食を作りながら唸っていた。

(宇宙船から出てきたのは普通の人に見えたけど、それにしても服装が私服過ぎたと言うか…。)

 宇宙飛行をするなら、宇宙服を着るはずだ。しかし、愛月が見た人物はパーカーにデニムパンツという、あまりにもカジュアル過ぎる格好だった。

「UFO自体ありえないし、やっぱ夢かな。」

「UFOがなんじゃって?」

「わっ!!」

 後ろから急に声をかけられたので、危うく焼いていた目玉焼きを落としそうになった。

「急に声かけないでよ!」

「お前の口からUFOという単語が聞こえたから、珍しく思ってな。昨日も様子がおかしかったし、何かあったのか?」

「…本当に何も覚えてないの?」

「何を?」

 「UFOを見たことを」と言いたかったが、覚えていたらもっと大騒ぎするはずだ。祖父をUMA研究から引き離したい身としては、掘り返すべき話題ではない。

「…なんでもない。ちょっと、夢と現実がごっちゃになってた。」

 実際自分が白昼夢を見ていた可能性の方が高い。愛月は取り繕って話題を変えた。

「今日最高気温36度になるかもだって。屋外での研究は避けた方がいいよ。」

「ワシはエアコンの風苦手なんじゃあ…。冷えて腹が痛くなってくる。」

「熱中症になるよりマシ。」



 支度を済ませ、自転車に跨がった。空は高く、大きな入道雲がもくもくと成長しながら流れている。

「いってきまーす!」

 せわしないセミの歌声を聴きながら、愛月は舗装されていない長い下り坂を自転車で下っていった。

 愛月の家は小高い丘の上にぽつりと建った一軒家で、近隣に他の住民はいない。

 登校は下り坂で楽だが、帰りは長い上り坂を自転車を押して帰らなければいけなかった。両親が居たときは車で迎えに来てもらったりしていたが、祖父と二人暮らしするようになってからは自力で下校している。

 忙しい祖父に負担をかけないようにという理由もあったが、早く帰ったところで寂しいだけだから、ゆっくり帰って時間を潰したいというのが愛月の本音だった。


「おはよー。」

「おはよぉ〜。」

 教室に入ると、見慣れたクラスメイトたちに混ざって一人あり得ない人物・・・・・・・が窓際の席に座っていた。

「宇宙船の人!?」

 驚いて指を指したが、クラスメイトはそんな愛月の様子に驚いていた。

「何言ってるの、和田わださん?」

「そうだよ、あずまくんが宇宙船の人ってどういう事?」

 クラスメイトは皆、”東くん”とやらがまるで最初から存在していたかのような反応をした。それどころか、「流石UFOじじいの孫w」と揶揄される始末だった。

「東くん…?だって、出席番号1番は伊波いなみくんでしょ?転校生?」

「寝ぼけてるの?東くんは入学式からずっと一緒に居たじゃん。」

「え…?」

「ついに和田も頭やられたかw」

 茶化す伊波拓郎たくろうの言葉に、クラス皆が笑った。

 おかしい。確かに昨日まではこの伊波くんが出席番号1番だったはずだ。

 慌てて教卓に貼ってある座席表を見るが、そこには「東」の文字が書かれていた。貼られてから時間が経っていることを現すように、座席表の字は所々かすれていた。

(どうなってるの??)

「これで分かったでしょー?そろそろ東くんが可哀想だから認めてあげなw」

「う、うん…。」

 東くんは険しい顔でこちらを見ていた。



「ちょっと。」

 4限目が終わったと同時に、東くんに声をかけられた。

「あ、東くん…。今朝はごめんね、気分悪かったよね…。」

 謝りつつも、未だ彼のことは思い出せずに居た。

「そのことで、話がある。ついてきて。」

(ひー!怒ってる…!)


 険しい表情のままの彼の後をついて、校舎裏までやってきた。

「…なんで覚えているの?」

 彼は険しい表情を変えずに振り向いた。

「え?覚えてるって?」

「昨日のこと。光浴びたよね?」

 昨日の夜のことを話しているようだ。

「あ、やっぱり宇宙船の人で合ってたんだ!?」

「シーッ!!」

 東くんは慌てた様子で愛月の口を押さえた。

「声がでかい!また余計な記憶操作・・・・しなきゃいけなくなるじゃないか!」

 彼は声を潜めながら憤慨した。

「記憶操作…?どういう事…?」

 クラスメイトたちが彼を仲間と認識していたりすることを指しているのだろうか。

 疑問符だらけの愛月の問いかけには答えず、東くんはペンライトを取り出した。

「これで嫌でも忘れるだろう。」

「わっ…!」

 愛月の目の前でペンライトを光らせた。コンパクトな見た目によらず、それは強い光を放った。

「いきなり眩しいじゃない!目が悪くなったらどうするの!」

「…あれぇ?」

 東くんは間抜けな声を出して、再びペンライトを光らせた。

「あっ!もうっ、だから眩しいって言ってるじゃない!」

 愛月は目をシパシパさせながら彼のペンライトを取り上げた。

「え…、なんで効かないの…!?」

 道具を取り上げられた東くんはかなり焦っている。愛月にはその理由がよく分からなかったが、危害を加えられたことだけは分かっった。

「何なのよさっきから!」

「いや…。君地球人・・・だよね…?記憶操作が効かない地球人なんて居るのか…?」

「意味がわからないんだけど!」

「どうしよう、こんなこと計算外だ!」

 彼は相当慌てている。

ケプラー・・・・に連れて帰るにしても宇宙船ふねがあんな状態だし…!あぁ、どうしよう!!」

「ちょっと!」

 愛月の強い呼びかけに、彼はようやくこちらを見た。

「記憶操作って?ケプラーって何?連れ帰るって、どういう事!?」

「だから静かに!!」

 東くんは愛月からペンライトを取り返し、再びライトで辺りを照らした。

「眩しいってば!」

「説明するから黙って!」


 深呼吸をしてから、彼は言った。

「…僕は、宇宙人だ。地球を調査するためにやってきた。」

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