第31話 不死者もどきの正体

 小屋を出た瞬間、ジェシカの焦りに満ちた声がした。


「ゾンビみたいな人たちに囲まれちゃってる!」


 湖畔では、いつの間にか現れた奴らの群れがジェシカとソーニャを取り囲んでいた。


 ジェシカは戦槌を、ソーニャは双鋼爪を振り回して敵の包囲網からの脱出を試みている。


 すぐに二人のもとに駆け付けたシロウたちは、星辰器を抜き放った。


「まずはジェシカとソーニャが脱出する隙を作るぞ」

「私が援護する。あんたたちは突っ込んで敵の群れを切り崩して」

「了解ですわ! 物理が効く相手ならば恐れるに足りませんことよ!」

「アリシアさん、あまり調子に乗らないように」


 シロウは誰よりも速く敵の群れまで疾走し、抜き放った刀で斬撃を放つ。斬り離された腕が舞い、肩口の断面から血飛沫を噴出させた敵が倒れ伏す。


 アリシアが投擲した双円両刃がシロウの両横を通り抜け、付近の敵を斬り裂いた。その攻撃に続くのはシャルンであり、踊るような拳舞で敵の群れを一気に切り崩す。


「ありがとう、みんな!」

「くさい人たちに食べられちゃうところだった」


 包囲網から脱出したジェシカとソーニャは息をつく。

 敵の数は十体ほど。初遭遇の時より数が少ない。

 このゾンビのような奴らが森全体に何体いるのかは不明だが、この数ならば殲滅するのは可能だろう。


「どうする、ユリリカ」

「これ以上、調査の邪魔されるのも面倒ね。ここで殲滅してしまいましょう」

「だそうだ。アリシア、やってやれ」

「お任せあれ!」


 旋回して戻ってきた双円両刃をキャッチしたアリシアは、勢いよく前線に突っ込んでいく。敵の動きは速かったが、アリシアの速度には劣る。次々と敵を撫で斬りにしていくアリシアに続き、シロウもまた地を蹴って駆けた。


 敵の一体に袈裟斬りを放つ。

 ボロ布と化している衣服が斬り裂かれて覗いたのは、胸元にある手術痕だった。


「やはり、こいつらは小屋の男と同じか」


 このゾンビのような奴らも、何者かに胸をメスで斬り裂かれた後に縫合されたのだ。よろめく敵の胸に刀を突き入れ、縫合痕に沿って斬り開く。


「これは……」


 本来ならば心臓があるはずの部分には、機械的な赤黒いキューブが嵌め込まれていた。血肉と融合し断続的に赤い光を放つキューブは、まるで死人にエネルギーを供給して無理やり働かせているような歪さを感じさせる。


「こいつらは全員、このキューブで動かされているようだ」

「だとしたら、元々は死人というわけね」

「そうだろう。あの小屋の男も恐らくは――」


 シロウの懸念通りに、小屋の中で死んでいたはずの男が扉を打ち破り、おぞましい唸り声を響かせた。四肢に青黒い血管が浮かび上がり、筋肉が隆起する。エネルギーを過剰供給されているのか、他の敵よりも力強く俊敏にこちらへと迫った。


「シロウ、あれの相手は任せたわよ」

「了解。ただちに対処する」


 シロウは迫り来る男の相手をする。

 謎のキューブで強化されているようだが、動きは単調だ。もともと戦闘者ではないのか、腕を力任せに振るだけの男の懐に入り込み、腹を突く。

 

 刀を捻って真横に走らせる。腹を裂かれた男は小さく呻くと、うつ伏せに倒れ込んだ。


「一体なんなのよ、こいつら」

「分かりませんわ。ですけど、人工的に造られた存在であることは間違いないでしょう」

「あのキューブを埋め込んだ犯人がいるってことよね……とにかく、全て片付けるわよ!」


 一同は星辰器を操り、敵を一体も残すことなく殲滅する。

 最後の一体が活動を停止したことを確認し、ひとまず安全な場所まで避難する。


 できるだけ森付近から離れて湖の側にまで来た一同は、座り込んで休憩を行いながら奴らについて話した。


「奴らの胸にキューブを埋め込んだ人間がいる。犯人は誰なのかだけれど……昨日見た仮面の男は覚えているわよね?」

「ええ、道化者のような仮面をつけた男でしたわね。あの黒装束と仮面からしてバビロン教団の人間だと思いますけど」

「アリシアの言う通り、私もあいつはバビロン教団の関係者だと思うわ。そして、バビロン教団あるところに事件あり。あの仮面男が犯人である可能性は高いでしょう」


 ユリリカは仮面の男が不死者騒動の黒幕であると思っているようだ。バビロン教団の幹部は皆一様に仮面を身につける習性があり、そして幹部の一部が人体実験を行っているという噂があった。


「あのゾンビのようなお方たちも皆、人体実験によって生み出されたということですか?」

「そうかもしれないわ。まだ証拠が揃ってないから断定はできないけど」


 ユリリカはシャルンに頷き、溜め息をついた。


「まったく、きな臭い状況になってきたわね。まるで陳腐なホラー小説よ」

「このリーウェン辺境区を邪教徒が脅かしているのならば、見逃すわけにはいかないだろう。引き続き調査を進めよう」

「分かっているわ。でも、少し休んでからにしましょう。年少組が疲れ果てているわ」


 ジェシカとソーニャは背中合わせになり、疲れ切った表情で足を伸ばしていた。他の者も表情に疲労の色が滲んでいる。ここはユリリカの言う通り休憩したほうが良さそうだった。

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